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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
451/993

その451 『見納め』

「ただいま、セラ」

 しんとした部屋が、ブライトを出迎える。埃の積もった、暗い部屋だ。『魔術師』の部屋にしては、造りが狭いという認識がある。尤も物がごった返しているせいもあるだろう。

 それでも、感覚だけで歩いて、明かりをいれる。自分の部屋だから、久しぶりでも、ばっちり分かった。すぐに、ぼっと灯った明かりが、瞬く。

「なんて、いるわけないんだよね」

 セラとは、イニシアで別れた。彼女はブライトの望みを聞いて、その通り動いた。ブライトが追っ手から逃げ切れたということは、彼女は上手くやったのだ。本当は誉めてやりたいところだったが、この世にいなくてはお礼も言えまい。

 羽織っていた黒いローブを脱ぐ。いつもならセラがすぐに駆けつけて、上着を外して掛けてくれたものだ。懐かしいなと、振り返った。

 暖かかったはずの自分の部屋。本棚には苦労して手に入れた魔術書が並び、レストリア儀が、広々とした机に置かれている。棚には、怪しげな薬も置いてあるが、それは『魔術師』の仕事道具だ。中には縫いぐるみも混じっているが、すこしぐらいお茶目な方があざとくてよいだろうという判断である。

 これらはブライトがいくら散らかしても、いつも朝にはもとの並びに戻っている。セラはしっかり者だった。ずぼらなブライトには、必要な存在だ。

「今までありがとね」

 一通り見回してから、お礼を言う。

 ブライトは今では世界的に有名な指名手配犯だ。勿論、こっそり忍んで戻ってきたものの、逃亡中の犯人が自宅に帰るというのは、弟に「救いようもない馬鹿ですね」と言われる第一号案件である。いうまでもなく、目をつけられているだろうからだ。

(それが大丈夫だったのは、エドの配慮かなぁ)

 今回の滅茶苦茶な作戦は、殆どがブライトの提案とはいえ、エドと立てたものである。だから、せめてもの手向けに、エドが頑張ってくれたのだろう。そうでないと、ブライトは自国に戻った瞬間、捕まっていたかもしれない。

(まぁ、大丈夫だという見立てはあったんだけど)

 エドには人望がある。ブライトにはないものだ。だから、後はブライトではなくエドが引き継げばいい。そんなことをいったら、エドには滅茶苦茶怒られた。それでも、最後には了承してくれたから、エドは良いやつだ。そんなエドになら、弟を託せる。

(よろしくね、エド。ワイズと、仲良くね)

 そんな思いを込めて魔術を飛ばすと、ブライトは改めて部屋を見回した。机の横に置いてあった黒板に目を止める。チョークで、紋様が描かれている。

(カルタータの紋様かぁ)

 結局、セーレの面々はこの紋様を身につけていなかったなぁなどと、思い起こす。舵のような円形とその舵に重なるように二対の羽が描かれている。舵の中央にある丸い何かが、『大いなる力』を指しているのだと思うが、実際はどうなのか、予想もつかない。

(サロウは、本当は何を見つける気なのだろうね?)

 最後まで、サロウの目的は読めなかった。サロウは、ブライトよりもよく研究していて、カルタータについては誰よりも詳しい。そんなサロウが、魔術書の持ち出しを認めたということは、あの魔術書にサロウの狙いのものはかかれていないのだろう。そう思うが、その先は分からなかった。

 不思議なやつだ。ブライトには言われたくないだろうが、はっきりとそう思う。意地っ張りで頑固な面は、娘にも引き継がれているらしい。外見は似ていないが、あれだけ内面が似ていると、ブライトでなくとも親子と分かるだろう。

(弱みになんてつけこまないんだから、仲良くすればよいのに)

 そう思ったが、決めたのはサロウだ。尤も、ブライトのやり方もよくはなかったのだろう。とはいえ、もう過ぎたことである。どうにもならない。

(まぁ、サロウとはそんなに長くないから、あんまり事情も分からないしなぁ)

 下手に口出しするからよくないのだ。そう結論付けて、黒板に描かれている紋様を消した。

(サロウもそうだけど、貰った式神があるっけ)

 ブライトの思考は、克望へと向く。

 克望とは、言うならばカルタータ研究会の初期メンバー仲間だ。研究会と大きなことを言ったが、初期メンバーはブライトと克望の二人。あとで、サロウが詳しいときいて、克望経由でメンバー入りをさせた次第である。つまり、たった三人の、しかも国を跨いだ仲間なのである。

 国が跨がった理由は、ひどく簡単だ。三人ともが国内中の資料を読み尽くしてしまい、他国に手を伸ばしたかった、というだけである。だが、カルタータを求めた理由は、三人とも違うだろう。

 ブライトが、カルタータに目を付けたのは、危機感からだった。

 サロウは、決して明かそうとしないが、何か目的があるらしい。『大いなる力』目当てであろうが、それが危険なものかはブライトには判断しきれない。

 そして、克望は、どちらかというと、ブライト狙いだ。

 克望は、シェイレスタの動向を探ろうとしている。だから、ブライトが手を付けだしたカルタータについて、同じように研究しだした。ブライトはその動向を読んでいたから、敢えて克望に声を掛けた。理由は先ほど述べた通り、他国の資料が読みたかったからだ。

 驚いただろうなと今でも想像して笑ってしまう。ブライトの動きを躍起になって調べていた本人が、いきなりブライトに手紙を送りつけられるのだ。しかも、自分のやっていることへの警告かと思いきや、一緒に研究しようとの誘いである。心臓に毛の生えた男だから乗ってきたが、そうでなければ飛び上がって手紙を燃やすかもしれない。

(これを、どう使うんだっけ?)

 貰った白い紙を取り出して、じっと眺める。間違いなく、克望の力が込められている。それが約束通りの式神になるらしい。刹那を思い浮かべて、ため息をついた。人そっくりの生き物を作れる辺り、常人ではない。

(とりあえず、しまっておこうかな)

 これが必要になるのは、もう少し先だ。あとで本物かどうかも検証しておく必要がある。何せ、これはブライトの身代わりなのだ。嘘でした、などと克望にお茶目にいわれては、ブライトの首が文字通り吹き飛ぶ。

「お母様にも、顔を出しておかないとね」

 気乗りしないなどとは、言ってはいけない。悪い報告ほど早く、そして、明るく的確に伝えるべきだ。

 最後にもう一度部屋を見渡すと、ブライトはそっと扉を閉じた。懐かしの自分の部屋とは、これで今生のお別れ、見納めだ。ブライトにはもう、あまり自由は残されていない。

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