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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
483/993

その483 『祈りの先』

 リュイスがシリエの脈を診ている。

 血管が僅かに浮いている、シリエの白い肌を見ながら、イユはごくりと唾を呑み込む。リュイスの言葉が待ち遠しかった。


「大丈夫です。気を失っているだけだと」


 ようやく、一呼吸つけた。ふぅと、息を吐き切って、砂漠の嫌らしい空気を吸い込む。不思議と、砂っぽさが気にならなかった。


 そこに、リュイスがぽつりと言うのだ。

「あの奥にいるの、アンナさんだと思いませんか?」

 続けてリュイスが示した先を見て、息が詰まった。瓦礫に埋もれたすぐ先に、確かにアンナらしき特徴が垣間見える。

「アンナ! すぐ助けるから」

 アンナもまた、ぴくりとも動かない。頭を庇うように蹲っているからか、記憶の中のアンナより一回り小さく見えた。それが、イユの不安を誘う。瓦礫を引きはがすように持ち上げていき、アンナのすぐ頭上に圧し掛かっていたマストもどかす。リュイスがシリエのときと同様に、アンナをそこから引っ張り出した。

「リュイス、どう……?」

 アンナにも外傷らしい外傷が見えない。二人とも、大砲の隙間に埋もれる形で倒れていたからだ。だからこそ、アンナも無事であることを祈りたい。

 だが、シリエと違い、頭部を覆うようにマストが圧し掛かっていた。血こそ出ていないものの、強く頭に衝撃を受けて元気でいられるとは思えなかった。

 リュイスの返事を聞くのが、怖いような気がした。これで首を横にでも振られたらどうしようかと思った。おかしなことに、同時に早く答えを聞きたいと考える自身もいた。アンナは無事だというその声を、はっきりと聞いて安心したいという思いが消えなかった。


 何回か呼吸を繰り返した後、リュイスはイユへとその視線をやった。

「大丈夫です。気を失っているだけのようです」

 ふっと、身体から力が抜けた。膝頭にまで砂を感じる。

「頭を守るように蹲ったのが良かったんだと思います。マストの直撃を逃れていたようです」

 アンナの咄嗟の判断が活きたのだろう。シリエのように運が良いか、アンナのように機転が効かなければ、きっと助からなかった。

 ほっとして屈みこんだ状態のイユに、リュイスはそっと手を差し伸べる。

「あとは、シェイクスさんですね」

 何気ないリュイスの一言に、イユの顔が強張った。途端に世界が色を失っていったようだった。生きていると信じてやまないリュイスのその手を、もはや掴む気にはなれない。

「シリエとアンナは無事だったわ」

 イユの呟きを理解していないリュイスが、ぽかんとした顔をしているのが分かった。それでも、止められない。

「ヴェインも、レンドも無事だった」

 リュイスは無邪気に「そうですね、良かったです」と答える。どこまでも遠回りなイユに、リュイスは文面をそのまま受けとるだけだ。

 イユの歯が、噛みしめすぎて、ぎりっと鳴った。

「レパードも、リュイスも、……私も無事よ」

 血の味がする。

「でも、シェイクスは……、そうじゃない」

 そこでようやく、リュイスの瞳が揺れた。

「私を庇うみたいに、乗り掛かって、身体を貫かれていたわ」

 色褪せていた世界に、色が戻ってくる。同時にその世界が滲み始めた。

「なんで、私を庇ったのよ! 同じギルドでもないのに。ましてや、私なら多少の怪我ぐらい、平気なのに!」

 イユならば、異能がある。致命傷でも、その気になれば治せたのだ。だから、シェイクスのやったことは無駄だと、声高に叫んでやりたかった。できれば、船が貫かれた直前に時を戻して、そこで伝えてやりたい。そうすれば、愚かな男は、イユを助けようとはしなかっただろう。

「こんなの、あんまりよ」

 イユは気が付いている。イユさえシリエたちのもとに行かなければ、シェイクスはこのような目には遭わずにすんだ。誰かを助けたいと思ったイユの思いが、逆にシェイクスという男を死へと導いたのだ。

「イユ……」

 掛けるべき言葉が見つからないのか、リュイスが名前だけを呼んで固まっている。

 それを感じながらも、沸き出す激情を抑えられなかった。

「私の、せいよ」

「違います」

 呟いた言葉を耳聡く拾って、リュイスが否定する。

「イユを庇ったのはシェイクスさんの意思です」

「じゃあ、シェイクスの自業自得だっていうの」

 選んだ言葉が、責め立てるようなものになってしまったのは、激情の捌け口を求めていたからだ。

「それも違います」

 そこも、きっぱり否定されて、イユは次なる捌け口を探しに掛かる。

「それなら、誰のせいで死んだっていうのよ!」

「誰のせいでも」

 リュイスの否定はあまりにもはっきりしていた。

「大蠍が僕らの乗っていた飛行船に針を撃ち込みました。そのせいで、今、僕らはここにいます。ただ、それだけです」

 リュイスの淡々とした物言いは、イユを突き放しているようにも取れた。

 しかし、リュイスはそういう人間ではないことを知っている。彼は人に当たるということをしない。いつでも優しく他人を慮っている。

 だから、イユは冷静になった。それが、リュイスなりの優しさだと理解したからだ。今イユが欲していたものは、現実を直視した発言を、冷や水のように頭から被せられることだったのである。

「私はただ、誰にも死んでほしくなかっただけなの」

 イユの吐露を、リュイスは首肯で答えた。

「難しいのは分かっていたわ。でも、認められなかった」

 イユが認め、諦めてしまったら、その決意が歪む気がした。

「その思いは、間違っていないと思います」

「分かっているわ」

 遮るようにイユは続けた。

「でも、悔しいのよ」

 思いの強さで全てがどうにかなるほど、この世界は甘くない。だから、血が滲み出るほど、悔しいのだ。叶えられなかった自分が不甲斐ないのだ。



「おいおい、それはずるいだろ」

 ヴェインの言葉はイユに向けたものではない。シェイクスの倒れている瓦礫の上に立って、ヴェインは一人、大仰に声を張ったのだ。ヴェインはどうも、シェイクスを探して瓦礫内を歩いていたようであった。

 当然、起きている全員の視線を、ヴェインは受けることになる。

「見てみろよ。シェイクスの右手」

 そう言いつつも、ヴェインは自分の親指をピンと立て、それ以外を閉じる。それが、シェイクスの手の形だとすぐに分かった。

 そのポーズの意味、死ぬ前の最期のメッセージを、言葉として発する。

グッドラック(幸運を祈る)だとよ」

グッドラック(幸運を祈る)?」

 理解していないイユに、リュイスがぽつんと答えた。

「シェイクスさんは、イユの幸せを祈ってくれたんです」

 そんなものはいらないと、反射的に叫び返しそうになる。それで、シェイクスが死んだのならば、幸運など祈らなければ良かったのに、と。

「イユと何も変わりません」

 ところが、リュイスの言葉に、はっとした。

「シェイクスさんの思いを汲むことも、一つの答えだと僕は思います」

 終わっていないのだと思った。

 誰も死んでほしくないという願いは、何もイユだけのものではない。シェイクスもまた、祈っていたのだ。だから、その思いは潰えたのではなく、むしろ、幸運を祈られる形で託されたのだ。

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