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カルタータ  作者: 希矢
第四章 『コノ素晴ラシイ出会イニ感謝ヲ』
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その48 『魔術のかかった本』

 ところで、イユたちは魔術師がどの階にいるのかを知らない。そうなると、どこまでも続く塔のなか、一階ずつ目視で確認していくしかない。加えて、兵士が目を覚ましイユたちを探しにくるまでという時間制限も付いてくる。

 じわりと焦りが胸中に生まれる。それを踏み潰すようにして、まずは五階へと上がりきる。

 五階も先程までと同じ造りになっていた。人っ子一人いる気配はしないが、万が一のことがある。見落としがないように一個ずつ本棚に挟まれた通路を確認していく。

「こちらはいません」

 リュイスの声を聞きながら、イユも本棚と本棚の間を一個、二個と確認し、突き当たりへとぶつかる。

「こっちもよ」

 そう答えつつ、折り返して奥の通路へと走り出す。

「ここもなし。上がるぞ」

 足の速さに自信のある人間が複数いれば、広い図書館といえども、あっという間に踏破できる。

 イユが階段に辿り着くと、示し合わせたようにレパードとリュイスも姿を見せた。


 三人で螺旋階段を登るうちに、六階の様子が見えてくる。そこには両開きの大きな扉がある。

 階段を上がりきると同時に、その扉が僅かに開いていることに気付く。隙間から差し込んでいるのは、ぼんやりとした光だ。埃が舞っているのが見て取れた。

 一般に開放されていないはずの階で扉が開いている。その事実が一つの可能性を告げている。

「例の魔術師?」

 口にすると、レパードから同意があった。

「だろうな」

 先頭を行くのは、レパードだ。

 イユは、銃を握り締め慎重に中へと入っていくレパードの、背中を追った。




 扉の先もまた、書物の世界が続いていた。螺旋階段がはるか上の方まで伸びていて、壁にはぎっしりと本が詰まっている。人気はない。

 けれど、これまでと随分と雰囲気が変わっている。理由が分からずに見上げると、天井からシャンデリアの光が零れてくる。

 その光が一瞬翳る。

「伏せろ!」

 レパードの声に反応する前に、リュイスに押し倒される。魔術師かと思い慌てて探すが、見つからない。

 イユの目が代わりに捉えたのは、レパードの魔法だ。どういうわけか、レパードが本に向かって光を放っているのである。

「何?」

 答えはすぐに明らかになる。レパードの背後の本棚から本が独りでに出てきたのだ。一瞬夢かと疑うが、倒されたときの痛みで分かる。これは現実だ。夢でも、幻を見せられているわけでも、ない。

 本棚から自力で脱け出した本が、開いたり閉じたりしながらもレパードにぶつかりにいく。すぐにレパードの光に撃たれて、力無くその場に落ちる。

 けれど、その間にも次から次へと別の本が棚から出てくる。

 イユのすぐ横を風が吹き抜け、それらの本を弾き飛ばしていく。風の勢いは強く、本棚をも巻き込み倒した。

 前のめりに倒れた本棚から激しい音が発せられる。

 勢いで飛び出てきた本は、その場でかたかたと動き出したかと思うと宙に浮き始めた。閉じたり開いたりすることで態勢を整えているようだ。イユの背ほどの高さにまで浮かび上がる。

 ――――そうして、イユを見た。


 そう、はっきりと狙いを定められたと察した。目もなければ、耳もなく、体のどこが正面ともわからないただの本だというのにだ。イユの直感が全力で警戒を促しているのである。今更になり、今までの階と雰囲気が違う理由に思い至る。この部屋にあるのは、殺気だ。あろうことか、本がイユを襲おうと殺気を放っている。

「ちょっと、どうなっているのよ、この図書館は!」

「俺が知るか!」

 文句を口にすると、レパードからすかさず返事があった。

 けれど、答えにはなっていない。苛立ちをぶつけるように、イユは飛んできた本を数冊纏めて蹴り飛ばす。

 衝撃を受けると、まるで動いていたのが嘘のようにその本は地面へと落ちていった。

 どうも、見た目にはわからないが生き物のように生死があるようだ。おまけに、蹴るだけで倒れてくれるので一冊一冊は脅威ではない。

 そう安心するのも束の間、また数冊の本が本棚から出てくるのが目に入った。本は、この世界(レストリア)の書物を全て掻き集めたのではないかと言いたくなるほどにある。その本たちが全てイユたちを目掛けて襲ってくることに、恐怖を掻き立てられる。

