その462 『目的地までの足』
ラビリが来る前に、イユは先ほど挙がった目的地について話を持ち出した。ラビリにはフランドリックから話をするということだから、今いる仲間たちにも同じ話は共有しておきたい。
「フランドリックが、セーレの皆がいるかもしれない場所について教えてくれたの。有力な情報よ」
イユは、克望が、シェパングの彼の自邸に、セーレの皆を捕らえているかもしれないという話をする。
「そうなると……」
ラダの言葉に、レパードは頷いた。
「あぁ、明鏡園だそうだ」
イユは先ほどまでフェンドリックとした会話を思い起こした。
「それはどこにあるんだ?」
レパードの質問に、フェンドリックは答える。
「明鏡園だ。君たちが追いかけている克望という人物の故郷だが、観光地としても名高い。知らない者はいないだろう」
レパードは、ちらっとイユに視線をやった。意味を理解して、イユは頬を膨らませたくなる。きっと、ここで知らないのはイユだけなのだ。
「そうか、何事も例外はいる者だ」
イユたちのやり取りに気がついたらしく、フェンドリックは持ち歩いていたらしい、ペンと紙を取り出した。さらさらと地図を描いていく。
妙な親切を発揮されて、イユとしては複雑だ。
「ここだよ。シェパングの南側に位置するから、シェイレスタからなら、そう掛からないだろうね」
シェパングは、シェイレスタと比べると遥かに大きな大陸のようだ。だが、明鏡園はその大陸のなかで最もシェイレスタに近い南側にあった。思いのほか、近くにあるものだ。
レパードが「ふむ」と唸った。
「後は足か。検閲に掛からずにすむルートも必要だが」
その言葉に、クルトが困った顔を向ける。
「どっちも難易度高いよ。飛行船の当て、今のところないんでしょ?」
ミスタが借りてきたボロボロの飛行船は、砂漠の藻屑と化している。ラダが乗ってきた飛行船は、マゾンダまで運ぶのが目的だったので、今からシェパングまで戻してくれという依頼は来ないだろう。他を探すしかない。
「レンドが戻ってきていないが、さすがにそう都合よく持ってきてくれるわけでもないか」
レパードの言葉に、クルトが思いっきり首を横に振った。
「いやいや、レンドに何期待しているの。飛行船が、そうそう簡単に手に入る状況でもないんだし」
だからここで、イユは提案したのだ。
「フェンドリックに借りるとか?」
フェンドリックは、やれやれという顔を向けた。
「悪いが、君たちに飛行船を貸すわけにはいかない。それよりは、買ってしまえばよいと思うのだが……」
言い出したのはフェンドリックが先だ。断じて、イユではない。
「いやいやいや、そんな大金持ってないよ。それこそ、機械人クラスのものを発掘でもしないと」
クルトの言葉の後で、イユは提案したわけだ。
「お金を出してくれるならいいのよ」
大変不本意なことに、フェンドリックには、割とすんなりと断られてしまった。
「すまないが、ここに、そのような大金は持ってきてはいないよ。ジェシカにも無理は言わないでくれたまえ。ジェシカ一人が生涯贅沢に暮らすお金は確かにここにあるだろうが、君たちが思っているよりフェンドリック家は金持ちではないからね」
それよりは……と、何か言いたげなフェンドリックの視線に、ワイズは素知らぬ顔をしている。
「まぁ、そういうわけで目的地は分かったんだが、そこまでの足とルートが問題だ」
レッサたちへの話が一通り終わる。
ちなみに、ルートについてもフェンドリックに確認したが、シェパングのことには疎いようでよく知らないのだという。意外と役立たず、という印象は、フェンドリックがセーレに抱いているものと同じだと言い返されてしまった。
「まぁ、シェパング行きの飛行船が止まっているのなら、借りるか買うしかないという話には賛成だ」
ラダが思案する顔をしている。
「ワイズは駄目なの?」
イユの言葉に、やれやれとワイズが首を横に振った。
「だからどれだけ乞食根性があるのですか。『魔術師』が大きなお金を動かすと目立ちますから、現実的ではありませんよ」
ワイズの話では、『魔術師』の動向は日頃からよく観察されるものらしい。『魔術師』同士が、相手を振り落とすために調べている場合もあるし、商人たちが商機を知るべく目を凝らしている場合もあるのだという。
「『魔術師』の動向は、そのまま世の中の流れになるんです。皆、先行きを知りたいわけなんですよ。だから、余計な動きは見せたくありません」
「カラレスのときは、出してくれそうだったじゃない」
鉱山の話を持ち出すと、首を横に振られた。
「買うと借りるでは金額が桁違いです。あんな大金が動けば、隠し通せません」
なるほど、それは、用心深そうなフェンドリックが首を縦に振らないわけだ。国は跨いでくるくせにとも思ったが、だからこそのお忍びなのだろう。
しかし、人の動きはどうにかなっても、お金の動きはそうもいかないものらしい。お金は手段と聞いていたが、社会にも影響するとは知らなかった。
「それなら、借りられる相手を探せばいいってことね」
その言葉に、リュイスが同意する。
「そうですね、買うのは現実的ではないような気がします。売れそうな『古代遺物』があれば別なのでしょうが」
リュイスの言葉に、
「……それだ」
ぽつりと、レパードが呟いた。
「は?」
理解できていない誰かの疑問の声が発せられる。イユ自身だったかもしれない。
くるりと、レパードはワイズに向き直った。
「ワイズ、俺らが見つけた例のブツは、まだ放置してあるよな?」
ワイズは胡乱な顔を隠さない。
「一体どこにそんなブツがあるんですか。まぁ、あれのことだとは思いますし、悪い手ではありませんが」
だが、レパードの言いたいことは理解しているようである。
「何々、何の話してるの?」
置いてけぼりは勘弁だ。クルトがイユの心の内を代弁する。
レパードはそこで、あり得ない発言した。
「一攫千金できそうなブツを知っているんだよ。だが、掘り起こすのに人手がいなかったから、どうしようもできずにいただけでな」
イユの頭には疑問符が浮かんでいる。そんなものが、果たして今までにあっただろうか。
「あなたは、一緒に見ていますよ」
呆れたように、ワイズが視線を向けてきた。
「しかし、なるほど。それはいい案ですね。あれなら、お釣りがでるレベルです」
人手はあると、レパードは言った。今ここには、レパード、リュイス、イユに、ワイズ、クルト、レッサ、ラダ、そして、眠ったままのシェルがいる。それに、ミスタとレンドも、今ここにはいないが動いてくれている。気づけば、一時は三人しかいなかった一行も、いつの間にか十人に増えている。それでできるようになったことが、あるらしい。
「さっぱり、分からないわ」
むくれていると、ノック音がした。




