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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
448/994

その448 『その手に抱え込んで』

 その言葉を、聞いたことがないといえば嘘になる。

 黙っている一同を見て、フェンドリックは詳細を語った。堕ちた島とは、『カルタータ』のことで、その姫とは、生き残りであるという姫巫女のことを指すのだという。

 他でもない、リュイスを暗殺しようと何度も襲ってきたあの女、シズリナのことだ。

「僕は言葉だけですが」

「知っています」

 ワイズの言葉を遮る形で、リュイスが口を出した。

「しかし、シズリナさんは捕まってしまいました」

 包み隠すことをせず、素直に告げる。きっと、リュイスはシズリナを助けたいという思いをまだ持っている。だから、奪還できる可能性を少しでも見出したくて、フェンドリックに情報を提供したのだろう。

「君の名前を聞いてもいいかい?」

「リュイスです」

「あぁ、なるほど」とだけ、フェンドリックは返した。何がなるほどなのかは、イユたちには分からない。

「つまり、私は一足遅かったということか」

 何か納得した顔をして、目を閉じているフェンドリックに、リュイスは「あの……」と困惑したような顔を向けた。

「あぁ、すまない。捕まったというのは、サロウ・ハインベルタにだろう?」

 さらりと告げられた言葉に、息を呑む。何の情報も伝えていないのに、この『魔術師』はどうしてそんなことまで知っているのだろう。何もかも見透かされている気分になった。

「……どこまで知っているんですか?」

 同じことを思ったのだろう。慎重な声音を隠さず、ワイズが質問をする。

 フェンドリックは、どこか満足気に指と指を重ね合わせて手を組んだ。

「さて、私としては君たちには包み隠さず知っていることを明かしてもいいとは思っているが、問題は君たちにどれだけ明かすつもりがあるかということだ」

 ふわりと落ちてきた前髪を耳に掛けてから、蒼い瞳がイユの方を向く。その瞳が、意図してイユに向けられているのだと理解してしまって、イユは絶句しかけた。

 間違いない、この男は、イユが何者かを知っている。

 ごくりと息を呑みながら、イユはレパードの袖を僅かに引っ張った。気づいたレパードから、視線がくる。分からない程度に、小さく頷いた。イユの、了承の合図だ。

 イユが知っていることならば、別に晒してしまっても問題ない。それで、イユが必要としている情報が男の口から手に入ることがあるのならば、万々歳だ。例えば、克望がどこに向かったか、というような――。

「レパードさん、僕なら構いませんが、いかがしますか」

 ワイズが振り返ったのは、レパードだ。ワイズが口に出して言う時点で、イユたちのやり取りには気が付いているのだろう。セーレの話をすることになると思うから判断は委ねると言葉上は言っているが、実際は、レパードへの最後の一押しだ。

「条件がある」

 ちらりと、レパードの視線はラビリに移った。ラビリがそれに気づいて、顔を上げる。

 向き直ったレパードは、フェンドリックを睨みつけた。

「俺は、やられっぱなしというのは嫌いなんだ」

 ふっと、フェンドリックは嘲笑ともつかぬ笑みを浮かべた。

 浮かべた笑みの種類が変わったことへの意味をイユが理解する前に、フェンドリックは片手を上げる。

「ジェシカ。申し訳ないが、ラビリとともに庭に出てもらえないかい?」

「え、お従兄さま、しかし……」

 言い淀むジェシカに、フェンドリックはしかし退かない。

「何、ちょっとの間で構わない。君の美しい庭を、ラビリに見せてやってほしいんだ」

「畏まりました」と大人しく引き下がるジェシカは、従兄の機嫌を窺う犬のようだった。怒らせたわけではないようだと、ほっとした笑みを浮かべて、しずしずとラビリを連れて庭へと出ていく。従兄の意図を理解しているのだろう。給仕も全て連れて行った。

