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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
470/992

その470 『再会、スナメリ』

 砂を含んだ淀んだ風が、その場で翻っていく。まるで、濁流のように、ごうごうと唸り声を上げる。そこに混じって、弾けるような爆音が轟いた。

 大砲である。スナメリの誰かが、撃ち込んでいるのだろう。

「後ろからくるぞ!」

 シェイクスの言葉に、身体が反応した。すぐに高度を下げたイユの頭上を、風が走り抜ける。視界の端に、金色の光が掠めた。遅れて振り仰いだときには、それは砂嵐の中へと消えていき、次の瞬間、爆音が轟いた。

 大蠍が、後ろから追撃してくる。その事実を噛みしめたイユの背筋に、冷たいものが走った。

 何より、この位置は、最悪である。前方からの大砲、後方からの大蠍。イユたちの存在が味方に伝わっていないせいで、意図せず、挟み撃ちの形になってしまっている。

「こちらへ逃げましょう!」

 後方を飛んでいたリュイスが、イユの横を通り抜けて、先頭に出る。イユと同じことを懸念したのだろう。斜め右方向へと抜ける道を進んでいく。


 だが、それで挟み撃ちの構造が変化したわけではなく――――、

「うおっ、お前たちの船の狙いはどうなってんだ!」

 砲弾をすれすれで避けたらしい。レパードがシェイクスへと愚痴を零す。

「あんた、無茶を言うな! 砂嵐のせいで本体がどこにいるか分からないんだろ」

 砂嵐のせいで、大蠍の位置がはっきりと特定できない。そのために、スナメリは、なるべく多方面から撃ち込むことで、大蠍を砂嵐から引きずり出そうとしているらしい。立派な作戦だとはわかるが、それに巻き込まれる身になってほしい。イユもレパードと同意見だ。大砲の餌食になるなど、全くもって御免である。

「愚痴っている場合じゃないわよ!」

 しかし、イユにはそう叫ぶよりなかった。予断を許さない状況に、食らいつくように大きく高度を上げる。すぐ下を何かが通り過ぎる気配がした。風圧を感じただけで、それが何かは見えなかったが、後ろから前へと飛んでいったから、推測はできる。大砲ではなく、蠍の針のほうだろう。

 一刻も早く砂嵐の外に出なければならない。愚痴をいう余裕があったら、まずは合流に全力を注ぐことだ。そうしなければ、無駄死にの恐れがある。

「そろそろです」

 期待をさせるリュイスの言葉に、速度を上げていく。最後に吹き荒れた砂嵐の先へと、一心に進んでいく。


 次の瞬間、眩しさに視界が奪われた。思わず目を閉じたイユは、後方から飛んでくる仲間との衝突を警戒して、視力を調整する。砂嵐の影響か、それほど暑さは感じないのが救いだ。目に意識を集中し、曇天の砂漠を確認する。

「あれは……」

 目に見えた光景に息を呑む。つい先日訪れた砂漠とは、景色が様変わりしていたのだ。大地には自然にできたとは思えない不自然な大穴が開き、そこからさらさらと砂が流れ落ちていく。立ち並んでいたはずのサボテンたちは、軒並み、根元から倒されていた。岩壁に、大蠍の針が刺さったのだろう。削り取られるように不自然に、抉られている箇所がある。まるで、終末の世界でもみているかのようだった。

 そんな退廃した大地に、幾つもの黒い影が流れた。黄砂に漂うそれは、船の形をしていた。

 視線を上げたイユは、そこにはっきりと、飛行船の姿を捉える。一隻だけではない。二隻、三隻……、五隻はあるだろうか。大中小、大きさもさまざまだ。大蠍の針から逃れる為、どれも耐えず飛び交っている。そのうちの一隻に、見覚えがあった。

「あれだわ!」

 声を張ってから、違うと気がついた。イユが目に留めた船は、飛び交っている中では最も小さい。姿かたちは、シリエたちと乗った飛行船と全く同じものだ。しかし、配備されている大砲の色が違う。白銀に輝くそれは、イユの記憶にある黒塗りの砲身とは真逆のものだ。それに、目を皿のようにして眺めても、シリエたちらしき姿はない。シリエたちが中にいる可能性もあるが、他の船の可能性のほうが高そうだ。

「イユ、危ないです!」

 リュイスの警告に、イユは前方に傾けていた重心を後ろに戻した。その目の前で、大蠍の針が通り過ぎていく。ごくりと息を呑みながらも、船の捜索を開始する。ここまでくれば、大砲を撃たれる心配はなくなったが、大蠍だけを警戒すればよいといっても、飛行ボードで回避し続けるには辛い部分がある。

