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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
463/993

その463 『姉妹の再会』

「失礼します」

 フェフェリの声が、扉の向こう側から聞こえてくる。

「ラビリ様をお連れしました」

 一同は、はっと顔を見合せた。クルトがごくりと息を呑む。

「どうぞ」

 代表して、クルトが声を掛ける。その声が、珍しく上擦っていた。緊張しているようだ。

 暗示は本当に解かれたのか。フェンドリックを信じてよかったのか。もし、無事でなかったら…………。

 イユですらそうした不安が胸のうちに渦巻いているのだ。姉妹なら余計に思うところがあるのだろう。


 扉が音を立てて、開いていく。

 扉の向こう側に、茶色の髪を伸ばした少女の姿が見えた。桃色のメッシュが、ふわりと揺れる。

 少女は、にこっと微笑む。それは、風切り峡谷で見た通りの、人懐っこい顔だった。

「皆、改めて、久しぶり!」

 そうして、ラビリは声高に挨拶をしてから、クルトに向かって真っすぐに駆け込んでいく。まるで、獲物を見つけた猫のように素早い動きだ。

「愛しの妹よ!」

 飛びつかれたクルトが、「うわっ」という悲鳴とともに吹き飛んだ。

「ね、姉さん?」

 床に頭をぶつけて涙目になるクルトに、更なる衝撃――、前後の揺さぶりが襲いかかる。

「もう、ようやく大声で喜べる!ずっと我慢していたんだから!」

 目を回すクルトに構わず、ラビリの腕は止まることを知らない。

 それらの、あまりに目まぐるしい光景に、イユは暫く心が置いていかれた気分だった。口から泡を吹きそうになるクルトを見て、ようやく我に返ったところだ。

「ちょっと、クルトが死にそうよ」

 イユの指摘に、はじめて気付いたようにラビリの手が止まった。

「ん? あっ、すまぬ。妹よ」

 荒い息をつくクルトは、「いや、待って、苦しすぎ。予想外すぎ」と言いながら、起き上がる。

 そこに、ラビリがそっと抱きついた。

 びくりと驚いた顔をするクルトだが、ラビリが何も言わないのを見て、ふっと頬を緩める。そして、囁くように呟いた。

「もう、心配掛けさせないでよ」

 言葉とは裏腹に、それはとても優しい声音だった。


「うぅ、面目ない」

 ラビリは、少し落ち着いたらしい。ちょっとした間の後、そう呟いた。それから、ふいに抱き着くのをやめて、すっと目尻を拭う。

「本当に、無事でよかった。全て聞いたよ。心配掛けてごめんね、クルト」

 ラビリもまた、セーレを案じていたのだろう。そのうえで、姉のことを心配しないとならないクルトの気持ちも考えていたに違いない。

「……姉さんこそ」

 お礼を言うラビリに、クルトはしかし顔を歪めた。

「……?」

 幾ら普段会っていないとはいえ、その表情の変化に気付かない姉ではないのだろう。ラビリが小首を傾げる。

 それを受けたクルトが、視線を外しながら、答えた。

「今まで、ずっと、遠くから頑張っていたじゃん。だから、ボクはこれまで……」

 クルトは最後まで言葉を紡がなかったが、イユにはクルトの言葉が最後まで聞こえた気がした。

(幸せだったのは、姉さんのおかげだった)

 クルトは、そう伝えたかったのではないのだろうか。

 そして、それを最後まで聞かずとも、ラビリには分かっているのだろう。だから、からからと笑って言うのだ。

「もう、妹の成長に、じんじん来るよ。私は――――、だなぁ」

 ラビリの思いが、掠れた言葉に滲み出ている。

「姉さん、そうやって、すぐからかって」

「だって、そうでもしないと、立つ瀬ないもん。姉らしくさせてよ」

 胸を張って告げるラビリに、クルトががっかりと肩を落とした。このときにはもう、二人の間の雰囲気は、昨日も会っていたような近しいものに変わっている。この姉妹には、実際の距離も時間も、関係ないのだ。

「……からかうのが、姉らしさじゃないと思う」

「それもそっか」

 ラビリがにこっと笑って、開き直る。それが合図だった。気を取り直したように、二人のじゃれあいが終わる。それから、くるりと周囲を見回した。

 ラビリの赤い瞳に、クルトが、ラダが、イユが、リュイスが……、順々に映っていく。最後に、その視線はレパードへ止まると、そっと頭を下げた。

「船長、皆さん。大変ご迷惑をお掛けしました」

 余所余所しいとも言えるかもしれない。改まった謝罪だった。けじめをつけるためにだろう、そこには妹をからかうラビリの姿は微塵もない。

「事情は、領主のフランドリックから聞いています。私が、クルトからもらった手紙の内容を、知らず知らずのうちにばらしてしまっていたと。そのせいで、『魔術師』にセーレの情報が流れたかもしれません。だから……」

 こくりと、もう一度深く、ラビリは頭を下げる。

「ごめんなさい」

 下げっぱなしの頭に、そっと手を乗せたのは、頭を下げられたレパードである。

「気にするな。お前は、一人でよくやったんだ」

 ラビリは、頭を上げながらも、ぎゅっと唇を噛んだ。

 泣くまいとしているように、イユには映る。泣きたくとも、ラビリには泣けないのだろう。自分が良かれとやったことが、『魔術師』に逆に利用されてしまった。そんな中、セーレはばらばらになり、クルトこそ奇跡的に助かったものの、生きているのかさえ分からない者たちが大勢いる。そこで、ラビリだけが素直に涙を流して、「自分はよくやった」と自分自身を褒められるような人間であるとは、とても思えない。彼女は、良くも悪くも、自分のなすべきことを貫くために動く人間だと、風切り峡谷の付き合いで、知っている。

「それで、問題の暗示ですが、フェンドリックは約束を守ったようですね」

 空気を敢えて読まずにか、ワイズが横から話に割り込んだ。

「そう、それは良かった」

 ワイズの確認を受けて、ラビリが返す。どこかワイズに対してぎこちないものの、相手を『魔術師』と知っているのであれば、妥当な反応かもしれない。

 ラビリの視線が、「信用していいの?」というように、レパードに向く。

 レパードは小さく頷いた。そこでようやく、ラビリがほっとした顔をする。

 イユたちも揃って小さく安堵の息をついた。この時、ワイズは嘘をつかないだろうという気持ちになっていた。

「姉さんは、これからどうするの?ずっと一緒にいられる感じ?」

 同じく、気の休まった顔をしたクルトが、今後のラビリの同行について確認する。

 その顔が、次のラビリの言葉に凍りついた。

「それなんだけど……、私はもう少ししたら、フェンドリック様について風切り峡谷に戻ろうと思うの」

 

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