その450 『繋がって』
ただ、その推測だと分からないことがある。欠けたピースが埋まっていない。
「式神って、なんなの?」
イユの疑問に、フェンドリックは片眉を上げた。
「それは、なんだい?シェパングの言葉のようだが」
レパードが、ふぅっとため息をついた。
「克望が使っている魔術だろう。人と変わらない人形を作って、俺たちの船に紛れ込ませていた」
刹那へのショックは和らいだのか、以前刹那の話を持ち出したときと比べると、レパードはすらすら答えている。
「ほぅ。そうなると、君たちはもっと前から狙われていたのかもしれないね」
「そうなるだろうな」
フェンドリックの言葉に、レパードが頷く。
イユは「どういうこと?」と聞いていた。
「言葉の通りだ。刹那も、いや、お前の前にいたリアも、『魔術師』の息が掛かっていた。察するに、俺らは結構前から『魔術師』たちに目をつけられていたんだ。偶然、その機会を掴んだのが、克望だったんだろう」
つまり、克望は僅かな可能性にすがってそうしたのではなく、前から画策してそうしたということになる。
どうして、そこまでセーレを狙うのか。今さらながら、レパードがセーレにいない方が安全だと言っていた意味が明らかになってくる。
「そんなに、カルタータの『大いなる力』というのが魅力的なのでしょうか」
リュイスの疑問に、ワイズが首を横に振った。
「姉さんがカルタータを調べていると噂されるだけで、一部の『魔術師』は躍起になって調べそうですが」
「前から思っていたんだが、お前たちの中のブライトは一体なんなんだ」
と、レパードが呆れた顔を崩さない。アイドルじゃあるまいに、いくらなんでも一人の少女の行動でカルタータ流行など生まれてたまるものか。と、言わんばかりの顔である。
気持ちは、よくわかる。
「君たちも、見たのではないか?文字通りの天才だよ」
フェンドリックがその疑問に答えた。
「普通なら数年かけて一つ覚えるのがやっとの魔術を、魔術書を一回読んだだけでほぼほぼ習得してみせる。できないのは、治癒魔術だけだと聞いているからね」
自称でしか聞いたことがなかったから、他の『魔術師』から天才と聞いて、本当だったのだなと妙な実感があった。勿論、イユもブライトは規格外な『魔術師』であることは分かっていた。だが、だからといって、雲の上の存在でなかったのもまた事実だ。
「さすがに尾ひれがついている部分もありますが、まぁ、そういう『魔術師』だと思われているからこそ、他国は警戒するでしょうね」
ワイズはどこか遠い目をしている。実物があの性格では苦労がうかがえると、レパードもどこか察した顔だ。
「他人事のように言うが、私から見たら君も中々だよ。杖を振ることで空気の乱れを法陣に見立てて魔術を発動、とは聞いたことのない芸当だ。機会があればぜひ、実物を見てみたいところだね」
イユは思わずワイズを見た。『魔術師』には法陣が不可欠だ。しかし、ワイズは杖を振るだけで、実際には法陣を描かない。その理由を、イユは深く考えていなかった。ブライトが突拍子なさすぎたせいで、杖の先端に法陣が描かれているのだろうとか、振るだけで使える魔術もあったのだなとか、その程度の認識でいた。他の『魔術師』から実際に聞いて、そうではなかったことを知る。この姉弟は、『魔術師』社会のなかでも常識はずれなのだ。
「それこそ買い被りですね。治癒しか使えませんから」
「他の魔術は今後の勉学次第だろう?君の年齢にこれ以上のことを求めたら、ジェシカが泣いてしまうよ」
話に引き出されたここにはいないジェシカを想像して、少しだけ同情した。周りが天才だと自分の非凡さが目立って仕方がないだろう。
「まぁ、そうですね」
フェンドリックは、ここで話が脱線していることに気付いたようだ。
「だがまぁ、カルタータが魅力的と言われるのは、『深淵』から聞こえる『龍』の声のせいだろうね」
と、答えた。
「君たちも見たことはあると思うが、『深淵』は近頃、急激にその数を増やしている。世界の災厄の始まりだとか、とにかく不吉なものとされていてね。イウシウスでも、国を挙げて解決に取りかかろうとしている」
