その449 『目的は何だ』
煮え切らないまでも、フェンドリックは条件を呑み込んだ。
話は成立したとみなしてか、フェンドリックは、感想を言うようにぽつりと告げた。
「正直にいうと、君たちがラビリに暗示を掛けたことに気づいているとは思わなかった」
「お前がここにいる時点で、そうとしか考えられないだろう」
レパードの苦々しい返しに、
「そうかな」
とフェンドリックは疑問を呈する。
「てっきり、私がここに来るのも君たちの作戦のうちかと思ったが、……どうやらそうではないようだね」
イユたちの顔を見て、一人、納得したような顔をする。そうして、フェンドリックは笑った。
よく笑う奴だと思いつつ、フェンドリックの態度に理解できないモヤモヤを抱えていると、ワイズが口を開いた。
「それで、一体何から話をしましょうか?まさかずっとラビリさんのことを話題にし続けます?」
「そうだね」
と、フェンドリックは自身の顎にそっと触れた。
「目的から話そう。私は、サロウ・ハインベルタを危険視している」
手を組み直して、フェンドリックは話を続ける。ここまでのフェンドリックを見るに、彼はもったいぶるという行為があまり好きではないようだ。
「サロウ・ハインベルタは、カルタータという地にあるという『大いなる力』を手に入れることを画策している。私の目的は、それを邪魔することだ」
イユたちは、顔を見合わせた。
「『大いなる力』っていうのは何だ?」
その反応に、「君たちは知らないのかね?」とフェンドリックは疑問を返す。
残念ながら、頷くしかない。
「私は堕ちた島の姫とも交流していた。君たちがどこから来たのかも知っている」
つまるところ、『龍族』であることもカルタータ出身だということも、ばればれだということだろう。
この場で最もカルタータに詳しいリュイスが、考え込む顔をした。
「知りません。それは、『龍』のことを示しているのでしょうか?」
ただ「知らない」で通すだけでは隠していると思われたかもしれないが、本気で悩む様子をみせるリュイスに、嘘は言っていないと判断されたらしい。
「そうか。やはり、姫巫女だけが知る秘密かもしれないな」
「……シズリナと仲良くしていたなら、聞けばよかったじゃない」
イユが突っ込むと、フェンドリックは「それができたらよかったがね」と、残念そうな顔をした。
「あいにく、私は彼女のスポンサーみたいな存在ではあったが、彼女は私のことを信頼してくれていたとは言えなくてね。風切り峡谷に寄っても、私の屋敷には来ないのが常だったよ」
「嫌われていたのね」
思ったことを素直に告げると、困ったように微笑を浮かべられた。
「中々グサグサとくる物言いだね。親の顔が見てみたいものだ」
絶対に知っていて、言っている。それが分かったからこそ、挑発に乗ってやった。
「ちょうど、あんたが危険視している人間の顔とそっくりみたいよ」
「それはそれは」
と、フェンドリックは返した。その顔には、驚きはない。
「それなら、君の名前は、オリニティア・ハインベルタということになるがね」
やはりイユのことも調べられているのだ。クルトがラビリにイユのことを相談する手紙を書いていたから、暗示を使ったならその時に知られていてもおかしくはない。
「私はイユよ。そんな名前、とっくに捨てたわ」
はっきり言ってやると、少し面白そうな顔をされた。一体イユの何が気に入ったのかは、分からない。だが、『魔術師』に気に入られて、良いことがあった試しはない。
「イユの話はいいとして、サロウの目的がシズリナなら、生憎もう連れ去られた後だ」
庇うように分け入ったレパードの言葉に、「そのようだね」とフェンドリックは元の話題に立ち戻った。元々、イユに執着する気はなかったようだ。
「イクシウスに戻ったようです。イクシウスの飛行船が飛び立ったという目撃情報をいただいています」
リュイスが再びシズリナの話を持ち出すと、「それはわかっていることだ」と残念そうにフェンドリックは告げた。
「完全に後手に回ってしまった。マーレイア様もサロウになびいているし、正直私が打つ手はあまり残されていない。精々、君たちを支援することぐらいだろうね」
「へぇ……?」
クルトが冷めたように呟いた。まさかこの男から「支援」という言葉が飛び出るとは思わなかった、と小馬鹿にするように。
「理由が分かりませんね。その『大いなる力』とやらがサロウの手に渡るとどうなるのですか?」
ワイズもまだ、訝しんだ顔をしている。
「私も『大いなる力』がどういうものかについては掴めていない。ただし、それが危険な代物で在ろうことは知り得ている。例えば、シェイレスタに攻め入ったら、あっという間にシェイレスタの都が灰になるような『古代遺物』とか、ね」
