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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
452/993

その452 『冷たい声』

「ただいま帰りました、お母様」

 自分の部屋のように懐かしんでその部屋を眺める。というような、心の余裕はなかった。いたずらをした子供のように、心臓がどきどき鳴っている。

 いやいや、とブライトは心のなかで首を横に振った。ここまで、中々の強行スケジュールだった。だから、このどきどきは恐れではなく、冒険後の高揚に違いない。

 返事がないのを良いことに、ブライトはこれまでの出来事を振り返ろうとした。

 とはいえ、ことの始まりは、どこに置くべきだろう。

 イニシアで、レイドワース家の領主と面会したところからか。猫を被るのが我ながら上手くなったと自慢したいものだ。

 それとも、彼ら――、セーレの面々に出会ってからだろうか。あれだけの偶然が舞い降りてきたのは、さすがに神様の存在を信じたくなるところだ。尤も、神様がプレゼントをくれるほど、よい行いをしてきたかは、別問題である。

 やはり、始まりはエドから命令が下ってからだろう。記憶を読まれたらいけないから、国王命令で出ているのはあくまで、『ダンタリオンを閲覧し、その知識を国事に生かせ。今後懸念される戦争の種を摘み取れ。その際、手段は問わない』というものだ。それも、エドから直接ではなく人を経由させている。だが、あれにより、ブライトは大罪人になった。

 のんびりスタート地点を思い返していると、書き物をする音が聞こえた。ブライトからは、その詳細は伺えない。ブライトの目には、暗すぎるのだ。

 はっきりと分かるのは、ブライトが挨拶と同時に膝を折って礼をしたその先に寝台があって、そこには母が横になっているということだ。寝台には、分厚い天幕が何重にも掛けられていて、光が全く入ってこない。だから、ブライトは呑気に余所事を考えているわけだ。

 どちらにせよ、母が姿を見せないと言ったら、ブライトは見てはいけない。それが、我が家の約束ごとだ。

 ちなみに、敬語を使うのも約束ごとの一つだった。ブライトはもう子供ではないので、家族間で敬語を使う必要はない。だが、まだ子供だと思いたいのか、親しいと思うなと釘を打たれているのか、いまだに私語は厳禁である。

 ふいに、ひらりと一枚の紙が、寝台から舞い落ちた。

 そこには、一言。こう書いてある。

「遅い」

「申し訳ございません」

 すかさず、ブライトは謝罪した。門限はとうの昔に破っている。そういう場合はとりあえず謝っておくのがブライト流だ。

 書き物をする音が暫く続く。法陣を描いているかと思ったが、音の感じからして単語だろう。

 暫くして、それが渡される。

「愚か者」

 困った。なじるように書かれたそこに、既に怒りが垣間見える。

「申し訳ございません」

 同じ言葉をブライトは繰り返した。書き物でやり取りしているのは、ブライトと口も聞きたくないという母の頑固とした意思ではなく、そうせざるを得ないからだ。ブライトの母、ベルガモットは失語症を患っているのである。

 きっかけは、ブライトの父が他界したことにある。なんということもない、病死だった。

 だが、ただ亡くなったのではなく、大きな波紋を残して死んでいった。

 父は、なんと、召し使いの女との間に息子を授かっていたのである。

 普段から仏頂面で何を考えているか分からない人だったが、あれはブライトにも衝撃だった。母が、そんな父を愛していたこともよく知っていたから、幼いながらに、とんでもない裏切りだと感じていた。

 同時に、どこかで読んだ血生臭い貴族ファンタジーのようだと、他人事のように思っている自分もいた。

 しかし、他人事ですまなかったことがある。当時の母の発狂ぶりだ。それはまるで、天地を割るがの如きだった。

 以前から、母はブライトが女であることに何度も幻滅するような発言はしていた。息子が生まれてほしいと、常々語っていたものだ。

 だが、実際にアイリオール家の跡を継ぐのが自分の子供ではないかもしれないと気付いてしまったのである。

 というのも、当時のシェイレスタは男尊女卑社会だ。いくらブライトの母が、高貴な『魔術師』の血を引いていようと関係ない。跡取りは男がとるものだという考えが、国の興りと同時に受け継がれている。

 このままでは、召し使いに家を追いだされるかもしれない。

 そんな考えから、怒り狂った母は、文字通り何でも行った。あのとき受けた痛みは、今もブライトの心に杭となって刺さっている。

 やがて、いろいろな手を打った結果、母は嘘のように大人しくなり、そして言葉を失くした。

 何年も経ったが、全く良くならなかった。医者に診せても変わらず、苦手な治癒魔術に挑戦してもダメだった。本当はこういうときこそ、弟を頼りたかったが、母が頑固拒否することは目に見えていた。それに、いくら心優しい弟でも、自分の命を奪おうとした姉とその母の願いなど、聞き入れるはずもないだろう。

 だから、母は言葉を失ったままだ。それがある意味で罰なのかもしれない。あのとき母が画策した数々は、悪名高い『アイリオールの魔女』として、ブライトの名で引き継がれているのだから。


「報告を」

 と書かれた紙が落下し、ブライトは大人しく報告し出した。どのみち、反抗は考えられない。

 だが、問題はその内容だ。既に怒り心頭なところに、この話をぶつけるわけなので、ブライトは母の血管が破裂しやしないかと不安になった。ここは、母のためを思って、なるべく火に油を注がないように語るしかない。


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