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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
472/993

その472 『信じる覚悟』

「一回、作戦を見つめ直す必要がある。ティスケル」

「あぁ。ヴェイン船、一旦戦線から抜けろ。詳しく聞きたい」

 シェイクスの報告を一から聞くためだろう、ティスケルと呼ばれた男からそう指示が下りた。

 確かに、いつ針が飛んでくるかわからないなかで、おちおち長話もしていられない。

「お前らも戻ってこい」

 レンドが通信機器を通して指示したのは、シリエとアンナだ。

「了解です」

 と、少女たちの声が返る。大砲が届かない距離まで離脱するのだから、撃つ必要もない。ましてや、幾ら撃っても無傷であれば、尚更だ。


 シリエたちが船内に入った頃、シェイクスは詳細の報告に入った。話を初めて聞いたシリエたちの顔に動揺が走る。通信越しにも、動揺の気配があった。

「無傷っていうのは、ちと厳しいね」

 機器からアダルタの声が聞こえてくる。彼女は戦線から離脱しているわけではないが、報告だけはしっかり聞いていた。

「大砲では威力が足りないのか、それとも……」

「原因は砂嵐かもな」

 ヴェインは、口を開く。

「あれのせいで、威力が相殺されている可能性はある」

 ティスケルが、ヴェインに答えながらもアダルタに注意を呼び掛ける。

「それなら、砂嵐の中に入って撃つしかないだろう。アダルタ、針が来るぞ」

「正気か? 風の魔法石もなしに、船で突っ込んだところで木っ端微塵だろう」

 イユの頭に、飛行船が砂嵐のなかに突っ込んでいって、仲間同士でぶつかり合ったところを大蠍の針に穿たれるという、最悪な想像が浮かんだ。

 尤もなシェイクスの反論に、しかしティスケルは答える。

「風の魔法石があればよいのだろう? 飛行ボード単体ならともかく、複数人分を囲えたのであれば、それなりの数があったはずだ。小型飛行船であれば、こちらが元々所持している分も合わせれば足りることだろう。……聞こえているか、セーレの者よ。風の魔法石を売るつもりはないだろうか。幾らでも出そう」

 イユの背に、嫌な汗が伝った。ティスケルはイユたちが風の魔法石を持っているから砂嵐を切り抜けたと思っている。だからお金を幾らでも出そうと言うのだ。魔法石さえ手に入れば、大蠍が倒せると考えているのだろう。

 だが、実際はそうではない。全てはリュイスの魔法によるものだ。持っていないものを売ることはできない。

「レパード」

 リュイスがレパードに声を掛ける。

 イユはちらりとレパードを見た。レパードの表情は、リュイスの声を受けても、いつもと変わらない。何を言うつもりなのか、読めなかった。


「船長」

 ここまで黙っていたレンドが、口を開いた。

「ここにいる面々は、秘密を守るだろう。だが、全員じゃねぇ。如何せん、人数が増えすぎた。だから、保証はできねぇ」

 レンドの瞳が、半ば試すようにレパードを見ている。「さて、どうする?」と、そう言っているようだ。


 レパードはそれで決意したらしい。通信機器を持っているヴェインに近づくと、一言、言い放った。

「断る」

 一瞬、機器の向こう側でどよめきが走ったような気がした。確かに、イユたちの立場ではそう言うしかない。だが、それで相手が納得するとも思えない。

「それは……」

 やはり、何か言い掛けたティスケルより先に、レパードは続けた。

「悪いが、そこまで数はない。しかも、こいつはお貴族様からの貰い物でな。勝手には売れない」

 あくまで、ジェシカの屋敷から貰ってきたことにしようというレパードの意図は見えた。確かに、船も焼かれてしまったギルドが、魔法石をがんがん持っていたらおかしな話になる。ティスケルはまだセーレの事情を知らないが、シリエたちは知っているのだ。すぐに矛盾が浮き彫りになることだろう。


「代わりに、提案がある」

 イユは、レパードが言い出した内容に見当がつかなかった。

「ほぅ?」

 ティスケルはレパードの言葉に、愉しそうな響きを乗せて先を促す。

「それが何か聞こう」

「要は、砂嵐がなくなれば良いんだろう。それなら、俺らでどうにかできる算段がある」

 一瞬、沈黙が世界を支配した。

「砂嵐をどうにかすると?」

 おうむ返しに聞くティスケルに、レパードは断言する。

「あぁ、砂嵐を消し去る」

 あまりにも突拍子のない発言に、その場にいた全員がレパードの顔を確認した。イユですら、気が違ったかと疑いたくなるほどだ。

「方法は?」

「企業秘密ってやつだ」

 その言い方で、イユにはレパードの思惑が分かる。リュイスの魔法を使うつもりなのだ。だが、それは幾らリュイスでも不可能なことではないのだろうか。

「まぁ、勝率は五割ってところだが、失敗してもお前たちは何も損はしない。現状が覆らないだけだ」

「『お前たちは』、か。それだと、セーレは損をすると聞こえるが」

「あぁ、できなかったっていうなら、無駄に危険を冒すだけだ」

 さらりと返すレパードに、ティスケルが疑うような声を発する。

「それでは、お前たちに良いことがないだろう。大蠍を倒した暁には、報酬金の一部を渡してやってもいい」

 報酬金の一部と聞いて、イユは我知らず目の前で拳を握りしめていた。まさに今欲しいものだ。どれほどの金額かは知らないが、それがあれば、飛行船を借りることができるかもしれない。

「報酬は不要だ」

 ところが、レパードはそれを断った。

「はぁ? なんでよ」

 声を上げるイユに、ちらりとレパードの視線が過る。

 それが合図だったのだろう、リュイスに袖を軽く引っ張られた。何かと思って見上げたところに、耳元で囁かれる。

「話を付けたところで、ばれたら意味がないです」

 はたと気が付かされた。確かに砂嵐を消したときに『龍族』だとばれてしまう可能性が高いわけで、それでは貰うものも貰えなくなる。

 (風の魔法石だけで砂嵐は消しきれないものなの?)

 そう思ったが、風の魔法石でどうにかできるものであれば、はなからその話題が上がらなかったことがおかしい。あくまで、風の魔法石でできることは砂嵐に飛び込んで無事ですむ程度の力を放つことなのだろう。

 つまり、砂嵐をなくすにはリュイスの魔法が必要不可欠だ。しかし、それは、同時に、正体をばらす危険に繋がる。目の前であり得ないことが起きたら、彼らは『龍族』や『異能者』の存在を疑わざるを得なくなる。

 今更ながら、何故レンドが先ほどレパードの話に割って入ったか理解した。イユ以外の三人とも、ばれることを前提に話を進めていたのだ。

「俺の仲間が既に世話になった。だから、それでチャラだ」

「なるほど」

 ティスケルが一言、そう呟く。

「代わりに、お前たちの企業秘密には目を瞑ろう」

「話が早くて助かる」

 レパードが感謝の意を告げる。ティスケルもまた、薄々と気が付いているのだろう。だから、そうした言い回しをするのだ。

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