そこで、『龍』に関わりがあるといわれるカルタータの出番なのだ。イユはようやく腑に落ちる。つまり、話は『深淵』から全て繋がっていたわけなのだ。『深淵』から『龍』の声が聞こえるから、『魔術師』は理由を解明しようとして、同じ『龍』と関わりのあるカルタータを調べようとした。その結果、セーレに目をつけて、彼らは彼らなりのやり方で、セーレを捕えようとした。その一つが、リアや刹那といった彼らの密偵を紛れ込ませることだ。セーレも以前までは仮だったとはいえ一ギルドであり、ましてやそれなりの規模の飛行船なのだから、その気になれば忍び込ませることはできたのだろう。裏に、強い者の味方を自称するマドンナが関わっていたこともあるかもしれない。
そこまで考えて、はっきりと思った。砂漠でやはり、あの『深淵』に物でも投げつけておけば良かった。イユの腹の虫が、多少は収まってくれたことだろう。
同時に、ブライトはそこに便乗する形を取ったのだろうなと気づかされる。ブライトは周囲の『魔術師』よりも、カルタータに明るかった。だから、セーレでは欲しい情報を得られないことは知っていた。だが、自分の目的のために、利用した。もし、交渉相手が克望だったら、そのままセーレを引き渡したかもしれない。だが、今回の交渉相手は、サロウだった。だから、リュイスを攫った。ついでに、娘であるイユもお土産とばかりに差し出されたわけだ。全く気に入らない話である。
「『深淵』が何かは、俺らにもさっぱり分からない。はた迷惑もいいところだ」
「まぁ、君たちの様子を見るに、そうだろうね。思ったより、君たちは事情を把握していないようだ」
レパードの言葉に、フェンドリックが小馬鹿にするように言った。
小馬鹿の対象に、自分も入っているように思ったのだろう。ワイズが少し不愉快そうな顔をしている。
「サロウの目的は不明と言いましたが、今の話を聞くに、カルタータは『深淵』に関わっていると思われているようではないですか。『大いなる力』が『深淵』と関わっていて、サロウは『深淵』について解き明かそうとしているだけとは思わないわけですか」
きっとこれは、フェンドリックが敢えて避けていた話題だ。目的が分からないがサロウは危険なことをしようとしていると説明した方が、フェンドリックには立派な建前が出来上がる。しかし、サロウが『深淵』という不気味な正体の謎を解き明かそうと奮闘しているのだとしたら、この場合、世界の敵はフェンドリックだ。
「否定はしないよ。だが、あの男のやり方が貴族社会に影響を及ぼしているのも事実だ」
「つまり、それっぽいことを言って、『魔術師』同士のいざこざに巻き込みたいだけなんだろう」
フェンドリックの言葉に、レパードははっきりと言い切った。
なるほど、イユにも、フェンドリックの思考が読めた。要するにこの男は、レパードの言うように、貴族同士の争いに、イユたちを使うつもりなのだろう。ハインベルタ家を貶めたいとも思っているかもしれない。
(まぁ、私には関係のないことだわ)
イユは、ハインベルタ家の人間ではない。自覚のない『魔術師』の家のことなど、フェンドリックがどうしようが知ったことではない。どちらかというと、無関係な貴族の争いに巻き込まれること自体が面倒だ。だが、今は使えるものは何でも使いたい。
「構わないわ。腹立たしいけれど、あなたが私たちを支援してくれるっていうなら、それがどんな理由であれ」
イユの言い方に、心配そうな視線を向けるのはレパードだ。
「いいのか?ハインベルタっていうのは……」
イユは頷いた。
「フェンドリックが潰したいのは、私を殺そうとした人間のいる家でしょう?知ったことじゃないわね」
「それは良かった」
フェンドリックがにこやかに言った。
「君が反対したら、いろいろと事情が変わってくるところだったのでね」
そうでしょうね、とイユは心の中で呟く。こいつは、徹底した『魔術師』なのだ。言葉巧みにイユたちを誘導し、自分の狙い通りの行動をさせようとする。だったら、利用してやるだけだ。今更、『魔術師』と関わるのは怖いなどとは言っていられない。
