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カルタータ  作者: 希矢
第四章 『コノ素晴ラシイ出会イニ感謝ヲ』
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その47 『捜索、ダンタリオン』

 ダンタリオンの手前にある階段を登ると、兵士の視線がイユたちに注いだ。睨み返したくなるところを堪え、かわりにレパードとリュイスに合わせて会釈をする。どこかに視線を移そうとして、塔を見上げた。

 塔の白い壁は、どこまでも続いている。窓の一つも見えない。一度入ったら外に出るのも苦労しそうだと、予想がついた。

 見続けること、数十歩。首の痛みを感じ視線を下ろす。兵士の一人が、扉を開け始めていた。

 堅牢な木の扉だ。イユの身長の二倍はある。今は外されているが、かんぬきがされていた痕もある。重いからか、気を利かせ兵士自身が開けることにしたのだろう。

 けれど、もう一人の兵士は、イユたちに視線を向け続けている。観察されているのだと気がついて、今更ながら不安になってくる。一人で行くべきだったかと後悔が過る。

 何よりも今回はフードを目深に被ったリュイスに、空賊さながらの格好をしたレパードが同行している。飛行石を売った男は、よくこのような集まりを家族と勘違いできたものだ。イユには、怪しい集団としか考えられない。

 気が気でないイユの前で、とうとうダンタリオンの扉が開け放たれる。全く驚くことに、扉を開け終わった兵士は礼をし声まで掛けてきた。

「どうぞ」

 観察していたもう一人の兵士もまた礼をする。

「ごゆっくりお過ごしください」

 レパードとリュイスの会釈を確認して、イユも同じようにする。歯が鳴りそうだったが、唾を呑み込んで堪えた。先頭を行くレパードに続いて、ダンタリオンの中へと入っていく。

 途端、しんとした空気に出迎えられる。人気はあるものの、一様に静かなのだ。聞こえてくるのは、頁をめくる音やひそひそとした話し声である。

 そして、鼻につくのは、紙の独特な匂いだった。

 レパードについていきながら、薄暗いダンタリオンの中を改めて見回す。書物が敷き詰められた棚が壁一面に並べられている。その棚の全てが先の見えない天井まで届いているように思われて、この街の人の数より多いように見受けられた。

 そして、その本棚の前で本を選ぶ人々がいる。着ている服装を見るに、質素なものが多い。先の親子と同じ、街に住む人々だろう。

 細長いテーブルの前で書物を読み漁る子供たちもいる。大きなカウンターの前で列を組んでいる一行は、何かの順番待ちをしているようだ。カウンターにいる女が、

「お待たせしており申し訳ございません」

 と告げるのが耳に届いた。

 兵士は、ダンタリオン内にもいた。テーブルの近くで子どもたちの様子を眺めている兵士に、カウンター近くで佇んでいる兵士もいる。

 男に声を掛けられて応対している者もいた。耳を澄ましてみると、どうもお勧めの本を聞かれているところのようだ。

「そうですね。私のお勧めはやはり『ダンタリオンの歴史』でしょうか。何千年も前からあると言われるこの図書館の偉大さが伝わってくると言いますか」

 説明するのが楽しいのか、兵士の声が鎧越しでも弾んでいるように聞こえる。

「歴史といえば、この土地を先祖代々統治されている、レイドワース家についても学べると嬉しいのですが」

「また恐れ多いことを。けれど、勉強熱心なのは良いことです。簡単な伝記であれば残っておりますよ」

 意外だった。兵士と男のやり取りを聞きながら、イユはそう感想を抱く。兵士は異能者には問答無用で銃を向けてくるというのに、街の人間にはとても親切なのである。そして街の人間も、兵士に対して気が咎めるということはないらしい。とても気軽に接しているように映った。

 複雑な心境を味わいつつも、イユたちは歩みを止めない。

 これからイユがすることは、魔術師を捕まえて暗示に掛けられていないか確認させることだ。その後、その魔術師をどうするかはまだ考えてはいない。

 けれど、その魔術師に顔を覚えられてしまったら自分自身の身が危ないことは分かっていた。そしてイユには魔術師のように人の記憶をどうにかしてしまうような力は使えない。そうなると、やることは限られてくる。