 ラビリはされるがままだが、最後に、ちらりと不安そうな視線をクルトに向けた。




「さて」

 フェンドリックは白い手袋をした手を差し伸べる。

「それでは、話してもらおうかな」

 当たり前のように言うフェンドリックに、レパードは面食らった顔をした。

「俺はまだ、条件を答えていないが?」

 フェンドリックは肩を竦めてみせる。

「それは残念だ。君の条件は、ラビリへの暗示を解くことかと思ったのだが、違ったかな?」

 イユは思わず目を瞬いた。さりげなくとんでもない事実を聞かされたと思ったからだ。見れば、どういうわけかクルトは既に知っていたようで、フェンドリックのことを睨みつけている。

「姉さんに謝罪はないわけ?」

「何故、謝罪が必要なのかな?」

 本気で分からないという顔をするフェンドリックに、クルトが殴りかからんばかりの形相になった。

 普段は年齢に似合わず、達観しているクルトの、はじめて見せた表情に、イユははっとなる。

「こいつ……!」

「クルト、落ち着いてください」

 ただならぬ様子に気付いたのだろう、リュイスが止めようとする。

 しかし、クルトはその声を全く無視して続けた。

「なんなのそれ?『魔術師』は自分の召使いなら、心でも何でも自由に操って当然だってこと?」

 クルトが本気で怒っているのに対して、フェンドリックはあっさりとしている。その様は、如何にも『魔術師』らしい。

「私は人形と人間の区別はつけていると思っているがね」

「姉さんが人形だって言いたいの?!」

 火に油を注がれたように声を張り上げたクルトを制したのは、レパードだ。

「落ち着け、クルト」

 強い口調に、クルトの怒りの矛先がレパードへ向く。

「船長、口惜しくないの?なんでこんな奴に……」

「クルト」

 レパードの静かな声に、クルトはようやく冷静さを取り戻したように、押し黙る。

 イユは内心感心してしまった。なんだかんだ言いつつも、レパードは年長者の威厳を発揮している。名前を呼んだだけだが、そこにはクルトを落ち着かせるための何かがあった。

「心配せずとも、私は彼女のことを人形だとは思っていないよ」

 フェンドリックはあくまで落ち着き払って答える。

「だが、私は親切な人間でもないんだ。君たちが仕掛けてきたことに意趣返しぐらいはする」

 レパードが肩眉を上げてみせたからか、フェンドリックは告げた。

「そうだろう?ラビリは大婆様に仕え始めてから、やたら熱心に君たちに手紙を送っていたようだからね」

 つまり、ラビリの行動は、ばれていたのだ。だから、フェンドリックはそこに暗示を掛けて、利用することにしたという。

 イユは今更ながら何故レパードがギルドの言伝を使ったことに気色ばんだのか理解した。レパードはこのことを知っていた。だから、フェンドリックにその情報が渡ったことを恐れていた。

「条件は、ラビリの暗示を解くことと、今後一切ラビリに暗示を掛けないことだ。あと、こいつの命を狙うのもやめてくれ。巻き込まれるこっちがいい迷惑だ」

 こいつ呼ばわりされたワイズが、少し戸惑った顔をしている。レパードがワイズの身柄を条件に持ち出すとは思わなかったのだろう。

「構わないよ」

 フェンドリックは即答した。

 あまりにもあっさりとしているが、フェンドリックには別に痛くない条件なのだろう。ラビリについては、今回のことで洗いざらい話を聞き情報を得られれば、もう暗示を掛ける必要はなくなると踏んでいるのかもしれない。ワイズに至っては、ジェシカの思惑が大きいはずだ。だから、フェンドリック自身はどうでもよいことなのだろう。

 クルトが、気に入らないという顔をしつつも、レパードに向かって小さく頷いた。依存はない、ということだろう。クルトが感情だけで生きる人間ならきっと怒りを抑えてはいないだろうが、残念ながら、そうではない。

 テーブルの下に隠した手がぷるぷる震えているのを見て、イユは居たたまれなくなった。

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