その465 『シェパング勉強会』
姉妹のやり取りを見ていたレパードは、
「話はついたようだな」
と声を掛けた。
「うん、船長」
クルトとラビリが向き直る。
「ボクは引き続き、皆と一緒で」
クルトの手を握って、ラビリが答える。
「私は、暫くしたらフェンドリック様のもとに戻るね!」
いつもの明るいラビリだった。それを見て、レパードもまたどこか安心した顔だ。なんだかんだ、レパードも心配していたのだろう。気持ちはイユにも分かる。ラビリに万が一があったら、きっと胸が塞がる思いがする。
「分かった。お前たちの決断だ。思う存分、自分のやりたいことをすればいい」
姉妹の道は分かたれてばかりだ。だが、この姉妹は、別れていても繋がっているように思えた。
「最も、少しの間はここにいるんだろう?」
ラダが声を掛ける。
「うん。まだ数日は滞在するって聞いているから、それまでは一緒にいられるよ。フェンドリック様の話だと、私は完全に自由にして良いみたい」
恐らく、フェンドリックが気を利かせたのだろう。いくら薄情な『魔術師』でも、それぐらいの『支援』はないと、逆にイユが殴り込みに行ったところだ。
「それより……、シェル、なんだよね?」
ラビリが、ベッドで眠ったままのシェルに、目を向ける。
「うん」
レッサが小さく頷いた。
「……酷い」
ベッドで寝かされたシェルは、全身包帯まみれになっていて、見るのも痛々しい有様だ。予め伝えていなければ、ラビリはシェルだと気付かなかったほどだろう。
ラビリの少し前にシェルの姿を見たリュイスも、胸が痛む顔をしていた。
「一応、命の妙薬も持ってきているから、役立てて」
ラビリはすぐにポシェットから薬を取り出した。レパードがはっとした顔をする。
「それはありがたいな」
セーレにあった薬の類は、全て燃え尽きている。手持ちの薬は、ラダが持ってきた分も含めてあるにはあるが、今後のことを考えると確かにあったほうが良い。
ラビリは首を横に振った。
「これぐらいのことなら、お安い御用だよ。手紙にもがんがんつけるから」
早速、シェルに命の妙薬を服用させる。眠っていたが、少しずつ唇に浸らせていくだけでも、効果はあるということだった。
「これは凄いですね」
ワイズが、薬に何かを感じ取ったのか、感心の声を上げる。
ラビリは、胸を張って、手に持った小瓶を揺らした。
「分かる? 飛竜の卵の殻が煎じてあるの。飛竜の血は毒だけど、卵の殻は再生能力が高いから、服用した人間にもその恩恵が受けられるというお話」
ラビリの説明に、イユは声を上げた。
「卵って、あれの?」
イユの記憶にある飛竜の卵は、翠色をしていて、自力で動く謎の浮遊物体だ。ふわふわと浮く弾力のあるあれを薬として服用すると思うと、違和感しかない。
「そうだよ。雛が孵ったあとの殻は、だいぶ耐久が衰えるから、それを利用して煎じて飲むの」
もはや、イユの理解の範疇を越える代物である。
「用の済んだ卵の殻なんて何も使い道がないように思えるけれど、これが意外なほど効果あるから」
ワイズは、ラビリの言葉に同意した。
「確かに、明らかな力を感じます。僕の魔術では命を繋ぎとめるのがやっとですから、期待できるでしょうね」
治癒魔術師のお墨付きだ。これでシェルの傷も治ってほしいと、イユは願った。
「そういえば、姉さんの話も聞いておきたいんだけど」
薬を飲ませたラビリを確認して、クルトが口を開く。
「姉さんは克望についてどこまで知っているの?」
ラビリは小瓶をしまって、「うーん」と唸った。
「私も、一般常識しか知らないんだよね……」
レパードが、
「構わない、一応話しておいてくれ」
と言うと、そこにワイズが
「ここに一般常識も知らない人がいますしね」
と便乗する。
「ちょっと、文句があるなら聞くわよ」
誰のことを指しているのか一目瞭然の挑発だ。乗るしかない。
「別にあなたのこととは言っていませんよ。まぁ、他にいませんが」
「言っているじゃない! 今、まさに!」
イユが叫び返すと、「お前ら、じゃれていないで、静かにしろ」とレパードから注意が入る。
イユはむっと頬を膨らませた。解せない。
