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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
481/994

その481 『グッドラック』

 

 気がついたとき、それは船の正面にあった。


 太陽の光を浴びて、元からの金色を、更に輝かせている。その輝きは、イユたちを消し炭にしようとする意思に満ち溢れているようだった。そして、今までの経験からいって、あまりにも素早いはずのそれは、何故かそのときだけ、とてもゆっくりと迫ってくるように映った。

 今思えば、大砲にぼろぼろにされながら、せめて一矢報いようと用意した、大蠍の最期の抵抗であった。

 そして、その抵抗に、飛行船は間に合わなかった。


 あっと思ったときには、衝撃が船を貫いた。ヴェインの操縦すら間に合わない速度で確実に船が針に射ぬかれたのだ。

 しかし、事実を理解したところで、イユにはどうしようもなかった。地面が大きく傾いたことを感じた途端、身体が床へと打ち付けられる衝撃に息が止まった。視界はぶれにぶれて、仲間の姿を確認するどころか、起き上がることもままならない。

 次の瞬間、何かが自分を覆いつくして、しかしそれが何かを意識する間もないまま、浮遊感に晒された。

 誰かを心配する余裕も、自分の状態を確認することすら不可能であった。ただただ落ちていく感触に、意識を掴んではいられなかった。




「ん……」

 自分の声が、耳に入った。背中に当たる砂を感じて、ただ暑いと、ぼんやりと感想が浮かぶ。

 そうして、至極のんびりとした頭が、次に感じたのは、身体中に走る痛みだった。あちらこちらを打ちつけたような、痣にも近い痛みが、まるでイユの身体を使って、もぐら叩きでもするかのように、次から次へとサインを送っている。慌てて痛覚を鈍くしたイユは、視界が暗いままであることにようやく思い至った。

 額にじわりと浮かぶ汗が、今は夜でないことを物語っている。そうであれば、目を閉じているといっても、瞼の裏に陽光を感じるはずだった。

 何故と、疑問を口にしようとしたところで、じゃりっとした砂の感触を拾う。それと同時に、ぽとりと何かがイユの頬に触れた。

 恐る恐る目を開けたイユは、男の物と思われる服を見た。砂漠地帯を歩くことを想定したのか、比較的緩やかな作りをしたローブが、目の前に広がっている。そこから、何か黒いものがぽたぽたと浸っていることに気がついたとき、イユの意識はようやくはっきりと覚醒した。


「シェイクス!」

 叫んだイユは、男の身体を持ち上げるようにして、起き上がる。ぐらりと男の巨体が揺らぎ、イユの横へと崩れ落ちた。イユは悲鳴を上げた。

 男の背中に、船の残骸と思われる木片――それも男の剛腕よりも大きなもの、が、深々と突き刺さっていたのだ。

 服についていた黒いものは、その背中から胸にかけて貫通した木片から染み出た血だったのだ。理解したイユには、他のことを考える余裕はなかった。急ぎ、助け起こそうとして、固まる。シェイクスの目は既に何も映しておらず、そこには生気と呼べるものがなかったからだ。

「嘘……、でしょう?」

 その言葉は、自分に言い聞かせたいがために放った言葉だった。そうでなければ、頭がついていけそうになかった。せめてここに至るまでの長い道のりがあれば、絶望をゆっくりと噛みしめる時間があったはずだ。しかし、現実はあまりにも唐突だった。つい数分前まで勝利を目前にしていたはずのイユたちが、何故今こうして砂の上にいるのか分からずにいた。そのくせ、頭とは違い、身体だけは正直で、震えを止めることができない。

(違う……。まずは、事態を……)

 イユは座り込んでいる自分の頭を無理に動かそうとした。誰かの死を目前にしているとき、それは異能者施設では兵士が近くにいるときだった。つまり、自分の命も危ういときなのだ。

 そう、半ば無理やりに自分を説得させて、ようやく周囲を見回す余裕を得た。

「つっ……!」

 上げかけた声を抑える。周囲に散らばっていたのは、先ほどまで自分たちがいた飛行船と思われる残骸だ。上空から、大蠍にやられて墜落したのだと、見ただけですぐに分かる惨状だった。救いだったのは、火種らしき火種が燻っていないことだ。飛行石は残骸の影になって、光に当たっていないのだろう。だが、大砲など他の火種の存在もあるかもしれないことを考えると、ここでじっとしていて良いという話にはならない。

 イユの視線は、残骸の先にある大蠍の姿に行き着く。砂埃に浮かんだ輪郭が、数隻の飛行船に囲まれている。大砲の音が遠くに聞こえた。大蠍の身体は頭から崩れており、息があるとは思えない状態だったが、スナメリは攻撃の手をやめていない。イユたちを襲う余裕は、今度こそ魔物にはもうないだろう。

「いてて……」

 耳が呻き声を拾って、はっとなる。近くにあった残骸の山が僅かに動いている。中に誰かいるのだ。

「助けるわ」

 イユの声が相手に聞こえたかは分からない。イユはすぐに、歩き出そうとして、その場に崩れ落ちた。自身の足が、マストと思わる一部に挟まっている。シェイクスはイユを庇うように覆ってくれていたが、イユの足まではその範囲になかったのだろう。

「邪魔よ!」

 両手に力を込めて、マストを持ち上げると、それに合わせて、瓦礫の軋む音が鈍く響いた。僅かに隙間が開いたのを確認して、足を引っ張り出す。青く腫れあがっているが、これぐらいの傷であればすぐに治せる。

 それよりも、傷を治せない仲間たちが心配だった。リュイスにレパード、レンド。それに、シリエにアンナに、ヴェイン。シェイクスのようなことになってしまっていないかと考えると、急に世界に自分だけが取り残された心地にさせられる。彼らの誰一人として、本当は欠けて欲しくなかったのだ。

 悔しさのあまりきつく結んだ唇から、血が滲んだ。

 イユはすぐに、声がした瓦礫へと駆け付けると、その山を切り崩しにかかった。異能でなければ絶対に持ち上がらないだろう船の一部を、両手で押し退ける。これではっきりと、リュイスどころかイユの異能すら白日に晒したようなものだが、目撃者はどうせ、いないのだ。こうなっては、今更である。

 何度か持ち上げた先で、見覚えのある黒髪が見えてきた。

「レパード!」

「あぁ、おかげさまで無事だよ」

 イユの感嘆に、レパードはひどく単調な返答を寄越す。だがそれは、間違いなくイユが聞きたい答えで、足の力が抜けそうになった。

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