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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
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その466 『急患』

「何があったんですか、こんなに……」

 次から次へと運ばれてくる怪我人を見て、ワイズが絶句している。シェリーの後ろには担架に乗せられた急患が大勢いたのだ。運び込まれていく人々によって、あっという間に、部屋が診療所のようになっていく。

「申し訳ございません、ワイズ様」

 シェリーが、頭を下げる。

「構いません、すぐに診ます」

 ワイズが即答し、真っ先に駆け寄った。止める間もない。

 イユが我に返って声を掛けようとしたときには、ワイズはとうに重傷と思われた男へ、杖を振っている。そこから、法陣の効果なのか、人を癒すと思われる光が零れた。

 相変わらず、自分が倒れることを全く考慮していない動きに、呆れたくなる。

 だが、今回ばかりは、ワイズがいなくてはどうにもならなかっただろう。

 担架で運ばれた男の唇は、既に真っ青だった。腹部に大きな穴をあけていて、口からも血が零れている。意識はなく、白目を剥いていた。

 口の血に気付いたフェフェリが、すかさずハンカチで拭ってやっている。その隣で、男に付き添っている女が、半狂乱になりながら、何度も名前を呼んでいる。

 大方、男を含めた怪我人たちは、魔物の群れに襲われたというところだろうか。怪我の具合から、イユはそう判断する。

 同時に、付き添いの女の腰にナイフが数本ささっていることを、確認する。

 ギルドの人間たちだということは、彼らの旅装束からも推測できる。砂っぽさが残っていたから、砂漠に出ていたのだろう。

「すまない、こっちも頼む!」

 部屋の入り口で叫んだ男へ駆けつけようとして、早くもワイズがふらりと転びそうになる。フェフェリが支えるが、負担が大きいのだろう。

「私が診るから」

 ワイズの様子に気がついたラビリが、そう声を掛けて、駆け込んでいく。確かに、この状況では、ワイズに任せっぱなしにはできない。先ほどの男ほどでないにしても、怪我人は大勢いる。イユたちも手分けして怪我人の手当をするべきだ。幸い、セーレの者たちは、応急手当ならば習得している。

 レパードとリュイスが、ラビリに続き、叫んだ男の指示に従い、怪我人を運ぶ手伝いをしにいく。

 二人が運んできた怪我人は、三十歳ぐらいの男だ。膝から下がなくなっていた。意識がないはずだが、うなされているのかひどく暴れるらしく、何度も担架から落ちそうになっている。

「せえのっ!」

 掛け声とともに、男をベッドへと移す。暴れようとした男を皆で押さえつけた。

 すかさずラビリが、命の妙薬の残りを分け与えていく。

 薬が効いたわけではないだろうが、男が徐々に大人しくなっていく。

 それを見ていたイユが、汗を拭う仕草をしたくなった。だが、ラビリの行動は早い。

「船長。フェンドリック様のところに戻って残りの薬を貰ってくるから、これ」

 レパードに命の妙薬を渡すと、すぐさま薬を飲ませるために膝をついていた身体を起こす。

「あぁ、頼まれた」

 レパードの快諾を、恐らくラビリは聞いていなかった。すぐに部屋を飛び出ていく。命の妙薬を早く飲ませられるかどうかで、その人の生死が変わるかもしれないことを、よく理解しているのだ。

「明らかに重傷な者はこっちに運んでくれ。自分で動ける者は奥の部屋へ。悪いが順番だ」

 声に振り返ると、いつの間にかラダが部屋の中央で指示を出していた。怪我の度合いに合わせて、怪我人が次から次へと運び込まれていく。

「意識がない人がいます! 通してください」

 いつの間にか、扉の向こう側に消えていたレッサの声も耳に入る。恐らく、全体数を把握するために外まで確認しにいったのだろう。その過程で、重傷な人間を優先的に診られるようにと声を掛けている。

