その471 『見えているように』
セーレの面々は、あり得ないものを見る目で、互いの顔を眺めている。イユからしてみると、このような場所で、まさかレンドと再会するなど、想定するはずがない。レンドは以前までのギルドに情報収集のために会いに行っているとは聞いていた。船を持ってきてくれたら嬉しいとはレパードが言っていたことだが、まさか船の代わりに、大蠍と戦っているとは思いも寄らない。
だからこそ、理解が及ぶことに、或いは言葉を紡ぐことに、時間がかかってしまった。
両者の間に意図せぬ沈黙が訪れる。まるで時が止まったかのように長いそれに耐えきれず、おずおずと破ったのは、シリエが先だった。
「えっと……? まさかお知り合いですか?」
その声に意識が引き戻ったかのように、レンドが、「うわっ」と声を上げた。
「まさかすぎるだろ。なんでお前たちがこんなところに乗り込んでくるんだ」
イユもまた呻き声を上げた。
「その台詞は私のものよ。まさか、以前までいたギルドって、スナメリ?」
「予想外過ぎるだろ」
レパードも同意するように呟く。レンドはレパードにも告げていなかったらしい。
それを聞いていたシリエが「えっ」と声を上げる。
「まさか、レンドさんの今のギルドって、イユちゃんの……?」
レンドが、空を仰いだ。
「そのまさか、だ。おいおい、これは何の冗談だ。こいつも、ヴェインの仕業か?」
イユはその名前に、「ヴェインもいるの?」と尋ねる。ここにアダルタもいれば、勢揃いである。
「世間、狭すぎだろ」
レンドは唖然とするのに忙しいらしい。
代わりに、イユの問いに答えたのは、シリエだ。
「ヴェインさんは、今、船の操縦中です」
聞いた側から、まるで返事でもするように、船が傾いた。
「ちょっと!」
思いっきり、尻餅をついた。さすりながらも、ぐるりと旋回する船の動きを感じる。
「大丈夫ですか」
駆け寄ってきたリュイスの手を借りて、起き上がった。
「何なの?」
随分な挨拶である。ヴェインらしいといえばらしいが、全く酷い男である。
「恐らくですが、大蠍の針を避けたんです」
リュイスから解説が入る。それで、何も嫌がらせのために急に船を動かしたわけでないと知る。
言われてみれば、イユが砂漠を歩いていたときでさえ、大蠍の針は的確に射ぬこうとしてきた。これほど的の大きい船であれば、大蠍は確実に当ててくるのではないか。
その考えはイユの背筋を凍らせるには十分だった。
「再会を喜んでいる暇はないってことね」
イユたちがのんびりしすぎたのだ。ぞっとしない話だが、こうして暢気に会話をしていて、船ごと消し飛ぶというのも、十分にあり得る話である。
「全員無事だな」
シェイクスの言葉に、イユは頷く。船は大きく弧を描くように旋回することで、針を避けたようだ。今も船は動いているが、立ち上がれないほどではなくなっている。
「はい」
「大丈夫です」
アンナとシリエが返事をする。彼女らもイユと一緒になって、床に身体をぶつけていたが、大砲にしがみつきながらもどうにか立ち上がった。
「とにかく積もる話は後だ。大蠍をどうにかするぞ」
レパードの言葉に、「簡単に言ってくれるものだ」とシェイクスが呆れた顔をした。
一方で、レパードたちを知っているレンドは、
「だったら、中だ。ヴェインが本部と連絡を取っている」
と、扉を開ける。
「シリエとアンナは、そのまま撃ちまくって牽制してろ。部外者に情報共有してくる」
レンドの指示に「はい!」とアンナとシリエが叫び返す。
前のギルドに会いに行くどころか、既に指示をする立場にいるとは一体どういうことだろう。疑問に思ったが、積もる話は後だと決めたばかりだ。
イユが船内に駆け込むと同時に、船がまた大きく傾いた。
「おっ、やたら砲撃の音がなくなって大人しくなったと思ったら、まさか人数が増えているとはな」
舵を思いっきり回したヴェインを見て、悲鳴を上げる暇はあっても、返事をする余裕はない。
腰を打ちながらもどうにか近くの壁にへばりつくと、イユはようやく挨拶をした。
「また会ったわね」
「まさかの再会だが、シリエたちみたいに大手を振って喜ぶ余裕はないな」
ヴェインの軽口に、「嘘をつけ、お前の余裕のない表情など見たことねぇ」とレンドが吐き捨てる。
「そりゃあんまりだ。ここ数年会っていないうちに、随分小心者になったんだよ」
「お前に限ってそれはない」
レンドとヴェインの言い合いに、仲が良さそうだなと感じる。スナメリにいたときは、近しい間柄だったのかもしれない。
「それより、現状を教えろ。こいつらなら打開できるかもしれねぇ」
レンドの一言に、「ほぅ」っとヴェインが興味のありそうな声を発した。
「信頼してるねぇ。現状は、この通りだ」
ヴェインが舵を操作しながらも、通信機器のボリュームを上げる。すぐにノイズとともに音が聞こえてきた。
「アダルタ船、北北西に進路を取れ。ヴェイン船、5秒後に針の攻撃が来る。右手に大きく旋回しろ」
「了解」
ヴェインが指示に合わせて大きく舵を切る。予め聞けたおかげで心の準備ができた。衝撃に堪えるその間にも、指示が行き交う。
「イグナ船、大蠍の次の狙いはお前らだ。左に旋回して避けろ。ユース船、……」
続く指示に、イユはぽかんと口を開けた。
「何よこれ、まるで展開を読んでいるみたいに……」
次から次へと流れる指示に、船員たちは船を動かすだけである。
「驚いたか、これが現状だよ。ティスケルの指示で、全員が決められたとおりに動く。そういう仕組みだ」
理解ができないでいるのは、幸いにもイユだけではないらしい。
「どういうことだ? まるで見えているみたいに」
レパードが、イユと似たような質問をしている。
「仲間の船の位置は絶えず見えている。そういう機械があるんだと」
レンドが呆れたように答える。相変わらずスナメリは、技術ではセーレよりずっと先を進んでいる。
「ですが、仲間だけでこれほど的確な指示は出せないはずです。相手の動きが読めるんですか」
「そこは経験則だ。ティスケルの奴が言う話だと、大蠍にはパターンがあるらしい。シェイクス船が沈められたから分かったことだとよ」
リュイスの質問にはヴェインが答える。
イユたちに続いて船内に入ってきたシェイクスは「そうか」と一言呟く。
自分たちの犠牲で助かったと言われて、果たしてどういう心境なのだろう。表情に出ていないせいで、読み取れなかった。
「……そうなると被害は大して出ていないってことか?」
「いや、一隻は小型とはいえ、ここまでで二隻やられているからな。それに、神様じゃねぇんだ。指示が全部合っているなんてこともない」
そう言いつつ、指示もないのにヴェインが舵を切る。カメラ越しに砂嵐からぴかっと何かが光って、船が揺れた。すぐにそれが針なのだと気がつく。ヴェインが自力で察知して避ける動きをしたわけだ。
指示は全てではない。そのうえ、だ。
「相手は無傷ってか」
レパードの言葉に、「はぁ?」とヴェインが声を上げた。
シェイクスが「嘘ではない」と答えてから、かいつまんで大蠍が無傷である話をする。さすがのヴェインの顔もひきつっている。
「持久戦してれば、いつかぶっ倒れてくれると思ったんだかねぇ」
残念ながら、そう簡単な相手ではないのだ。




