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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
484/993

その484 『哀悼』

 きっと、それが、シェイクスが伝えたかったものだと解釈したのは、イユの都合だ。本人の思いなどもう確認できないのだから、盛大に歪めて解釈した。今となっては、それしかできない。

「勝手ね。シェイクスが本当はどんな思いでいるかなんて、知る由もないのに」

 リュイスの助言にしては、ひどく身勝手なものだと言外に言ってやった。

「そうかもしれません」

 リュイスは否定しなかった。リュイスも、イユも、シェイクスとは付き合いが短いのだ。断言できる要素は何もない。

「ですが、結局のところ、受け手がどう捉えるかだと思うのです」

 シェイクスがイユを励ますために残したと、リュイスには感じたらしい。イユもまた、シェイクスの思いを予想した。

 要するに、イユたちがやっていることは、どうにか理由を取り繕って、自分の気持ちに折り合いをつけるための作業である。そうしてイユたちは、生かされた今を生きていくしかないのだろう。

「リュイスも、そうしたわけね」

 十二年前にあったという惨状を思い起こして、イユはぽつりと呟いた。どうにもならないような地獄を見た当時のリュイスは、自分の幸運を盾にして、人に優しく在ろうとする道を選んだのだ。

 それならば、イユはどうすべきだろう。シェイクスに庇われた一人の無力な人間は。

(これ以上、誰も死なせない)

 思いついた言葉は、それ以外考えられないほどに鮮烈だった。イユは、ぎゅっと自身の拳を握りしめる。不可能であることは、自分自身、身に染みて分かっていた。そうだとしても、悔しさは次に生かすよりない。

 そう思ってから、イユは内心で、この心が抱いているものは本当に悔しさなのだろうかと疑った。胸を焦がすような痛みは、どちらかというと絶望に近い色をしている気がしたのだ。それは、逃げても追いかけてくる過去と同じもののように思われた。

 乾いた風に髪を揺らされて、イユの視線は、嘘のように眩しい青空へと向かった。山のように大きかった大蠍が、とうとう完全に崩れ落ちていく姿が、目に飛び込んでくる。飛行船が放つ大砲に撃たれ、粉々になったそれは、何故かイユの心に虚しさを生んだ。シェイクスを襲った魔物が崩れていくのだ。喜びの一つでも浮かぶものだと思っていた。それが微塵も湧いてこない。そして、どうしてか、その虚しさもまた、イユが先ほどから抱いている胸の内と似ている気がした。

 こういうとき、リーサならどうしただろう。イユの頭に浮かんだのは、イユの無事を信じて祈るリーサの姿だった。

 イユは心の中だけで首を横に振る。リーサはイユの無事を信じたが、イユはシェイクスが死んでしまったことを知っている。無事を祈ることなど、できはしない。出来ることとしたら、それは死者を悼むことだけだ。

