その488 『ギルドへ』
「まさか、堂々とマゾンダに戻ることができるなんて……」
イユたちは、飛行船の甲板から、迫ってくる大地を見ている。もうすぐで下り立つ大地は、マゾンダの街だ。
魔法を使ったあとなのだ。実際、ティスケルたちにはイユたちの正体は割れている。それなのに、無事に街に辿り着けてしまった。
「案外、口裏を合わせてくれる奴はいるものだ」
イユの言葉を受けてか、レパードがぽつりと呟いた。
イユには、信じられなかった。『異能者』は常に、弾圧されてきた存在だ。彼らを見つけ次第、人々には通報されるものだと思っていた。たとえ、イユが瀕死の怪我を負いながら、誰かを助けたとしても、その誰かに弾圧される可能性も、常に視野に入れていた。それが、イユの中での普通だった。
「でも、危険じゃないの?」
そして、まだどこかで信じきれない自分がいる。
「ティスケルの言う通り、今を逃せば次はないだろうな。間違いなく噂は広がる」
だが、いまはまだその噂も広がってはいない。マゾンダが山のなかにあるのも幸いしている。街の住民たちからは大蠍の様子が窺えないからだ。噂の出元となるのは、同じギルドの人間か、偶然砂漠を歩いていた行商人などだろう。シェイレスタの都からも距離があるため、すぐには伝わらない。大蠍を狩った当人が依頼の報告の際にばらせば話は別だが、その当人と行動をともにしているのだから、今はその心配もない。
「さて、到着だ」
ヴェインの声に、イユたちは振り返る。甲板には、イユとレパード、リュイス、レンドの四人だけではなく、ヴェイン、ティスケル、シリエ、アンナもいた。他にも船員たちはいるが、彼らは船に残ることになっていた。まずは八人でギルドに赴き、誓約書を預け終わったら、解散になる。
甲板から伸びた橋さながらの道を下って、八人は街へと入っていく。
街は人の数が多く、賑わっていた。ウルリカの花の間を抜けながら、ついつい人々の様子に視線をやってしまう。八人という大人数のせいで、目立ちやしないかと不安になるのだ。ところが、それを見て何を勘違いしたのか、シリエが声を掛けてきた。
「こないだ私が案内したときは、人が全然いなかったもんね」
人のいるマゾンダを見て、驚いていると思われたのだろう。
否定しようとして、イユは口をつぐんだ。あながち、シリエの言葉は嘘ではないと感じたからだ。実際、イユは人だかりというものに慣れていない。ギルドで押し潰されそうになったときと比べたらましだが、人の大勢いるところにいくと思うと体が強張るのを感じてしまう。
「そうね」
相槌を打ちながら、不安になる胸の内を隠す。人数が多いと目立ち、正体がばれてしまうのではないかと不安がることは、きっと周囲の反応からするに、杞憂なのだろう。変に意識をするから駄目なのだと、言い聞かせた。
何度目かになるギルドの門を叩いた頃には、イユの心もだいぶ落ち着くはずだった。それが、息の詰まる思いを抱えたままなのは、ギルドの前に並ぶ人々の異常な人数のせいだ。
「相変わらず、混乱したままね」
アンナが嫌そうにため息をついた。どうも、アンナも人混みは好きではないらしい。リュイスはフードが万が一にも外れないようにだろう、念入りに深々と被り直している。
「裏口から行くぞ」
付き合っていられないと、ティスケルが指示を出す。
「マドンナの情報は何か進展があったのかしら?」
裏口へと進みながら、イユは周囲に聞いてみる。マドンナのことは、知らない相手ではないので、気になったのだ。
「私たちも魔物狩りで忙しくしていたから何とも……。ただ、暗殺されたという話だよね」
シリエの答えに、イユは唸る。
「誰がそんなことを仕向けたのかしら」
マドンナが一枚岩でない人間なのは、知っている。だからこそ、恨みを買った先が分からない。
「国、とかかな。ギルドが広がってきて困っていそうな」
憶測に過ぎないのだろう、シリエも考え考え、呟いている。
「詮索するだけ無駄よ。上の事情なんて、つまみにしたいそこら辺の暇人に任せればいいのよ」
はっきりと割り切った言い方は、アンナのものだ。
「……そうね」
上という言い方に引っかかりを覚えたが、確かにイユがどうこう想像したところでどうにかなることでもない。ましてやマドンナの訃報は届いた後なのだ。事は既に終わっている。
裏口からギルドに入ると、ギルドの人間が出てきた。
「部屋を借りにきた。誓約書を預かってほしい」
ティスケルの言葉に、初々しく頭を下げるのは、カールした茶髪をポニーテールにした女だ。服装を見るに、受付ではないのだろう。受付嬢はスカートで統一されているが、この女は長ズボンを履いていた。襟元はリボンでなくネクタイである。きりっとした力強い瞳が目を引く。
「承知しました。ご案内いたします」
女の案内で、早速スナメリ用の部屋へと赴く。ギルドが人でごった返しているなか、専用の部屋を持つスナメリは、悠々と人のいない場所を借りられる。便利なものだなと改めて実感する。
「こちらでございます」
案内された部屋は、八人が入っても広々としている大きな部屋だった。思わず歓声を上げるイユに、どこか自慢げなシリエが、
「良いでしょう?」
と声を掛ける。
「これでも、スナメリの人間が多すぎて、用途が限られるのだけれどね」
「こういう部屋って借りるのにいくらかかるものなの?」
何気なく聞いたイユは、視界の端にちらちらと映る翠に目を留めた。リュイスが首を横に振っている。それだけで、なんとなく金額を察してしまった。
「では、早速誓約書をお預けになりますか」
イユの質問にスナメリの誰かが答える前に、機械的な女の言葉が掛かった。
「あぁ、頼む」
ティスケルが頷く。そうして、誓約書を取り出すと、テーブルに置いた。