「逃げるぞ!」

 レパードの声に、足を動かす。レパードにリュイスが先程までいた扉の奥で立っていた。一度引き返そうというのだろう。

 イユは、二人の目の前を通り過ぎて、螺旋階段へと向かう。

「おい!」

 レパードの驚きの声が聞こえたが、無視する。イユからしたら、まさかここまできて引き返すこともできない。時間は限られているのだ。逃げるならば、魔術師を見つけてからであると決めていた。

 横から飛び出てきた本を、手で払い除けて床へと叩きつける。本は延々と続く螺旋階段に沿って敷き詰められている。それらがどんどん飛び出てくるのだ。きりがないのは、分かっていた。

 光に、風が、イユの横で弾ける。足音からもレパードとリュイスがやってきているのが分かった。

 レパードによる銃声もそこに加わる。魔術師に自分たちの存在を教えることになる音だが、それどころではないということだろう。

 そうレパードの判断を読み取ってから、今起きている超現象の答えに思い当たる。


 ――――この本はほかでもない。魔術師による魔術で動いているものだということをだ。


 つまり、イユたちはとうに魔術師に先手をとられているのだ。ぞっとするイユの目に、まっすぐに飛んでくる本が映る。

 満足に考えている時間もなかった。屈めてやり過ごし、周囲を探る。魔術で動いているということは、逆に言えば近くに魔術師がいる可能性があるということだ。本にやられる前に見つける必要があった。

「扉があります!」

 恐らくはリュイスも同じことを考えたのだろう。リュイスの声に、イユも一拍遅れて見つけた。階段をもう少し登った先に扉がみえる。両開きの扉が、大きく開かれている。

「急げ!」

 本が一斉に飛びかかってくる。まるでこの先に行かせまいとするかのようだ。

 イユは一冊を屈んで避け、滑るようにやってきた一冊を跳んで避けると、まとめて三冊を手ではたく。

 そこに更に数冊が飛んできたが、それにはレパードの銃弾がぶつかった。

 本は強度があるのか穴が開いたりはせず、弾き飛ばされて地面に落ちる。

 落ちた本に視線をやり過ぎたのか、足に衝撃が走って転びそうになった。全ては防げなかったのだ。一冊がイユの足首にぶつかってきたのである。

 蹴りつけて本を大人しくさせると、数段を飛ばして進む。足が傷んだが、異能で痛みを押さえつける。本は分厚いために意外と凶器になるのだと、その痛みから学んだ。頭だけはなんとしても守らないと、致命傷になりかねない。

 そう意識したところで、イユの前に目的の扉が見えてきた。あと一息で辿り着けそうだ。扉に突っ込もうと、足に更に力を込める。


「たぁすけてぇ!」


 まさに今入ろうとした扉の先から聞こえてきた声に、足が止まった。

 扉の奥から、イユのほうへと走ってくる少女がいる。魔術師といえば全員が大人だという印象だったので意外だが、着ている服の上質具合から、目の前の少女こそが魔術師だと結論づける。

 イユの目に止まったのは、少女の必死具合だった。どういうわけか、少女は魔術でイユたちを襲おうとするどころか、助けを求めているのである。二つに束ねた桃色の髪をゆさゆさと揺らしてだ。


「そこの誰か、たぁすけてぇ!」


 必死に手を伸ばす少女の後ろから現れたものに、唖然となった。

 そこにあったのは、大量の本の塊だ。一冊ずつ飛んできたときも厄介だったが、何百冊の本が一つの巨大な生き物のように集っている。どういうわけか、その本の塊が少女を追いかけているように見えた。

「うぇ……、どうなっているんだ、おい」

 イユに追いついたらしいレパードとリュイスが、イユの隣で呆然と立ちすくむ気配がした。それで、ぼんやりと見ている暇はないと気付かされる。

「逃げるわよ!」

 イユはそう宣言し、上がったばかりの螺旋階段を下り始める。慌てた様子で二人が後に続く。

「うわっ、薄情者!」

 後方で何やら聞こえたが、気にしている場合ではない。階段を飛ばし飛ばしで下りていく。

 後方に気を取られてばかりいると、あちらこちらから本が襲い掛かってくる。

 首を屈めてやり過ごしながら懸命に階段を下りる。

 そうしていると、訳の分からない状況に嘆きたくなってきた。洞窟にいる魔物から逃げているのならば、まだ分かる。まさか、魔術師と一緒に本から逃げないといけない状況になるとは思いも寄らない。

