その468 『不謹慎な喜び』
「ここよ」
格納庫を開けると、中では既にフェフェリが準備をして、待っていた。
「お待ちしておりました」
と慇懃な礼をされる。
「借りるわ。予定と違うけれど、二台」
「――いいや、四台だ」
遮られて、イユははっとした。後ろから、リュイスが、レパードが出てくる。男に合わせて速度を調整していたから、追いつかれたのだ。だが――、
「一体、いつから……」
ばれていたのか、と続けようとしたところを、遮られた。
「初めからです」
「全くらしくもないことをしようとするから、バレバレなんだ」
リュイスに続き、レパードも答える。呆れたように溜息までつかれた。
「とりあえず、戦えるリュイスと俺とお前とで行く。それでいいだろ?」
『龍族』二人と、『異能者』がいればどうにかなるはずだと、レパードは言う。だが、その三人を指名するということは、異能や魔法を使うことを前提とした戦力になる。鼻から正体をばらしにいくようなものだ。
「なんで……。リュイスたちは関係ないじゃない」
「関係なくはないです」
リュイスが否定する。リュイスなら、そう言うだろう。シリエたちと一回会っただけだが、それでも助けるに値すると。リュイスは、そういう人間だ。
意外なのはレパードだった。絶対に止めに来ると思ったのだ。
「一人だけならともかく、頑固なお前たち二人が相手で、止められるわけがないだろう」
それに、とレパードは付け加える。
「イユが助けられたというなら、他人事じゃない」
「……お人好しなんだから」
そう言って反発することだけが、イユにできたせいぜいの抵抗だ。
話を聞いていた男が、「俺は嫌いじゃないな、そういうの」と声を掛けてきた。
「名前を聞いていなかったな。俺はセーレのレパードだ。お前は、スナメリのギルドの……?」
レパードが話を振ると、男はこくりと頷いた。
「シェイクスだ」
イユも、初めて聞いた名前だった。とりあえずと、イユからも名乗る。
「私はイユよ」
「リュイスです」
すぐに、リュイスが続いた。
「自己紹介がすんだところで、早速向かうとしよう。飛行ボードの経験は?」
レパードの言葉に、シェイクスが首を横に振る。
「ない。だが、慣れるまでだ」
「僕も初めてです。急いで、練習してみましょう」
リュイスの言葉に、シェイクスは頷いた。
結論から言うと、二人に練習らしい練習は必要なかった。リュイスは乗った傍からすぐに乗りこなしてしまい、シェイクスも意外なほどの運動センスを発揮した。シェイクスに至っては、その体格から乗るだけでも苦労するかと思っていたのだが、フェフェリがどこからか大きめの飛行ボードを用意してきたことで、問題は見事に解決した。
五分も経たないうちに乗りこなす二人を見て、「俺が下手なのか?」と自問するレパードは、中々に見物であった。
「早速向かいましょう。シェイクスの話だと、街のすぐ傍らしいけれど……」
イユも飛行ボードに乗ると、シェイクスがその隣へと下り立つ。
「あぁ。だが、街の中の移動は分からない。道案内は頼む」
「任されたわ」
「それと……」
シェイクスは初めて戸惑うような視線を送った。
「あんた、武器は?」
言われて、はたと気が付く。レパードは銃を持っているし、リュイスは二振りの刀を所持している。しかし、イユは素手だ。それで、今までは十分だった。
「大砲も効かない相手に、そんなものが必要なの?」
シェイクスは首を横に振った。
「ナイフも持たない素人は戦に出るべきでない」
イユがこの格納庫から武器を持ってくると思っていたのかもしれない。シェイクスは難しい顔をしていた。
「問題ない。こいつはそれで大丈夫だ」
レパードの言葉に、シェイクスが振り返る。レパードも飛行ボードに乗って、乗り慣れていないことを隠すように仁王立ちになっていた。中々、偉そうな恰好で、内実を知るイユは思わず笑ってしまいたくなったがどうにか堪える。
「しかし」
「俺たちのギルドのことだ。口は挟まないでくれるよな?」
さすがにそれ以上は何も言えないと思ったのか、シェイクスが渋々と頷いた。
「分かった。だが、なるべく俺の後ろにいろ」
そう言うが否や、シェイクスは飛行ボードの高度を上げる。早速、街へと出るつもりらしい。
「道が分からないんでしょうが!」
すぐに追いかけたイユの隣を、レパードが続く。シェイクスがその後に続き、リュイスが最後尾だ。
「他の仲間だが」
レパードが耳元でちらっと囁く。レパードとはすぐに距離が離れてしまったが、出だしが聞ければ耳に意識を集中させることができた。
「万が一があったら、別の場所で合流するように伝えておいた。マゾンダに戻ってこられなくても、問題はないはずだ」
レパードが言う万が一とは、自分たちが助からなかった場合の万が一ではない。『異能者』や『龍族』だと露呈した場合の、万が一だ。
今更ながら、三人で固まって行動することにしたレパードの意図を察した。ばれるならまとめてばれてしまえばいいということだ。
迷惑をかけている。申し訳ないとも思ったが、この時点で謝るのは何故だか違う気がした。レパードには、何故か、迷惑をかけてもよいのだと言われている気がしたからだ。
それは、甘えだ。分かっている。改めて、自分が自分勝手な人間だなとも思う。リュイスのことを怒れはしないとも。
けれど、不謹慎なことに、少し胸の奥が温かくなったのだ。




