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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
458/993

その458 『身を隠しながら』

 足音を立てないように歩いて、そっと窓を開ける。普段開けていない窓は思いのほか固くなっていた。僅かな隙間から、ひんやりとした冷気が入る。窓を塞いでいるカーテンが、久しぶりに息を吸ったかのように震えた。

(元々、ここは客室だったっけ)

 だから、倉庫にしては部屋の造りが客室のそれと変わらないのだろう。カーテンをめくると、砂漠の都とは思えない木々と花畑、そして屋敷を囲う外壁が見えた。

 廊下は、刹那が走り回っている最中であろうから、他に出口を探そうとすると、外に出るよりない。倉庫にあったロープの先端を法陣で念入りに固定してから、窓の外へと垂らしていく。外というと、丸見えになるのではないかと不安が起きるが、大丈夫だという見込みだ。少なくとも同じ屋敷にいる刹那や克望には、よほど念入りに確認しない限り、ブライトが見ている外の光景と同じものしか見えないはずである。

(本当は空を自由に飛べる魔術があればいいんだけれどなぁ)

 ないものねだりはよろしくない。そんなことができたら、飛行石がいらなくなる。むしろ、飛行石が本当に倉庫に眠っていないか調べるのも手かもしれない。

 ちらちらともう一度倉庫を見回してから、そんな都合の良いものが転がっていないことを改めて実感する。

 ここは、腹を括るしかないようだ。ブライトはゆっくりと窓枠に跨ると、ロープを握った。そのまま、するすると下りていく。ひとまずの目的は、真下の階の部屋だ。

 ちなみに、母の部屋は今いる階の端にある。それなのに何故下りるかと言えば、勿論、刹那と克望に見つからないようにするためだ。姿を隠す魔術を使うとしても、扉を開閉しているところを見られたら意味がない。

 トントン……

 たどり着いた部屋で小さく窓を叩く。反応はない。ブライトが把握する限り、この部屋は客室だが、誰も使っていないはずだ。薄山吹色のカーテンは分厚いせいで、その部屋の様子が全く見えない。代わりに、窓の桟に積もった砂で、法陣を描いていく。窓には鍵が掛かっているのだから、仕方がない。

(あっ……)

 無念なことに、折角描いた法陣が風に飛ばされてしまった。砂は、やはり安定しない。

(仕方がないか)

 屋敷に落書きはしたくなかったが、そうも言ってはいられまい。腰の短杖を引き抜くと、その先端のチョークで法陣を描いていく。

 すぐに、鍵がカチャリと音を立てて開いた。開錠の魔術だ。原理は、盗賊がピッキングするのと変わらない。ただピッキングに使う道具が、魔術であるというだけだ。

(『魔術師』がクビになったら、盗賊としてやっていけそうだよねぇ)

 ピッキングもどきに姿を隠す魔術。自分ができる魔術を思い浮かべて、最悪露頭には迷わないなと実感する。盗賊暮らしが、果たして胸を張れる生活かどうかはこの際置いておく。

 窓をゆっくりと開けて、中に入り込む。入った部屋の中に、刹那が入り込んでいたらお手上げだったが、そうはならなかった。カーテンの向こう側にあったのは、人気のない暗い部屋だ。大きなベッドに、ドレッサー、シャンデリア。自分の屋敷ながら豪奢なものが揃っている。そのどれもに、薄っすらと埃が積もっている気がした。客がやってきたときは、四階のもっと見晴らしの良い場所を使わせる。そこが埋まれば、次は三階だ。この階まで客が入ることはまずないから、放置されていても納得だ。三階ですら埃が積もっていたのだから、ある意味当然の結果である。

 数の少ない掃除係に、がみがみと文句を言ってもいいが、部屋中の窓を開けるだけで半日が過ぎるレベルの屋敷の広さなので、それは酷というものだろう。

 最も、普段屋敷を空けているブライトに、殆ど寝室に籠っている母の二人だけが監督側なので、手を抜き放題であるのも事実だ。そこをちゃんと見てくれていたのがセラでもあったのだが……、そこまで考えて首を横に振った。どのみち、そんな生活はもう戻ってこない。数少ない掃除係が露頭に迷わないように、一応、次の雇い先は確保してある。生活環境は変わるだろうが、それで納得してもらおう。

 部屋の出入り口の近くにあった机へと近づいて、ブライトは杖で法陣を描き始める。開けた途端、刹那と鉢合わせする可能性もある。念には念を入れて、幾つかの法陣を完成させておく。

「これでよし、と」

 小さく呟いて、自分の頬を何回かパンパンと叩いた。気合の入れ直しだ。

 まずは扉に耳を近づけて、周囲の音を探る。嘘みたいに静かで、何の音も聞こえてこない。ドアノブをゆっくりと回した。反応はない。気配を頑張って探ってみるも、何も感じない。最も、刹那ならば息を殺すぐらい動作もないし、ブライトはそうした気配を敏感に察知できるような『龍族』でもないから、当てにはならない。

 ええい、ままよ。と言わんばかりの勢いで、ブライトは扉を開け放った。すぐに廊下の様子を確認する。

 誰もいない。右にも左にも、真上まで確認したが、刹那も克望も他の式神も、全く見つからない。まだ、上の階にいるのかもしれない。

 廊下から射し込む光を確認して、ブライトは作ってあった法陣をすぐさま起動させた。姿を隠す魔術だ。以前にもセーレの中で使ったことがある。

 扉を閉めて、ゆっくりと歩き出す。幸い、母の部屋の近くに階段がある。ブライトはこの階にいる間に、部屋までの距離を確実に縮められる。

 だが、一歩、一歩進む足は自然と慎重になる。足音ですぐに場所が特定されそうだからだ。

(敵に回ると、本当に厄介だよねぇ)

 改めて、刹那と克望のことを思い浮かべる。シェパングは『異能者』でも、自国に役立つならば重用する。その最たる例である。一方で、シェイレスタはどうであろう。隔離するだけならともかく、折角の能力を他国に売り払っている。特別区域のなかに収まりきらないからだ。イクシウスのような大規模な異能者施設を作ることがシェイレスタにはできない。周囲が砂漠だから、天然の牢を作ること自体はできる。しかし、そこまでの生活物資を運ぶ手段がない。砂漠では、植物は育たないし、水も手に入らない。水の魔法石が手に入る場所は限られている。未開拓の山脈はあるが、ありすぎるがゆえに、シェイレスタは把握しきれていない。把握しているものは既に各『魔術師』たちが個別に管理し、ギルドに発掘させてしまっている。魔法石を発掘させることができたら、それでイクシウスのように自給自足の体制を築くことはできるかもしれないが、既に遅すぎたのだろう。シェイレスタはもっと早くから動くべきだった。若しくは、今からでも本腰を上げて、鉱山を管理していくべきだ。

(それができたら、エドが苦労していないかな)

 エドも当然動いている。要所となる鉱山に、『魔術師』を派遣させることを考えたのはエドだ。だが、それだけでも大反対にあった。国有化する前に『魔術師』個人に所有させてしまったのが原因だ。反発した彼らは、官吏として派遣した『魔術師』に一族の落ちこぼれを推薦した。エドが激昂してその『魔術師』たちをクビにできたらよかったが、それでは独裁政治になってしまう。エドの理想は、そういうところにはない。

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