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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
469/992

その469 『砂漠の大蠍』

 風を切るように進んで、洞窟を抜けていく。

 二回目だ。道は大方覚えていた。右に折れ、左に曲がり、そして、高度を落とす。イユが通った後を遅れてレパードがついてくる気配がする。右に重心をずらすと、カーブを曲がり今度は左へ。そうして、上へと。

 このような時だというのに、走っている爽快感が、胸の中に満ちていく。それでも、油断はできない。そろそろ街の出口だ。大蠍がいるという場所が近くだというのなら、気は抜けない。

 前方に光が見えてくる。今は、陽が出ている。間違いなく、眩しいだろう。

 目を細め、速度を落とさぬように気を付けて、光の中へと飛び込む。


 来るはずの熱気が、来なかった。

 一瞬、きょとんとしたイユは、視界が砂色に染まっていることに気がつく。疑問に思う間もなく、次の瞬間、風が吹きつけた。

「なっ!」

 飛行ボードが、めくるように飛ばされていく。叩きつけるような砂と風で、目すら満足に開けていられない。

 浮遊感とともに、ふわりと、身体が飛行ボードから投げ出されそうになる。

 そのとき、嘘みたいに風が止んだ。

「大丈夫ですか!」

 後方を振り返れば、リュイスたちがいる。シェイクスがきょろきょろと周りを見回していた。

 それも納得の反応だ。何せイユたちの周りだけが、砂嵐の暴風から切り離されている。リュイスの魔法で相殺されているのだ。

「えぇ、平気よ」

 シェイクスがいる手前、リュイスへの礼は控える。そうすれば、少なくとも三人のうちの誰が力を使ったかは分からないはずだ。

「風の魔法石を持ってきておいて助かったな」

 レパードがこれ見よがしに言い、続けて質問をした。

「それで、砂嵐の中にいるのか?」

「大蠍はな。仲間はここに向かって砲弾を撃ち込んでいるところだろう」

 シェイクスの返答を聞く限り、レパードの言葉を疑っている素振りはない。そのことにほっとし、シェイクスの言葉を吟味したところで、ぎょっとした。

「ちょっと、砲弾がこっちに飛んで来たら、まずいわよ」

 助けにいくはずの相手の弾に、木っ端微塵にされるのは避けたい。

「分かっている。早くここから抜けるぞ」

 レパードがそう言ってちらりとリュイスを見やる。

 リュイスはそれに気づいたように首肯し、視線を動かした。イユにもすぐに伝わった。リュイスが風の弱い方角、最も早く砂嵐から出られる場所を示している。

 イユは重心をリュイスの指示した方向へと傾ける。ぐっと沈むように、風をすり抜けて進んでいく。視界の先に稲妻が走り、爆音とともに弾ける。熱を感じたが、気にせず飛んだ。砂嵐を走る稲妻がぶつかってくる前に、きっとレパードが対処する。それを知っていたからだ。

「気をつけろ!」

 シェイクスの声に、「分かってるわ!」と返す。風や稲妻は大丈夫だ。砲弾は音を聞くよりないだろう。一番厄介なのは、大蠍の攻撃だ。

 ビュンっと、風を切る音が聞こえた瞬間、イユはすっと高度を上げた。

「避けて!」

 後方に注意を呼び掛けるのも忘れない。

 イユのすぐ下を走っていったのは、巨大な針だった。視界の端で、記憶に新しいそれが、きらりと光る。

(やはり、狙ってきた)

 想像通りだった。爆音が下方で鳴っている。衝撃で抉られた地面から砂が飛び散ってきてもおかしくはなかったが、リュイスの風の魔法の影響か、それは問題なかった。

 問題あるのは、続けて飛んでくる針だ。

 右に、左に、針を避けながら、進んでいく。仲間の様子が見えなかったが、被弾したら何かしら音が聞こえるだろう。そうでないなら、避けられていることを信じてよいはずだ。

 それよりは、飛んでくる針が前方からやってくることが問題だ。リュイスは砂嵐を最も早く逃れられる道を示した。そして、砂嵐が止むのは、何も外だけではない。

 嵐の中心は、()()()()()()()()()()だ。

 蠍の輪郭が砂嵐越しに浮かび上がって、イユは自身の予想があっていることを悟った。

「最悪ね」

「日頃の行いか?」

 後方からレパードの軽口が掛かる。

「それなら、今頃大蠍が粉々になっているはずよ」

 最もそのような行いをした記憶はない。むしろ、幸運の持ち主のはずだというリュイスに、何故大蠍がばらばらになっていないのか答えろと、愚痴ってやりたいところだ。

 心の中で当てつけるイユに、砂嵐の層が吹きつけてくる。その風がイユを包む目前に、ふわりとリュイスの風が吹き返す。飛びかかってくるはずの砂は全て風の力によって翻され、視界が開けた。

 イユの目に、はっきりと大蠍の姿が目に入る。見た目は、蠍の形そのままだ。背中から吊り上げられた尾に針を携え、黒光りする大きな鋏を所持している。だが、鋏だけで、イユたち全員の身長を越えていた。あれに挟まれたら、頭から身体を切断されるだろう。それに、金色の針以外の身体は、嘘のように真っ黒だ。夜の闇を移動されたら、その姿は容易には捉えられないだろう。巨大な相貌は、さながら山のようだから、砂漠の星々が呑み込まれたように感じるかもしれない。

「無傷じゃねぇか」

 シェイクスの言葉に、イユはひっそりと拳を握った。ばらばらどころか、掠り傷も確認できない。大蠍は大砲をモノともしないと言っていた。だが、こうして無傷な姿を目にしてしまうと、対処すべき方法が見えてこない。


 大蠍が、イユたちの方へと歩み寄る。その一歩は、遅いが、大きい分、一気に近づいてきたように見えた。

 そして、鋏を持ち上げ振り下ろすその速度も、想像以上である。

 危険を感じて迂回したそのすぐ横を鋏が通り過ぎる。ヒヤリと全身に鳥肌が立った。だが、安心はまだできない。続けてやってきたもう片方の鋏。後方から遅れてやってくるレパードたちの位置を予想する。リュイスは風の魔法、レパードは稲妻を警戒するという役目がある。例え砂嵐の只中が、台風の目のごとく大人しくても、その役割は変わらない。風は弱まっただけで無風ではないだろうし、稲妻も同じことが言えるだろう。それに、シェイクスは負傷したままだ。そうなると、今ここで大きく躱しただけでは、負担が後ろの仲間に行くはずだ。

 だから、最も最適な(ルート)を決め切る。

 イユは重心を前へと預けた。鋏が閉じられる瞬間、敢えてその間を潜っていく。飛行ボードで通り過ぎた途端、背後に風圧を感じた。砂嵐ではない、イユの身体を千切ろうとした蠍の鋏から発せられたものだ。

「お生憎さま」

 蠍は悔しそうにその尾から針を飛ばしていく。それを右に左へと避けながら、イユは飛行ボードの速度を上げていく。

 そして、再び分厚い砂嵐の層を突き破った。

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