それにしても、この男の性格が見えてきたからこそ、分かってくるものがある。察するに、ジェシカに声を掛けているのも、目的があるのだろう。ジェシカに会いに行っていることがばれたら、確かにイクシウスの貴族としては、断罪される危険があるだろう。しかし、イクシウスの中ではなく、世界という枠組みで事を考えるならば、ジェシカからシェイレスタの情報を直に得られるのは大きい。ジェシカを通して裏で糸を引くことができるのだから、下手をするとイクシウスよりシェイレスタでこそ大きな力を奮うことができる可能性もある。
きっと、この男は、打算の塊だ。そのうえ、見返りに対して、危険な綱もわたることができる胆力を兼ね備えている。
イユたちの視線に気が付いたのかどうか、フェンドリックは不敵な笑みを浮かべている。その目はどこか挑戦的だ。
「なるほど。君たちは無知かもしれないが、愚かではなく同時に貪欲のようだ」
ワイズが冷ややかに返した。
「それは褒め言葉として、受け取っておきますよ」
「褒めているとも。下手な貴族たちとやり合うより、ずっと為になりそうだ」
驚いたことに、フェンドリックは、イユたちを見て、どこか楽しんでいる様子である。イユたちの何かが、フェンドリックの琴線に触れたらしい。
本題を告げるためにか、フェンドリックはそっと手を組み直した。
「君たちの話を聞く限り、君たちがまずすべきなのは、克望をどうにかすることだろう」
そう、まとめる。
「問題は、克望がどこに俺らの仲間をかくまっているかだが」
腕を組むレパードに、邪魔になった前髪を払いのけてフェンドリックは言った。
「十中八九、シェパングだろうね。何十人も隠せるというと、彼の自邸が怪しいのではないかね?」
それはイユたちもそう考えていた。
「ところがどうして、目撃証言だと克望は、一旦シェイレスタに向かったようだが」
レパードが仔細に語る。目撃証言だけではない。セーレが燃えていたときのことも、リュイスに聞かせる意味も含めて、念入りに話す。得られる情報は、たとえ悪魔からでも欲しいという思いがそこに込められているかのようだった。
語り終わったレパードは、半ば試すようにフェンドリックを見やった。
「な?どこに行ったと思う?」
「ふむ」
試されていると感じてか、フェンドリックは自分の顎をしゃくった。
「そうだね。私の予想では、やはりシェパングだろう」
フェンドリックの回答に、イユたちはどこか落胆した。そんなはずはないと、心の中でそう思っていたからだ。
「考えてもみたまえ」
周囲の反応を察してか、フェンドリックは人差し指をぴんと立てて、持論を展開する。
「君たちの飛行船は大きいのだろう?隠しておくにしても、それなりの場所が必要だ。だが、克望はシェパングの『魔術師』だ。シェパングならまだしも、シェイレスタで人の目を盗むのは難しいだろう。噂話の一つも聞かないなんて、それほどの情報統制ができるとも思えない」
言っていることには一理あった。
意外と考えられた回答に、しかし納得いくにはまだ足りない。
それが分かっているからこそ、フェンドリックは、イユたちの疑問に先回りする。
「恐らくだが、克望が戻ったのは別の目的を回収するためだろう」
「別の目的?」
フェンドリックは頷いた。
「克望は一度シェパングに向かうふりをしたのだろう?それは誰に対してだ?」
言いたいことは、理解できた。
「サロウかブライト、残りの『魔術師』だろうね」
クルトがフェンドリックの言葉を理解して続ける。
「目的は恐らく、二人のうちどちらかを出し抜くため」
フェンドリックは再度頷いている。
「その通り。そして、シェイレスタに向かったんだ。つまり、ブライトの元へだ。さて、どう転ぶのだろうね」
「姉さん」と小さくワイズが呟いた。案じているのだろうか。姉に呪いを掛けられたと言っていたはずだが、ワイズの性格を考えればその心配もあり得なくはない。
そして、実際に、ここにいる全員が知るはずもないことだが、この頃、克望は、ブライトの元へと向かっていた。