 ――――これは復讐でもあるのだ。


 唇をきつく結んで、イユは進む。道がよくわからないようで行ったり来たりをしているレパードに、ついていく。


 あまりにも迷っていたため、変に気の利いた兵士に道を教えられでもしたらどうしようかと思ったとき、ようやく階段を見つけた。

 階段の前にも、兵士が立っている。目を凝らすが、兵士の腰には鞘がぶらさがっているだけだ。

 目だけでそのことを合図したイユは、レパードに続いて階段を上がる。兵士は会釈をするだけで、何もしてくることはなかった。

 暫く三人の足音だけが響く。

 階段は螺旋状に塔の外周をぐるりと廻る作りである。壁には本が敷き詰められている。一冊引き抜いたらまとめて数冊落ちてくるのではないかと思うほど、整然と隙間なく並べられていた。

 二階に上がるとすぐ目の前に三階へと続く階段がある。

 そこにも兵士がいた。階段の隣に長槍を抱えた兵士一人が、イユたちを見ても全く反応を示さずにそこに構えている。

 びくりとしてしまうが、この階も一般人には開放されていたはずだ。怯えを体に出さないように、兵士の横を通り過ぎ、四階へと上がっていく。

 四階も全く同じ構造だった。兵士の位置まで変わっていないので、こうして繰り返すと今が何階だったか分からなくなりそうだ。

 しかし、一般に開放されているのは、四階までである。つまり、ここの兵士の横を通って五階に上がることはできない。

 ところが何を思ったのか、レパードがそのまま兵士の横を通り過ぎて上がろうとする。階を数え間違えたのではないかと声をあげて止めたくなった。そこをレパードの一瞬の視線を感じて、口を塞ぐ。

 そのときだ。兵士に声を掛けられた。

「すまない、ここからは一般に解放されていないんだ」

「そうなのか。いや、それはすまなかった」

 レパードはそう返して、イユを振り返る。顎で戻れと催促していた。

 イユは四階を見回す。

 本棚がまるで壁のように何区画にも分かれて並んでいる。中央には長テーブルがみえるが、誰も座っていない。ここまで上がってくる街の人は少ないようだ。

 イユは一度長テーブルに向かってから、その先にあった本棚の反対側へと回り込む。ちょうど先ほどの兵士からは見えなくなる位置だ。

 そこまできてようやく、息をつくことができた。

「まぁ、やっぱりここからがだめみたいだな」

 レパードの言葉に、知っていてわざと試したらしいことがはっきりした。

「何も言わずに堂々と進もうとするから驚きましたよ」

 リュイスには同感だ。

「いや、案外なんでもない顔して進んだらすんなり通れることもあるからな」

 そうでなかったらどうするのだと聞けば、

「そのときはそのときだ」

 と開き直られる。

「いい神経しているわ」

 嫌味たっぷりに褒めると、軽く流された。

「それはどうも。それより、どうする?」

 イユはもう一度周囲に人がいないことを確認する。これだけ人がいなければ、武力行使という手段が使えるのではないかと考えたのだ。

「せめて、ここまで兵士をおびき寄せられればよいがな」

 レパードの言葉に唸る。四階自体に人がいなくとも、兵士が階段近くにいるのが問題である。あの位置では、三階からやってきた誰かに目撃される危険がある。逆に言えば、人気がないイユたちのいる場所であれば見つかる確率は減る。

「それしか、ないみたいですね」

 リュイスの渋々と言った言い方に、殺しへの妥協のことではないだろうと受け止める。リュイスは兵士を気絶させる程度のつもりでいるに違いない。それで、先程から気絶した兵士を隠せる場所を探すような、視線の移動をさせている。

 兵士の意識が戻る危険を考えると、それは甘い対処だと言わざるを得ない。しかし、リュイスから反感を買うことはしたくなかった。今のイユは自分の我儘を通すためリュイスとレパードを付き合わせている立場だ。

 とりあえずと、必要な人数を割り振る。

「一人が呼んできて、一人がここに来た兵士を大人しくさせる役ね」

 もう一人は周りに人がいるかどうか、見張っていれば十分だろう。

「じゃあ、イユ。お前が行って来いよ」

 意外なレパードの言葉に、きょとんとする。今まで散々離れて行動することを禁止していたというのに、単独行動まで勧められるとは思わなかったのだ。

 素直に頷いても良かったが、確認したい気持ちに駆られた。

「いいの? 私があんたたちを裏切って兵士に通報するかもしれないわよ」

 敢えていじわるっぽく聞いてみる。

「それならついでにここまで案内してやればいいさ。兵士とお前を気絶させて俺らはさっさと帰るとするよ」

 それ以上の答えが返ってきた。今のイユの立場ではどうも口で勝てそうにない。早く現実を変えようと、動き始めることにした。

「分かったわ、行ってくる」



 一人、兵士に近づいていくと、急に不安になってきた。何より、どう言えばあの兵士を連れていけるのか、イユにはまだ算段が立っていない。まさか本当に龍族がいるから来てくれとでも言えばよいのだろうかと、頭を悩ます。