 六階の入り口の扉が見えてくる。辿り着き、一刻も早く扉を閉めなくてはならない。このおかしな本は五階には現れなかった。だから、そこまで行けばきっと助かると、願いたくなる。

 足にありったけの力を込め、誰よりも早く階下に辿り着く。そうして、イユの手がノブに触れる。

 そのときだった。耳を塞ぎたくなるほどの大きな音が轟いたのだ。ぎょっとして振り返ったイユの目は、本がイユへとぶつかってくる瞬間を捉える。ノブを捻って安全な五階へ行く余裕はなかった。イユの手はノブから離れ、本は扉へとぶつかった。

 視界の端、上のほうで何かが動くのが見えた。見上げれば、ちょうど魔術師の少女を見つけた扉の先で、命からがら扉から出てきた少女が階段へと折れ曲がるのが目に入る。

 そのすぐ後を、本の塊が飛んできた。勢いがありすぎたのか、少女のように階段へと折れることができなかったらしい。そのまま真っ直ぐに走っていき、階段の手摺を乗り越えて、階下へと全てが落ちていく。


 そしてそれは、ちょうどイユが立っている目の前の地面に当たった。


 本が落下する音は、全てを揺るがすかのようだった。更に、高所から次から次へと落下してくる本は、地面にぶつかった勢いを利用するようにイユの立っている場所へも飛んでくる。

 屈んで躱し、飛んで避け、顔へと飛んでくる本を、首を逸らすことで回避する。そうして視線を戻したとき、いつの間にかイユの前に大量の本が舞っていた。

 漂う本の中心に、更に本が集まっている。重なった本は、四本脚の動物の形を模したかのようである。

 一冊の場合と違い、衝撃ぐらいでは大人しくならないらしい。おまけに本棚から本が独りでに出ていき、動物の体の上へと連なっていく。一回り、二回りとどんどん大きくなっていく。

「やばくないか、おい」

 階段の手摺から身を乗り出したレパードが、視界の端に見える。声はレパードの独り言だったが、こればかりはイユも同感であった。

 恐怖のせいかもしれない。イユは目の前の本の集合体に、ぎろりと睨まれたような感覚を味わった。殺気とはまた違う。これは、狩りかもしれない。小さな人間を狩るときに定めた、狙おうとする意思。まるで、本物の魔物に襲われたときのようだった。

 本の魔物。イユの頭の中でその言葉が響く。体中の毛が逆立つ心地がした。逃げろと全身が警告するのが分かる。


 本の魔物が前足で地面をこするような動作をしている。そして、イユに向かって一目散に飛びかかってきた。

「イユさん!」

 リュイスの警告の声を聞くまでもない。イユは踵を返して螺旋階段を登り始める。扉に入りたかったが、間に合わないと理解していた。あの扉は、閉め切るには重いのだ。

 扉に本の魔物が激突する音を聞きながら、走る。イユの少し先でリュイスが、その先でレパードが走っている。

 階段の段差に影が映る。すぐに、横に飛ぶようにして避ける。前足が先ほどまでイユのいた位置へと突き出されるのが分かった。思っていた以上に、本の魔物に追いつかれている。

 足にありったけの力を入れる。これでは、ぺしゃんこにされてしまうのも時間の問題だ。

 レパードがちらちら振り返りながら銃で撃っている。リュイスも風の魔法で牽制しているようだ。効果がどれほどか見ている余裕はないが、本の魔物の追いかける速度が変わらない現状から鑑みるに、効いていないのだろう。

 その先で魔術師の少女が地面に屈んで何かをしている。詳細は手摺のせいで見えない。

 レパードが少女に追いつき、追い越した。

 もうすぐで本の魔物に追いつかれることになるはずだが、少女は屈んだままだ。それどころか、呑気に喜んでいる。

「できた!」

 イユの目に、屈みっぱなしの少女と扉が見えてくる。後者は魔術師の少女を見つけたときの扉だ。先程は入り損ねたが、今はそこへ逃げ込むべきだろうと判断する。

 実際、レパードは扉の先へとうに入っているようだ。反対側から扉を閉めるべく戸を押している様子である。リュイスも、扉に辿り着いた。足を止め、魔術師の少女に声を掛けている。