 黙祷すべく目を閉じたイユは、ふと思い至った。

「もう一つだけ、やれることがあったわね」

 瞼の裏に、シリエの姿が映る。シリエはイユの哀しみを知って、セーレの前で歌を歌った。

 それならば、今度はイユの番だ。それに、歌こそがイユの心のうちを伝えるに相応しい弔いになるという予感があった。


 嗚呼 我らが空の女神よ 我らを導きたまえ

 願わくは 御魂が真なる海へとたどり着かんことを


「なるほどな」

 ぽつりとヴェインが呟いた言葉は、たどたどしくも歌うのに一所懸命なイユには聞こえなかった。

「危険だろうが何だろうが、命の価値は揺らがねぇ。だから、レンドの奴はセーレに留まったか」

 一方で、リュイスは手を合わせて祈るように目を閉じていた。初めはイユが歌ったことに驚いた顔をしていたが、弔いの歌だと気づいたようで、途中からは静かに追悼している。

 そして、イユの声に目が覚めたらしいシリエが、起き上がって手を合わせていた。ここにいないシェイクスの死に気が付いたのだろう。シリエの声とイユの声が重なる。


 嗚呼 我らが空の女神よ 我らを導きたまえ

 願わくは 御魂が真なる海へとたどり着かんことを


 嗚呼 我らが海の女神よ 我らを赦したまえ

 願わくは 御魂が穢れし業より解放されんことを


 歌い終わったイユたちの前で、炎が灯る。ヴェインが、シェイクスのいた瓦礫へと火を点けたのだ。

 ゆらりゆらりと、炎が揺れる。それを見送りながら、皆で手を合わせた。遅れて目を覚ましたアンナも、事情を察したのか、何も言わずに手を合わせる。

 暫くは、静寂が世界を支配した。

 遠くで、大蠍を仕留め終わったスナメリの飛行船が、次から次へと着陸していく音だけが、響いている。

 黙祷を終えたイユが振り返ると、走ってくるアダルタに、知らない男たちの姿が見えた。呆然と見ていると、彼らは皆、火の前で止まり、同じように手を合わせていく。

 イユもまた、再び目を閉じて手を合わせた。

 火が消えた頃には、イユたちはいつの間にか大勢のスナメリの船員たちに囲まれていた。



 シェイクスとの別れをすませた後、囲む人々の合間から細身の男が現れる。金色の短髪に青い瞳が目を引いた。

「君たちが、セーレの者か」

 男の声には、外見に似合わない威厳があった。その声に、聞き覚えがある。

「そうだ」

 レパードが一歩前へと出て、そう答える。

「申し遅れた。私はティスケル。頭目代理だ」

 しばらくして、イユは気が付いた。通信機器越しで会話をした人物が、この男だろうということにだ。声の感じが通信機器よりも明瞭に聞こえる分、利発な声音がより一層際立って聞こえたが、間違いないだろう。

「俺はレパードだ。セーレの船長をしている」

「仲間の弔いに、感謝する」

 ティスケルはまず、そう告げた。

「立ち話もなんだ。まずは、船へ案内しよう。仲間の怪我の治療もあることだろう」

 ティスケルの視線は、レパードが肩を貸しているレンドへと向いている。そのレンドは、弱いところをみられて参ったというように、手のひらを上に向けた。

「お言葉に甘えさせてもらおう」

 レパードは、素直に頷く。イユはそれを見ながらも、内心、不安でいた。スナメリを信じていないわけではない。ヴェインには正体をばらしてしまったようなものだが、だからといって彼らが目の敵にしてイユを襲ってきやしないことは、頭では分かっている。手のひらはいつか返されるかもしれないが、少なくとも今ではないはずだ。

 しかし、目の前の男、ティスケルのことはまだよく分からない。イユたちの事情をある程度は察していて、リュイスの魔法も目撃した後だが、内心はどのように思われているのだろう。

 どちらにせよ、一度船に案内されてしまったら、万が一があったとき、逃げにくい。それに、直接合流地点に赴けば、ラビリが持ってきた命の妙薬を使える可能性もある。無理に、寄る必要はないのだ。

 ちらりとレパードに視線をやったが、特にイユの不安に気がついた様子はなかった。

「では、案内しよう」

 ティスケルはそう声を掛けると、ヴェインへと振り返る。

「ヴェイン、空葬のための準備を」

「はいはい、了解しましたよ」

 レンドは軽く返すと、既に白い煙になっている火の元へと、歩いていく。

「空葬……?」

 分かっていないイユに、リュイスが耳打ちした。

「燃やした遺体の一部を、空に持って行って流すんです。そうすれば、その魂は海に還ることができますから」

 火葬で終わりではなかったのだ。イユはそれで気がついた。

「セーレは、鎮魂歌だけだったけれど」

「皆が生きているなら、海に還す必要はないはずです」

 結果として、生きている可能性が分かったから、リュイスの言う通り、弔ってはいない。だが、

「セーレは?」

 イユはそこが気になっていた。

「セーレ自身は、海には還らないの?」

「還りますよ。船はむしろ海へと人々を導く標だと言われています」

 飛行船が標とはどういう意味か、よく分からないでいるイユに、リュイスが補足する。

「空で朽ちた船は、人々の魂を乗せて海へと運びます。海に堕ちた船は、明かりを灯して、真の海までの標になります」

 なんとも不思議な話だった。今回燃えてしまったセーレだが、死後の世界では人々を導くという役回りがあるのだという。では、死後の世界、海にたどり着いた人々は、そこで何をしているのだろう。

 答えは出なかった。唯一分かっていることは、シェイクスがこれからどのような道を辿るかだ。というのも、シェイクスの船も、大蠍に落とされたと聞いている。彼の魂もまた、空に流されたら、自身の船に乗って、真の海へと向かうのだろうと思った。



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