 兵士がイユに気付いたようで声を掛けてきた。

「どうした? あとの二人とはぐれたのか」

 一人なので気になったのだろう。やはり、街の人と思われているうちは、親切にしてくるのだ。

 それは分かったが良い切り返し方は出てこなかった。とうとう兵士の近くまで来てしまったが、こうして寸前になってみても何も思いつかない。随分無茶なことを頼むと、理不尽にレパードに当たりたくなる。

 黙っていると、不思議に思われたようで兵士が数歩イユのほうへと歩いてくる。

 階段から離れる形になったので、僅かに期待が生まれた。このまま走って指定の位置まで行ったら、追いかけてくるだろうかと、無茶な想像をする。

 さすがにそこまで上手い話はないと、自分の想像を消しやる。

 そうしたことをしているうちに、兵士がイユの目の前まで来てしまう。その状況であってもいまだに、気の利いた言葉が思いつかない。自身に嫌気が差してきた。

「体調でも悪いのか? ……何か言ってごらん?」

 腰を低くして覗き込まれた。声は先程までと違って柔らかく、リュイスが子供を相手にしていたような態度だ。舐められるどころではない。目の前の兵士はイユのことを完全に子供だと思い込んでいる。

 全く別の方向からきた衝撃に頭がくらくらとした。レパードに十三か十四歳ぐらいにみえると言われたのが頭を横切る。確かに背格好だけであれば、イユは小柄なリーサやクルトとあまり変わらない。ろくに食べていなかったがために骨と皮だけのような体型であり、背も高いわけではない。手足一つとっても骨格が成長していないので、子供と変わらない見た目だ。おまけに雪の降る地域にいたために色白で、健康的にも見えないだろう。

 顔を覗き込まれながらも、苦悶は続く。


 刹那を知っているから、幼いことがそのまま頼りなさに繋がるわけではないことは頭ではわかっている。

 けれど、幼く思われるということはイユにとってその分だけ下に見られているということだ。そして、下に見られるということは弱いと舐められていることになる。それは、許せない事態ではあった。弱みを見せたらこの世界(レストリア)では生きていけない。それが分かっているからこそ、少しでも大人に見えなくてはならないのだ。


 そこまでぐだぐだと考えて、終いにはどうでもよくなった。

「来て」

 指定位置まで連れて行くための建前も理由も、考えるだけ億劫になった。有無を言わさず連れてきさえすれば良いと、強引な結論に達する。

「ちょ、ちょっと、君」

 完全に開き直ったイユは、兵士の腕を引っ張り、歩き出す。制止の声など見向きもしない。強引そのものだが、兵士はお人よしなのか意外と抵抗しない。それが救いだった。


 指定位置まではあっという間だ。

 しかし、そこには誰もいなかった。本棚の合間にあるひっそりとした隙間が、イユの目の前で佇んでいる。

「ちょっと、どういうこと?」

 むしろ逆に騙されたのかと訝しくなる。レパードこそ、イユを兵士に追いやって、自分たちだけ逃げた可能性があった。

「いい加減に離してくれないか、さぁ」

 ないとは言い切れない。元はと言えば、これはイユのためにしかならない危険行為だ。レパードたちには利益など何もない。そもそも手伝ってくれるほうがおかしい。親切過ぎた。

「君、話を聞いているのか」

 後ろの兵士が煩わしくなり、手を離す。

「そうだ。さぁなんでここに連れてきたんだ? 説明を……」

 兵士の声が途切れる。青白い光がイユの前まで飛び散った。

 驚いて振り返ると、イユの目の前で兵士が音もなく崩れ落ちるところだった。

 本棚の向かい側に潜んでいたらしいレパードの影がピカピカの床に映っている。

「……これは凄まじいごり押しだな。通路を突っ切ろうとした俺以上だ」

 足音とともに二人が出てきた。そこで、見捨てられたわけではないと思い至る。

「一応、布をかぶせておきますね」

 どこからとってきたのだろう、リュイスが兵士の上にかぶせた。

 それらを眺めていたイユは、感慨にふける暇などないことに気がついた。兵士が目を覚ましたら応援を呼ばれるだろう。それまでに、魔術師を見つけないといけないのだ。

「さぁ、時間がない。急ぐぞ」

 ここからは、時間勝負だ。


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