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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
485/993

その485 『主船へ招かれて』

「お前たち、行くぞ」

 レパードに声を掛けられる。

 イユは小さく頷いた。死後の世界に思いを馳せる時間は終わりだ。今は、ティスケルの案内に従って、スナメリに乗り込むべきである。

 見やれば、いつの間にかスナメリの船員たちが、瓦礫を撤去するために動き出していた。

「分かったわ」

 イユは返事をして、船の入り口で待っているティスケルへと向かって歩き始める。

 レパードがレンドに肩を貸しているために、どうしても速度は緩やかになる。そのため、一足先に進んでいたティスケルには、船員の何人かが質問にやってくる。

「大蠍はどうしますか?」

「あちらは、イグナ船に回収させろ。最後に討ち取ったのはあいつらだ。被害も最も少ない」

「承知しました」

 控えた船員の代わりに、ティスケルに声を掛けたのはアダルタだ。イユたちのことを一瞥しつつも、今は他の仕事があるからだろう――、イユの下へは、やってこなかった。

「ティスケル、報告はどうするんだい。必要なら、うちのを行かせるよ」

「アダルタか。報告は後で良い。相手が相手だ。俺が行こう」

 ティスケルが、追いついてきたイユたちを見て、足を進める。そのままアダルタに指示を飛ばした。

「お前には俺が不在の間、ここの監督を頼みたい。だが、お前の船は、被害がそれなりに出ていたな?」

「問題ないよ。シュスに任せておく」

 シュスが誰だかは知らないが、信用できるのだろう。ティスケルが納得したように頷く。


「それにしても、忙しそうね」

 代わる代わるやってくる船員へと指示を飛ばすティスケルを見て、イユは思わず呟いた。

「まぁ、仕事人間だからな」

 イユの一言を聞き取ったらしいレンドが、返す。

「呼吸するのと同じくらい働いていないと駄目な奴だ」

「レンド、聞こえているぞ」

 冷たいティスケルの言葉が振りかかって、レンドは肩をすくめてみせた。

「何だよ。仕事熱心だって誉めてやったんだろ」

「俺の耳には、俺が仕事の話しかしない頭の固い馬鹿野郎だと聞こえた」

「お前、本当は俺の話、聞こえてないだろ……」

 こうしてみると、意外なほどにティスケルとレンドの距離感が近い。

 再び船員たちの指示に追われるティスケルを見送ってから、イユはレンドに確認する。

「何? 仲が良いの」

 レンドは「さてな」と曖昧に答えただけだった。


「着いたぞ」

 イユの声が聞こえていたわけではないだろうが、どこか不機嫌なティスケルの声が再び振りかかる。

 見上げたイユは、改めて目の前にある船の大きさに呆然とした。

「ここが、スナメリ……」

 リュイスの感嘆する声を耳聡く聞きつけたレンドが、突っ込む。

「正確には、ギルド『スナメリ』の主船だ。俺らがさっきまで乗っていた船も、スナメリのものには違いねぇ」

 改めて、大きなギルドである。イユたちが今砂漠から見上げている主船は、小さな村よりも大きいのではないかと疑うほどの大きさだ。首が痛くなるほどの高さから、マストに帆が張られていることを確認する。船が大きいからだろう。今いる場所からでも、セーレより遥かに帆の数が多いことが分かる。そこから聞こえる賑やかな喧騒に、人数の違いも感じた。それにしても、セーレよりも深い焦げ茶色の全身は、どこか老骨さを感じさせる。

「早く中に入ることをすすめよう。砂漠は、さすがに暑いからな」

 一足先に甲板へと上がったティスケルから声が掛かる。イユは、甲板から砂漠へと掛かった橋を見た。セーレでも渡し板はあった。だが、渡し板と違い、橋と形容したくなるそれは、あまりにも安定していて、イユたちが乗っても全く揺らがない。それに、レパードがレンドに肩を貸しながらでも、橋を渡ることができるほどに、幅広だった。

 もはや普通の坂道と変わらないそれを登りきると、見渡す限りの木の床に出迎えられる。セーレの甲板は、少し歩けばすぐに手摺に辿り着いたものだが、ここでは全速力で走ってもそれなりの時間が掛かる。ここで床掃除をしたら、一日では終わらないだろう。

