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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
490/992

その490 『伝言』

「ワイズ? お前、何でここに……」

 疑問が口に出たレパード。ティスケルたちもワイズに気がついたようで、誰なのだろうという顔をしつつも、会話を聞いている。

「何故って、僕が自由に動くことに問題がありますか。怪我人の手当も終わったので、いまだにドンパチから帰ってこない彼らのギルド長を探しにきただけですよ。ついでに、野暮用をこなしにね。それにしても全く、こちらの治療が一通り終わってもいまだにやってこないとは、あのギルドの長はよほど責任感の欠片もない人なのでしょうね? 下につく人間が憐れでなりません」

 ワイズの舌がナイフのように、ワイズのいうところの『ギルド長』に斬りかかる。それは、いつものワイズらしい口の悪さだ。だが、ワイズは対面で話している間にいるのがまさか、スナメリの頭目代理だとは知らないはずなのである。

「そのギルドの長なら、ここにいるわよ」

 正確には代理だが、似たようなものだろう。イユの視線に気がついたようで、ワイズはくるりとティスケルに向き直る。勿論、当人を前にして口を慎むようなワイズではない。むしろ、鋭さを増して、ティスケルに襲い掛かる。

「まさか、怪我人を押し付けるだけ押し付けて、当の本人はこんなところで達成報告ですか? 呆れてものも言えません。人の命を軽視するギルドの長が、何を思ってこんなところで油を売っているんです?」

 聞き捨てならなかったのだろう。ティスケルの額には青筋が浮いている。

「亡くなった仲間のために、討伐の報告をすることは至極当然のことだろう。彼らの願いは、討伐にこそあったのだから」

 そもそも、討伐報告はこれからで、誓約書を預けにきただけなのだが、ワイズの苛立ちは収まらない。

「詭弁ですね。話になりません」

「いやいや、急にやってきて文句を言う餓鬼こそ何だよ。何者だ、レンド?」

 ヴェインがレンドに話を振るが、レンドは首を横に振る。

「いや、俺は知らないが……」

 実際、レンドはワイズと直接会ったことはない。当然の反応だ。

「イユちゃんのお友達?」

 シリエの質問には、イユも首を横に振りたいところである。

「……『魔術師』だ」

 レパードが諦めたように呟いた。

「マゾンダの官吏よ」

 イユも、レパードの情報に付け加える。


「「……は?」」

 レンドとヴェインの声が重なった。

 一瞬、沈黙がこの空間に漂った。控えていた女すら反応に困ったように、戸惑った顔を浮かべて黙している。

「こいつが?」

 イユとリュイスはこくんと頷いた。

「それは失礼した。スナメリの頭目代理、ティスケルだ」

 そこを顔色一つ変えずに、礼をしてみせるティスケルに、イユは感心してしまう。レンドなど、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていて、大変間抜けだ。

「相手が偉いと分かると途端に態度が変わりますか。そういう輩が一番嫌いですね」

「ちょっと、ワイズ!」

 幾ら何でも酷い言い様だ。ワイズのことを既によく知っている人物であればこれで問題ないだろうが、ティスケルはそうではない。

「気に障ったなら、重ね重ね失礼を。あなたのことはエドワード国王陛下より伺っている」

 あくまで淡々としたティスケルの言葉を聞いた、イユの身体が固まった。

 『魔術師』と依頼のやり取りをしているとは思っていたが、まさかそんな大物の名前がスナメリから出てくるとは思わなかったからだ。

「あの人のことです。何を吹き込まれたものか分かったものではありませんが……」

 一方のワイズは、知人の名前を聞いたような対応をしている。それが素なのか、『魔術師』らしい表面上のやり取りかはこのときのイユには読めない。

「口の悪いご友人だと」

 ただ、さらりと答えたティスケルに、国王相手でもワイズの態度は変わらないのだなと妙な納得をしてしまった。

「どうせ、そんなことだと思いました。まぁ、この際些事については良いでしょう。察するに、エドワード国王陛下から大蠍の退治を引き受けたといったところですね」

 ワイズは自分の持つ情報から、ティスケルの立場を推理してみせる。なるほど、よくよく考えてみれば、街の近くに現れる大蠍の存在に脅威を感じるのは、シェイレスタの国そのものだろう。シェイレスタを治める国王が、魔物狩りギルドに依頼して討伐を依頼するのは、至極当然のことである。

「あなたたちが大量に出した怪我人は、マゾンダの領主の屋敷で預かっています。預かった分については死人は出ておりませんので、引き取っていただけると助かります。屋敷は病院ではないので」

 ヴェインが通信機器をいじる。ジジジ……と聞こえた音の先で、「俺だ。ミルトの奴はいるか?」と会話している。

「迷惑をかけたようで申し訳ない。早々に引き取らせてもらおう」

 ティスケルがヴェインの様子を見ながらそう答える。


「あぁ、そうだ。お前たちが油を売っている間に、こっちのお偉いさんが痺れ切らしてギルドにやってきたんだよ。既に向かっているっていうならそれでいいが、ついでに詫びを兼ねて何か贈っておけよ」

 ヴェインの言葉は小声だが、耳を澄ませたイユにはばっちり聞き取れる。どうも、ワイズとそのミルトという人物はすれ違ったらしい。


「そうしてください。鬱陶しいので」

 ティスケルの引き取るという言葉に対して、ワイズは返す。相変わらず辛辣な言い様だが、ワイズが倒れながら怪我を治療していることを知っているイユは、黙って聞いていた。照れ隠しでこの辛辣さなら可愛いのだが、根っこの口の悪さが性格と反比例しているだけなので、何とも言えない。

 

ふと、イユはアンナのワイズへの視線が険しいのに気がついた。最もワイズの発言が原因だろう。深く気に留めないこととする。


「仲間たちの治療へのご協力、感謝する。合わせて、大蠍を倒したことを報告しよう」

 ティスケルの言葉に、心底どうでもよさそうにワイズが答える。

「報告は依頼主にお願いします。怪我人の治療は趣味の範疇なのでお心遣いなく」

 それから、さぞついでというように、「あぁ、そうそう」と付け加えた。

「あなたの依頼主に会うことがあったら、伝言を頼まれてくれませんか。何、『本の続きを教えるつもりはないのか』とだけ言ってもらえれば結構です」



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