「シェリーだっけ。薬の予備はどれぐらい?」

 イユの隣では、クルトがシェリーに声を掛けている。

「在庫はあるにはありますが……」

 具体的な数を聞いたクルトの眉間に、皺が寄る。

「それじゃ、ちょっと心許ないよ。大きな屋敷だから期待していたんだけど」

「申し訳ございません」

 シェリーの謝罪に、クルトが首を横に振る。

「そんな謝罪より、今は薬の調合だって。ボクがさっさと作っちゃうから、案内して」

「かしこまりました」

 駆け込んでいく二人を見送り、イユは今更ながら自分が何も動けていないことに気がつく。この中で、一番心許ないのはイユだ。応急手当は習ったものの、経験が少ない。

 セーレの皆は、あまりに手慣れている。手際のよいリュイスとレッサ、ラダの三人が、傷口を洗い包帯を巻いている。重傷者には、命の妙薬を取りに戻ったラビリと、ラビリの話を聞いて動かしたらしいジェシカの召使いたち(実質、フェンドリックの命令だろう)が、薬を飲ませて回っている。

 この場で、イユができることと言えば何だろう。怪我人を運ぶことはできるが、力仕事は下手をすると『異能者』だとばらすことに繋がる。包帯を巻くぐらいはイユでもできるが、既に何人も当たっている。そうなると、残りは…… 

「フェフェリ。私は包帯を運ぶから、薬の在庫を運ぶのをお願いしても大丈夫?」

 悩んだ末、イユは荷物運びを名乗り出た。包帯の場所は、フェフェリに尋ねる。薬は種類ごとに違う棚に用意されているなどとややこしかったので、フェフェリに任せることにした。そのあたりはこの屋敷の執事に任せておけば良いだろうとの判断だ。


 暫くは、てんやわんやだった。

 それでも、怪我人の大半が男たちで、見たところ多くが身体の部位を切断する怪我であることは、包帯運びしかしていないイユにも分かった。軽傷者にまで薬が行き渡る頃になって、ようやく話す余裕ができる。

「それにしても一体何があったの?」

 痛みに呻きながら、自分で包帯を巻こうとする男から包帯を奪って、代わりに巻いていると、その男が答えた。

「へまをした」

「それは見ればわかるわ」

 冷たくあしらうと、男はむっとした顔を作る。顔に複数の傷のある浅黒い肌の大男で、今巻いている腕もイユの腕二本分にはなるのではないかと思うほどの剛腕だ。

「大蠍だ」

 男の言葉に、はっとなった。

「予想通り、街の近くに出没した。だが、奴の装甲が想像以上に固かった」

 大砲で攻めたらしいが、大蠍とともに現れた砂嵐の影響か、男の言うように装甲が固かったのか、大砲の利き目が弱かったという。

「あり得ないだろう。『空の大蛇(スカイサーペント)』すらも撃ち抜いた大砲だぞ?」

 それではリュイスでも難しいかもしれない。話を聞いていたイユは、うすら寒いものを感じた。

「なんであんたたちはそんな化け物を……」

 わざわざ喧嘩に行く意味が分からない。治療も無償ではないのだ。またしても、倒れそうになっているワイズを視界の端に捕らえながら、イユは溜息をつきかけた。

「依頼だからな。シェイレスタに時折現れる危険な魔物を退治してほしいと、兼ねてから打診は受けていた」

「依頼……」

 くるりと包帯を腕にまわして、イユはぽつりと呟いた。その言葉が何故か、引っかかったのだ。

「あぁ。今まで移動経路が掴めなかったから中々手が出せなくてな。だが、最近情報が入ったおかげで、ようやく行動に移せたんだ。だというのに、船を落とされてこのざま……」

「ねぇ、あんたたちのギルドの名前は?」

 そう遮るように聞いてしまったのは、既に予感していたからだ。運び込まれてくる彼らが何者なのか。

 男は、一瞬目を瞬いた後、包帯を巻き終えた腕をさすってから、答えた。

「スナメリだ」

 その言葉に、「あぁ、やっぱり」と、妙な納得感があった。

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