「懐かしいな」

「嘘でしょう!」

 レンドの感想に、イユは仰天だ。

「何だよ、その反応は。俺がこのギルドにいたのがそれほど意外か」

 船員たちとの仲の良さそうなやり取りは知っているから、今更疑うつもりはない。だが、レンドの不満そうな物言いに、言い訳したくはなる。

「セーレと比べたら、明らかに違うじゃないの」

 規模が桁違いだ。広さや乗船人数だけの話ではない。使っている道具も違う。伝声管の代わりに通信機器を使うところも驚きではあったが、それだけではなかったのだ。甲板を注視すると見えてくる。ロープの一本でさえ、何かが違う。

「分かりますか? あのロープ、編み方が僕らが使っているものと違います」

 イユの視線に気がついたのか、リュイスが呟く。

「あぁ、複雑な編み方をしているだろ。あれで切れにくくなるんだよ」

 レンドがさも当たり前のように告げるので、「ちょっと!」と声を上げたくなった。

「編み方を教えてもらえれば、セーレでも使えたでしょう!」

 何故今まで黙っていたのだと責めたくなる。

「無理、無理。自分で編むとか言っている時点で話が違ぇよ。ああみえて値が張るんだよ。俺らの給金をぎりぎり払えるかどうかのセーレじゃ、出せねぇよ」

 レンドのあっさりとした言い方に、イユはむくれた。

「世知辛いわ」

「そういうものだ」

 レパードがしみじみと答える。


「……お前たち、そろそろ中に入らないか」

 少し先で待っているティスケルが、反応に困った顔をしている。ティスケルからすれば、まるでイユたちは田舎から出てきた人間だろう。馬鹿にされないように、平静を装おうと努力する。

 しかし、その努力も、船内に入った途端、崩れた。


「何よこれ!」

 まず、天井が高い。そこから吊り下がった明かりは、黒いアンティーク調のシャンデリアだった。入った先は、見渡す限り終わりの見えない廊下である。そこに、一定間隔で明かりの影が揺れている。影が蔓延した地面に敷かれているのは、落ち着いた色の絨毯だ。踏んでも足音が瞬く間に吸われていく。

 知らない人間がこの場面だけを切り取ったのならば、ここを屋敷の廊下だと判断しただろう。

 ティスケルに続いて歩いていけば、扉の数の多さにも目を奪われる。中にはガラス張りの部屋もあって、様子をちらりと確認することができた。部屋の中に何段にも分かれた花壇のようなものがあり、そこから瑞々しいトマトやキュウリが顔を覗かせている。

「温室栽培まであるんですか」

 絶句しているのはイユだけではない。リュイスの唖然とした言葉を聞いたレンドが、首を傾げた。

「セーレでも、野菜は育てていただろ」

 確かに、セーレでも、センが育てているとは聞いている。だが、それと比べてしまうと、雲泥の差である。何より、先ほどの部屋は、セーレの食堂ほどの大きさの部屋が丸々充てられているのだ。

「桁が違うわよ……」

「人数が違うんだ。そんなものだろう?」

 レンドはよくわからないという顔をしている。本気で思っているようだから、全く信じがたい。


「ここだ」

 ティスケルの声に、一行は口を慎んだ。

 案内された部屋は、応接室だった。高級感溢れるウォールナット材の丸テーブルが数脚、常磐色の絨毯の上に敷かれている。テーブルの周囲に用意された薄鼠色のソファは、布製ではあるものの、見たことのない花の模様が描かれ、見るからに高級感が漂う。ジェシカの屋敷に案内されていなかったら、耐性が殆ど付いていないイユは、くるりと回れ右をして外に飛び出たところである。場違いにもほどがあるのだ。

「てきとうに座ってくれ」

 ティスケルの言葉に、足の竦んだイユたちは中々動き出せなかった。

「何やっているんだ、船長」

 肩を貸りる立場のレンドに促されて、ようやくレパードが席に着く。それで、イユもやっと動き出せるようになった。

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