「逃げましょう」

 丁寧に手まで差し出すのを見て、甘すぎるにも程があると言いたくなった。確かに今、魔術師に死なれでもしたら暗示の問題が解決しない。

 だが、相手は魔術師なのだ。今イユたちを襲っている魔物も元はと言えば魔術によるものであることを忘れてはならない。

「ここに案内して!」

 魔術師の少女はリュイスの話など全く聞いていないようだ。イユに向かって声を張り上げてくる。

 イユは、走りながらも少女の手にある短杖の存在を目にする。その杖は、少女の真下の地面を指している。

 気がついた。階段の踊り場だから、平らになっているのだ。そこに白い線が描かれている。イユはあれが何かを知っていた。魔術師がよく使う、法陣といわれるものだ。

「リュイス、手伝え!」

 レパードが後方で声を張り上げる。扉は思った以上に重いらしい。苦戦しているようだ。

 それを見たリュイスが、手伝いに走る。

「無駄だって! それなら上に逃げたほうがまし」

「余計なお世話だ。黙っていろ!」

 イユは必死に足に力を込める。あと少しで少女のいう法陣に辿り着く。

「イユさん!」

 扉を押しているのだろう。リュイスの警告の声がくぐもって聞こえた。

 とはいえ、警告がなくともイユも気づいていた。振り下ろされる本の魔物の前足を、思いっきり払いのけようとする。

「何、この力!」

 途端、腕に衝撃を感じた。人一人ぐらいなら簡単に吹き飛ばすことのできる異能があるはずなのに、はじめて押し切られそうになる。歯を食いしばり、力任せに弾く。

 本の魔物が前足を飛ばされて、体勢を崩すのが目に入る。飛び散った本が宙に浮き始めるのを見て、すぐに階段を登り始める。再び襲われる前に少しでも距離を稼がねばならない。

 魔術師の少女まではあと少しだ。少女は法陣から距離を取る形で、二本の短杖を両の手にクロスの形になるように構えている。先程から何かをぶつぶつと唱えているのは聞こえていた。

 その奥ではレパードとリュイスが扉を押している。残念なことに、扉は一向に動かないらしい。諦めたレパードが銃でイユの加勢に入る。

 イユの足はとうとう法陣を通り過ぎる。そのまま魔術師をも通り過ぎた。

「かかった!」

 声に振り返る。ただの白い模様だった法陣が、淡白い光を放つ瞬間を捉える。

 直ぐ側まで追いかけてきていたはずの本の魔物が、法陣を前にして止まっている。魔術の影響だ。法陣に触れた生き物をかなしばりにあったかのように動けなくする力だろう。

 何故かイユには、本の魔物が唸り声をあげて怒っているかのようにみえた。

「頼むから、壊さないでねぇ」

 本の魔物にそうお願いすると、魔術師の少女は再度ぶつぶつと呪文のようなものを唱え出す。

「……分かれよ(ディスパーション)

 最後の呟きだけ、かろうじて聞き取ることができた。それは風の魔術だったのだろう。唱えた瞬間、本の魔物の周りを風が巻き上げる。何冊かが吹き飛ばされ地面へと落ちていく。

「ぼさっとみてないで手伝ってよ!」

 文句を言われた。リュイスが風を起こし始める。レパードも倣うように光を飛ばして加勢する。イユも何か手伝うことがないかと本の魔物へ近づこうとする。蹴り飛ばそうと思ったのだ。

「あっ、巻き込まれるから遠距離だけね」

 思い出したかのように少女に補足されて、大人しく様子を窺うことにする。

 風の力が圧倒的だった。巻き上げられた本は空へと飛ばされ地面へと落ちていく。また集まって動物の形を作るかと思ったが、不思議とそうはならない。最終的に一冊だけが宙に留まった。

 魔術師がその本へと近づいていく。

「どこの魔術師かな。こんな厄介な魔術をかけてくれたのは」

 さきほどの襲ってくる本はやはり魔術の仕業だったらしい。

 魔術師の少女は杖をぐるりと振り回したあと、本をつつく動作をした。すると途端に法陣が消え、本が地面へと落ちる。

 それを大事そうに拾うのをみて、レパードが確認をする。

「これでもうわけのわからないことが起きないな?」

 仕組みはわからないが、魔術師の少女の行動をみるにそのようだ。

「うん、もう大丈夫だよ」

 いつの間にか魔術師の少女のすぐそばまで近づいていたレパードが銃口を向けた。照準は、当然魔術師の少女だ。

 リュイスの息を呑む様子を見て、何を今更驚いているのかと、言ってやりたくなった。魔術師を従わせるには、こうするしかない。

 イユは、本を抱えた状態で後ろ姿を向けている魔術師の少女を見やる。そうして、自身に気を引き締めるようにと言い聞かせた。


 ―――――さぁ、ここからが本番だ。


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