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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
475/992

その475 『逆巻きの風』

 迫り来る風に目を細め、イユは目の前に広がる砂嵐を見つめる。

 きらりと光ったのは、大蠍の針だろう。目に捉えた途端、視界から消え失せた。飛行船が、大きく下降の針路を通ったからだ。

 イユは手すりにしがみつきながらも、リュイスへと視線を移す。

 砂避けに羽織ったローブが、激しい揺れと風に煽られ、はためいている。フードは念入りにきつく紐で結んでおいたのだろう。強風でも耳を見られる心配はなさそうだ。

 だからか、リュイスは自身の恰好など意識の外へと追いやって、目を閉じ一心に集中しているようだった。

 実際、この場で砂嵐を止められる可能性は、リュイスの魔法以外にはない。だが、そのリュイスの魔法でさえも、レパード曰く、五分五分だと言う。レパードが当て推量で判断したのではなく、リュイスに確認を取ったうえでの判断らしい。残念ながら、イユには、レパードとリュイスの、目配せでしかない会話は、追えてもいなかったし、見たところで分からなかっただろう。二人の付き合いは、それだけ長いのだ。

 しかし、イユにも分かることはある。スナメリの面々は気づいていないようだが、リュイスの動きがいつもと比べて、どこか固い。緊張しているように見受けられた。

 これで本当に、力が発揮できるのだろうか。疑いたくなる事実とは別に、不安要素がある。それは、大蠍が砂嵐を纏っているということだ。普通の砂嵐ならば、リュイスが直接風に働きかければそれで大抵のことはどうにかなる。だが、普通の砂嵐ではないのだから、ただ働きかけるだけでは、上手くいかない可能性があった。

 リュイスも同じことを考えていたらしい。その手に、風が集っていく。風に働きかけるのではなく、風を砂嵐にぶつけて、弾き飛ばそうというのだろう。不思議と、イユには、リュイスが呼び掛けた風の力が、折り重なっていく様が見える気がした。そして、その風は、リュイスの意思に答えるように、揺らいだ。

「いきます」

 その声が、合図だった。リュイスの手元にあったはずの風が、ぱっと立ち消えた。いつもなら、その場に現れた風が突き抜けるように進んでいったり、竜巻が巻き起こったりするはずだ。それが今回は、一瞬にして霧散した。

 まさか、失敗したのだろうか。シリエたちも何も起こらないことに動揺したのか、互いに顔を合わせて不安そうな視線を向けている。


 事が起きたのは、数秒後のことだった。

 イユは思わぬ眩しさを瞼に感じて、目を細める。見上げると、曇天だったはずの空に光が射し込んでいた。

 それはたった一筋の、糸のように細い光だった。その周囲を雲が捲られるようにして消えていき、代わりに青空が広がっていく。

 空から射し込んだ光の筋は徐々に太くなり、すぐに糸とは呼べなくなった。これは、光の柱と呼ぶべきだろう。その柱によって、曇天の世界に、どんどん光が溢れていく。合わせて、柔らかい風が吹きつけた。砂嵐の淀んだ風とは違う、天空から流れてきたからこそ砂をそれほど含まない、まるで草原に吹くような風だ。同時に、ごうごうと唸り声が轟く。ただ優しいだけではない、力強さがそこにあった。

 そして、その風は、渦を巻き始めた。

「これって……!」

 何が起きているのかを察して、思わず声を上げる。

 砂嵐と並び立つように現れたそれは、あまりにも大きかった。それは、逆しまの竜巻である。上空から落ちるように廻るその風が、砂嵐の風を巻き取っていく。

「凄い……」

 シリエの呟きが耳に届いた。同感である。これは、きっと、風の魔法石の力を解放しただけではできない芸当だ。何より風自体に、砂嵐を吸い取ろうとする意思を感じる。加えて、雲を突き破って天空から降りてきた風と光には、神々しさすらある。

 だが、砂嵐もまた、意思ある魔物のようだった。巻き取られるだけかと思われた砂が、引き込むようにリュイスの風を吸いとり始める。淀んだ砂を多分に含んだ風は黄色に薄汚れ、どこか不浄な予感すら感じさせる。

 風と砂嵐の力が拮抗し、リュイスが少しよろめいた。

「リュイス!」

 風と風がぶつかり合い、爆風が襲いかかる。イユは風に抵抗して、もがくようにリュイスへと足を踏み出した。

 何かをしようと思ったわけではない。だが、力を振り絞っているように思えたリュイスが苦しそうだったから、つい手を伸ばそうとした。

 そうして伸ばした指の先に、何かが見えた気がした。

「何……?」

 指の先に映るのは、風になびくリュイスの後ろ姿だけのはずなのだ。それなのに、イユは確かにそこに何かを見た。

 だが、それが目に見えるものとして、知覚できない。触れることができない。ただ、在ることだけが分かった。空気のように透明であるのに、どこか暖かいものを感じる。一番近い表現は、光だろうか。リュイスを包む何らかの光が、イユの目に飛び込んだのだ。

 それは、イユが初めて認識した、自分以外の力の一端だった。

 そして、何よりこの状況で、リュイスの力は揺らいでみえた。まるで吹けば消える蝋燭の明かりのように、どこか頼りないものに映ったのだ。

 冗談ではない。

 イユははっきりと、否定したくなった。ここで光が吹き飛べば、きっとリュイスの風の魔法も消え失せてしまうと、何故かそう直感した。だから、リュイスに掛けるイユの言葉は一つだけだ。


「しゃきっとしなさい!」


 急に叱られた形になったリュイスの背中が、びくっと攣った。

 だが、その叱咤が良かったのか、リュイスを包む光が強くなったようにも感じる。

「見て!」

 シリエの声に、降り仰いだイユは、リュイスの引き起こした竜巻が再び砂嵐を呑み込んでいくところを捉えた。風が勢いを取り戻して、逆巻いている。それになすすべもなく、砂嵐が巻き取られていく。その様は、砂嵐が逃れようと必死にもがいているようであった。

 しかし、砂嵐の抵抗も空しく、砂嵐は段々と小さくなっていく。山のように大きかったはずのそれは、見れば飛行船ほどの大きさになってしまった。砂嵐の合間で、悲鳴を上げるように稲光が眩しく光る。だが、それもリュイスの風の前では無力だ。

 やがて、砂嵐は完全に消え失せた。僅かな砂を地面に巻き散らして、まるでそこには初めから何もなかったかのように、沈黙が世界を支配していく。ただ、唯一、砂嵐の中に在ったはずの、黒い巨体だけをその場に残して。

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