「そうだねぇ。それなら、最初は国の特徴からおさらいかな」
ラビリは少し視線をさ迷わせてから、ぴしっと指をイユに向ける。
「じゃあ、イユ!」
「は? な、何よ」
突然のラビリの指名に、動揺しつつも答えると、ラビリは指を三本立てた。
「シェパングについて知ってることを挙げてごらん。シェパングならではなやつ!」
ワイズに馬鹿にされた後だ。知らないではすまされない。
「ええっと、あれよ。円卓の朋!」
若干声が上擦ってしまったが、外していないはずだ。
「正解! シェパングは王政じゃないんだよね。任期二年でメンバーが交代していくの。面白い仕組みだよね」
ラビリの答えにほっとしたところで、続けて質問がきた。
「じゃあ、なんで王政じゃないの?」
明らかにラビリの視線がイユに向いているが、そのような質問はイユが聞きたいところだ。今まで、シェパングという国のこと自体、ろくに考えたこともなかったのだ。知るはずがない。
「よし、優等生のリュイスくん」
戸惑った顔をしながらも、指名されたリュイスが流暢に答える。答えがわからないのではなく、何故君づけで呼ばれるのかよく分からないことへの戸惑い顔らしい。
「イクシウスのようにならないためです」
イユには、リュイスの回答がよく分からなかった。
イユの表情に気付いたのか、ラビリが補足する。
「シェパングは遥か昔にイクシウスから独立した大国だよ。イクシウスがあまりに圧政だったから、それに反対して国を出ていったの」
初めて聞く経緯を飲み込んでいると、いつの間にかラビリの指が一本折り曲げられていることに気がつく。
「だからシェパングは、とにかくイクシウスのことが大嫌い。そのせいで、言語も服装も、建築物も、名前すら、何もかもイクシウスからの伝統を捨てて、どんどん独自の文化に取り替えていった国かな」
大変驚いたことに、周囲の人間は一般常識だとばかりに話を聞いている。今初めて聞いた情報だと思っているのは、イユだけらしい。「だから言ったでしょう」と言わんばかりのワイズを睨みつけた。
「ただ、そうはいってもそれは大昔の話。今は、少しずつ不便なことに関しては統一を図っていこうって動きになっているかな」
「不便なこと?」
イユの質問には、リュイスが返す。
「代表的なものは貨幣ですね。昔はイクシウスのお金はシェパングで使えませんでした」
クルトも付け加える。
「名前も今は自由だよね。刹那や克望みたいにシェパングの名前を使う人もいるけれど、最近はその割合も半々くらいかな」
ラビリがそれに頷いて、指を一本折り曲げた。
「そうそう。名前が自由なのは、シェパングの『自国民優遇主義』が活きているかもしれないね」
「自国民優遇主義?」
聞けば聞くほど、新しい情報が沸いてくる。
「シェパングは、他の国より自国の民を優遇するところがあるんだよ。だから名前もシェパングらしいものを使えって上から抑圧することはないんだ。イクシウスから独立した際、一緒に逃げた皆には良い思いをいっぱいしてほしいって思っていたみたい」
ここまで聞いても、イユにはピンと来なかった。はっきりと分かったのは、次の言葉を聞いてからだ。
「だからシェパングの人間は、『異能者』でも捕まることはないんだよ」
イユは思わず目を瞬いた。
「え?」
「あぁ、勿論、異能者施設はあるよ。でも、イクシウスみたいな場所じゃないんだ」
ラビリは更に一本指を折り曲げ、腕自体を下ろした。
「『異能者』にも尊厳を。むしろ、彼らは貴重な自国の力。『異能者育成計画』なんてものもあったみたい。もっとも、自国民オンリー政策だから、残念ながらイユはシェパングに行っても良いことはないけどね」
『異能者』に尊厳。改めてシェパングが、今までのどの国とも違うのだと思い知らされた。
「失礼します!」
その時、ノック音とともに、女の声が響いた。聞き覚えがある。これは、メイドのシェリーだろう。
尋常ではない叩き方と、シェリーらしからぬ焦った声音に、「何事ですか?」と、ラビリとともに入室していたフェフェリが声を張る。
「急患です!」
その言葉に、一同は顔を見合わせた。