「あれはどうだ?」

 全く当てずっぽうだろう、レパードの声に、イユは首を横に振った。

「違うわ、そんな大きな船じゃ……」

 言いかけたイユの言葉が止まる。レパードが示した飛行船の先に、黒塗りの大砲が見えた。そこに目を留めたから、確認ができた。クリーム色の髪の少女だ。そして、その前方に視線をやれば、赤髪が視界に入る。

「いたわ!」

 間違いない、シリエとアンナの二人である。見た限りでは、無傷のようだ。それどころか、大蠍に大砲を撃ち込み続けている。

 くるりと翻したイユは、居ても立ってもいられず、船に向かって飛行ボードを飛ばした。

「おい、待て」

 反射的にだろう、シェイクスの制止の声が掛かるが、止まるつもりはない。風に乗って、進めるだけ進む。

 あっという間に、イユの捉えた飛行船が、大きくなっていく。

 そのおかげで、シリエが大砲に弾を装填している姿も、アンナが狙いを定めるためか、大砲の前で意識を集中させている様子も確認できた。

「シリエ! アンナ!」

 イユの叫び声に、彼女たちは、イユたちの存在に気づいたようだ。

「噓でしょ……」

 イユの飛行ボードは、飛行船へと舞い降りる。その後、リュイスにレパード、そしてシェイクスが続く。全員が無傷でここまで到達できた。

 すぐに、シリエたちが駆けつける。

「シェイクスさん? どうして……! それに、イユまで」

 さすがのアンナも驚いたようで、動揺を口にする。イユはそれを聞いて、「おや?」と思った。シェイクスはシリエたちのことは知らない様子だったのに、アンナはすぐにその名を呼んだからだ。ともすると、アダルタやヴェインと同じだろう。イユはシェイクスへと振り返り、確認する。

「あなた、偉い人だったの?」

「別に、そのつもりはない」

 シェイクスの即答に視線を戻せば、シリエたちが首を横に振っている様子が見られた。

「偉い人なのもそうだけれど、私たちはシェイクスさんの船が大蠍に撃ち抜かれるのを目撃していて……。でも、こうして戻ってきてくれるなんて良かったです」

 シリエの瞳が潤んでいる。シェイクスはシリエのことを知らないのに、その相手でも涙が流せるのだなと思った。

「ザキは死んだ。他は全員、マゾンダまで避難し無事だ。重傷者もいるが、こいつらが治療に当たってくれたんでな」

「そう、ザキさんが……」

 知り合いだったのだろう。アンナが暗い顔をしている。

「あの、イユちゃん。ありがとう。まさか、仲間を助けてくれたどころか、ここまで来てくれたなんて……」

 シリエはイユの前へと駆けこむと、その手を取った。

「ちょ、ちょっと……」

「危なかったよね? 怪我はない?」

 まさかこのようなことをされるとは思ってもいない。イユは慌てて、断った。

「ないわ、ないから!」

 手を離されて、ほっとしてしまう。以前マーサに抱き着かれたときもそうだが、どうしても急にそういうことをされると対処に困る。

「でも、どうして……?」

 シリエの本気で分からないという顔に、答えてやった。

「どうしてって、あなたたちのおかげで、全員とはまだだけれど、仲間には会えたから」

 ちらりとイユは後ろを振り返る。既にシリエたちと面識のあるリュイスが、会釈をした。

「お久しぶりです。シリエさん、アンナさん」

「あ、あのときの……」

 シリエたちも酒場での出会いは覚えていたのだろう。

「俺はレパードだ。うちのが世話になったって聞いたからな」

 この発言で、レパードがセーレの船長だと気づいたのだろう。二人ともすぐに頭を下げた。

「アンナよ」

「シリエです」

 ともに自己紹介をする。

「良かった、イユちゃん。私……」

 感極まったようにイユを見るシリエの目は、相変わらず、潤んでいる。本当に、リュイスに並ぶお人好しだと、イユは変わらぬ姿にほっとした。

「察するに、この二人が、探していたという知り合いか?」

「そうよ」

 シェイクスの問いに、イユは答える。

 そのとき、シリエたちが「あっ!」と声を上げた。

 何事かと振り返ったイユは、船内から聞こえた声に耳を疑う。

「おいおい、何を暢気に話に花を咲かせているんだと言いにこれば、これは……」

 まさかこんなところで、と誰かの声が漏れた。

 視界に見えた赤い髪は砂を被っているものの、イユの記憶にあるものと変わらない。腰にささったナイフは、セーレで使っていたそれである。

「マジかよ」

 と、その男、レンドの口が開いた。

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