ごくりとイユは息を呑んだ。それが本当なら、なんてものを入手しようとしているんだと言いたくなる。サロウの、イユを見る目を思い出して、寒気がする。あの男は、何がしたいのだろう。
「それでは、サロウの目的は戦争ですか?」
ワイズの言葉に、「そこまで掴めていたら苦労はしていない」とフェンドリックは語った。
「しかし、あの男が暗躍しているのは間違いない。前王をはじめ、力を持つ『魔術師』の家は、順々に消されていっている。明日は我が身だな」
なんとなく、フェンドリックの危機感は理解できた。サロウの目的は分からないが、順に仲間が消されていくのを見れば、危機感も湧くものだ。
「今までの話だと、フェンドリックが興味あるのはサロウと『堕ちた島の姫』だけ?克望やブライトはどうなの?ボクたちは3人の『魔術師』に嵌められて痛い目をみたんだけどさ」
クルトの問いかけに、フェンドリックは答える。
「正直、克望についてはノーマークだった。だからこそ、彼女が敵地へと赴いてしまったとき、そうだと気づけなかった。実は、彼女にはスポンサーは複数いるようでね。私にはそれが誰かまでは分からないんだよ」
所謂スポンサーが複数いるという発言に、不思議な感じがした。シズリナは一体何を思って、その手を借りたのだろう。ましてやそのうちの一人は、自分の故郷を滅ぼしたと思われる『魔術師』、怪しい金髪の男である。
フェンドリックの視線がクルトからワイズに移る。
「君のお姉さんについては、とても危険な人物だと認識している。特にサロウやレイドワース家と仲良しなようでね。だが、そこまでだ。特異すぎて、サロウも、長く付き合おうとは考えていないのだろうと思っている」
ましてや、戦争を起こすつもりならば、ブライトは敵国だろう。手を取りあうのはおかしな話になる。
そこまで考えて、イユはよくわからなくなってきた。結局、何がしたいのだ?
「あなたの頭でもわかるように説明しますと……」
困惑気味のイユの心を読んだように、ワイズは告げた。
「結局、誰の目的も判明していないんですよ。ただ、そこに『堕ちた島の姫』を攫ったという結果だけがついてきているだけですね」
それでは、事態は何も解決しない。
「せめて、セーレの皆がどこに連れ去られたのか分かればいいのに」
小さく愚痴ったイユの言葉を耳聡く聞きつけて、「それは初耳だな」とフェンドリックが口を開いた。
「君の仲間は、カルタータの関係者だろう?そうなると、サロウが一枚噛んでいるのかな?」
「攫ったのは、恐らく克望だ」
レパードがそこに分け入る。
「そうだね、実行犯はそうだろう。というのも、サロウは『魔術師』と疑いたくなるほどの武人気質でね。記憶こそ読めるが、暗示も使えない。そういうのはむしろ、シェパングの得意技だろう」
リュイスが、今の言葉から導き出した推測を披露する。
「それでは、サロウが克望に頼んだということですか?」
それについて、フェンドリックはイエスともノーとも答えなかった。あくまで、憶測を披露する。
「ただし、シェパングの人間が、『大いなる力』のことを少しでも聞き及んでいたのなら、素直にサロウに力を貸すとは思えない。情報を探るために、君たちの仲間に手を出した。その考えは十分にあり得るだろう」
つまり、危険なものを渡してしまったかどうか調べたかったがために、セーレの皆を攫ったのだという。
それは、どういうことだろう。イユは克望の行動理由を考えようとした。
シェパングも、イクシウスとは仲がよくないはずだ。少なくとも、危険なものを渡す手伝いなど進んでしようとは思うまい。しかし、実際に、克望はサロウと手を組んでいた。つまり、何らかの理由で手伝わざるを得なかったということではないのだろうか。
だが、本当に危険なものを渡してしまっては、今後シェパングは滅ぼされてしまうかもしれない。そうなると、自分の命も危ういだろう。だから、克望は、それが本当に危険かどうか調べようとした。
やり方は気に入らないが、セーレの皆を拐うことで、カルタータの情報を少しでも得ようとしたのではないか。
幸い、サロウの関心は姫巫女に限定されていた。それはつまり、セーレの皆を拐ったところで、何も実入りはない可能性があるということではあるが、克望はすがった。僅かな可能性がある限り、見逃せまいと考えたと。
それが事実だとしたら、いい迷惑だ。イユは苦々しく思った。セーレを探ったところで何も出てきやしない。それなのに、可能性があるというだけで、イユたちの日常を壊された。シェルは重傷で、他の皆の安否も不明だ。『魔術師』の身勝手さに、吐き気がした。




