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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
455/993

その455 『不意打ち』

(これから、どうしたものかなぁ)

 素直にお縄につくのが正しい在り方なのだが、最後に行きたいところがないかと言われたら嘘になる。

 扉を閉まる音を背後に聞いて、ブライトは悩みながらも廊下を歩き出した。とりあえず、今生の別れをしてきたはずの自分の部屋に向かっている。

 シャンデリアの明かりに灯された、ブライトの長い影が、迷うようにくるりと回った。

(ワイズに会いに行くのはさすがに無理かなぁ)

 ワイズが今どこにいるかも分からない。時間を考えれば、ブライトの頼み事は終わっている頃合いだ。そうなると、マゾンダで官吏をしているのだろうが、そう信じてよいかは、判断しきれない。そうなると、いまから居場所を探して会いに行くことは残念なことに不可能だろう。

(念のため情報収集はしておきたいなぁ。お尋ね者になると世間に疎くなって仕方ないや。今、気になる動向は……)

 そんな余計なことを考えていたから、気付くのに完全に遅れた。


 廊下の曲がり角で、ブライトの耳に入ったのは、風切り音だった。

「何?」

 言葉に出す余裕があるなら、動くべきだった。ぺたっとした何かを身体に当てられた途端、足の力が抜けた。

 一瞬遠のいた意識は、次の瞬間、廊下にぶつかった衝撃で引き戻る。激しい音がして、頭がぐわんぐわんと鳴った。これは、最悪の倒れかただ。

 それでも、ブライトの身体は反応した。襲ってきた敵を見極めようと、くるりと身体を捻った。

 ぼやけた視界に、白銀の髪が映る。

「克望?なんでここに」

 目の前にいたのは、白装束の刹那だ。だからこそ、裏にいるのが克望だと分かってしまった。

 同時に、嵌められたとも気がつく。

「憐れ哉。貴様は人に恵まれない」

 当てられた札には法陣が描かれていたのだろう。恐らくは、眠りの。

「何故我がここにいるか疑問か。全ては仕組まれていたからと言えよう。貴様は、生かすには危険すぎる」

 それは、宣告だった。床に倒れたブライトでは、もう何もできないと見据えての。

「酷いなぁ。折角、式神くれた仲なのに」

 ブライトはそんな克望に文句を言った。その声は、我ながらのんびりしていて、危機感の欠片もない。

「ねぇ、こういう場合どうなるのかなぁ」

 視界の端に伸びる影に視線をやる。

「どう、とは?」

 律儀に聞き返してくるのは、如何にも真面目な克望らしい。ブライトの言葉の意味を汲み取ろうと、視線をブライトから外さない。


「ここで使っちゃっても、弁償ってしてくれるのかなって」


 次の瞬間、床に崩れていたはずのブライトの姿が、掻き消えた。文字通り、忽然と消えたのだ。

 代わりに、白くて薄い小さな紙が、ブライトがいた場所に、はらりと落ちる。克望ならばすぐに察することができた。()()()()()のだと。


「克望!」

 危険にいち早く気づいた刹那が、克望のもとへと駆けつける。そして、今まさに克望に襲いかかろうとしていた氷の刃を、そのナイフで斬り伏せた。

 だが、氷の刃は一つではない。続けてやってきたそれに、刹那はくるりと身体を反転させる。ナイフを引き寄せて、今まさに刹那の身体に衝突しそうな氷の刃に叩きつけた。

「刹那」

 ブライトが廊下を走る音を聞きながら、ぴくりとも動かなかった克望が、その名を呼んだ。自分に迫る氷の刃を払った感謝の声ではない。その声は、あまりに淡々としていて、冷たい怒りすら孕んでいるようだった。

「追え」

 刹那もまた、了承したというようにこくりと頷くと、音の方へ走り出す。




(いやいやいやいや、あり得ないって!)

 廊下を走りながら、ブライトは心の中で叫んだ。この時点で、ブライトは詰んでいた。何せ、苦労して手に入れたはずの式神を使ってしまったのだ。

 あれは、処刑される自分の身代わりに使うつもりだった。式神は姿の再現度は完璧というほかないが、倒されると紙に戻ってしまう。だから、あらかじめ魔術を仕込んでおいて、最後は幻影との合わせ技でいくつもりだった。とりあえず死んだことになってくれれば、後はエドがどうにかしてくれる。そのための演出に必要不可欠だったのだ。

 ここで大前提となるのは、式神を知っている人間はシェイレスタにはまずいないということである。というよりも、シェパングどころか世界中を探しても、式神を操れる人間は克望以外にはいない。それは特異な魔術というわけではなく――、

「追いついた」

 刹那の淡々とした声に、ぎょっとした。

 きらりと何かが光った気がして、ブライトは手持ちの杖を抜き取る。

 間一髪、刹那のナイフと杖がぶつかり合った。

(知っていたけれど、速すぎるでしょ!)

 心の中で悲鳴を上げている場合ではない。刹那が相手では、分が悪すぎる。

分かれよ(ディスパーション)!」

 悲鳴のように呪文を唱えて、前に倒れるように屈みこむ。

 戦の素人すぎて、動きが予想外だったのだろう。刹那がたたらを踏むように前へ出た。

 ブライトのすぐ上を、刹那の、握られたままのナイフが、すり抜けていく。

 ぞわっとする感覚を肌に味わいながら、杖を伸ばした。ブライトの狙いは、廊下にある。ここは、アイリオール家の屋敷なのだ。誰かに襲われたときのための備えとして、法陣は至るところに刻んである。

 例えば、シャンデリアの明かりを照らす廊下にも、それはあった。

 計算され尽くしたシャンデリアの影は、杖さえ伸ばせば簡単に法陣が出来上がる仕組みだ。

(発動して!)

 光る法陣が視界に入った途端、背中に衝撃が走る。

「ぐえっ?!」

 貴族としては少しはしたない悲鳴を上げたのは、許してほしい。背中に刹那の肘鉄を喰らわされて廊下に叩きつけられたら、誰でも蛙の潰れるような音ぐらい出す、はずだ。

 とはいえ、情けないブライトの声は、幸いにも風の音にかき消された。

「つっ!」

 刹那が法陣から発せられた風の力に飛ばされる。軽い分、よく飛んだのだろう。肘の重みが背中から消えた。

 だが、恐らく大した衝撃は受けていない。悲しいことに、アイリオール家の法陣はどれも簡易なものばかりで強力な魔術が放てない。使う相手がブライトではなく、今までのアイリオール家の一族なのだから、なるべく大勢が使えるようなものでしかないわけだ。

 だからこそ、おちおち廊下とキスしている場合もでもない。慌てて立ち上がったブライトは、刹那の様子も確認せず走り出した。勿論、最後にもう一発。魔術を放つことは忘れていない。初めに法陣を分けておいた分である。

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