その446 『意外な人物』
「……つまり、こういうことか?」
レパードが額に手を当てて、困ったような仕草をしている。
「フランドリック家は、国を隔てて別れた後も交流を続けていた、と」
一同は、屋敷の門を見下ろす位置にいて、クルトの説明を一通り聞いたところだった。ラダとリュイスがクルトと再会した喜びは、今起きている話を前にして吹き飛んでしまっている。
イユは頭の中で、もう一度クルトの説明を整理した。
クルトは、ラビリがジェシカの屋敷にやってきたと言った。しかし、やってきたのはラビリだけではないのだ。
ラビリが仕えていた、風切り峡谷を治める貴族、フランドリック家の領主。その人物が、国を隔てて、一緒にやってきているという。むしろ、ラビリはその付き添いだ。
「正確には、今のフェンドリックって人になってから、付き合いだしたらしいんだよ」
その言葉を聞いたレパードが、頭を抱えている。ぽつりと呟いた。
「……何が、シェイレスタの端っこの島だ。ここはど真ん中だっての」
「レパード?」
訝しんだイユに、レパードが「あぁ、ちょっと今更思い出したことがあってな」と忌々しそうに白状する。
「ラビリ、日焼けをしていただろ」
クルトがきょとんとした。それから、何かに気付いたように、徐々に青ざめていく。
「……そう言われてみれば、姉さん、風切り峡谷にいたはずなのに、かなり日焼けしていたよね。それって、まさか」
理解したかと言わんばかりの顔で、レパードがクルトを見ながら告げる。
「……シェイレスタの端っこの島に、フェンドリックと一緒に行ったって言っていたんだよ。あの時は、引っかかるなーぐらいにしか思わなかったが」
「あぁ!」
とクルトが絶望の声を発した。
「まさか、本当はジェシカに会いに行っていたってこと?裏切りなんて過去のことだからどうでもいいって、そういうこと?!」
何やら二人で意気投合しながら絶望している。
イユが話についていけずに目を白黒させているのを察してか、偶然か、ラダが二人にフォローを入れつつも、簡単にまとめた。
「……よくわからないんだが、君たちは疲れがたまっていたのもあって、何か重要な事実を見逃していたってことかな」
二人は、反省の色を見せる。
「全くだ」
「はい」
そこを、横からリュイスが疑問を呈する。
「その、この街にいるなら、日焼けはしなさそうなのですけれど」
最もな言い分に、ワイズが「向かう途中で焼けたんじゃないですか?」と軽く返した。飛行船に乗っていたときの、じりじりと灼ける感触を思い出し、あり得そうなことだと納得してしまう。
「反省会はいいとしても、フェンドリックって奴が来ていることで何か問題があるの?」
いまいち理解できていないイユは、クルトたちに質問を投げかけることしかできない。
クルトはすぐに切り替えたようで、
「大ありだよ!」
と叫んだ。
「何故だか知らないけれど、船長たちに会いたいって言っているんだって!」
ラビリとクルトが姉妹なのを知って再会させたいというような話ではないのだろうとは、すぐに理解できた。レパードに会いたいというあたりに、何か裏を感じる。ましてや、相手は『魔術師』だ。きな臭いこと、この上ない。
「あなたたちがフェンドリック家と関わりがあったことは驚きですね」
ワイズが感想を述べ、そこをクルトが「フィアンセに言われたくないよ、それ」と小声で茶化す。
クルトの言葉を無視して、ワイズは続けた。
「正直にいうと、今までは、ジェシカに難しいことができるとは思っておらず、捨て置いていました。しかし、フェンドリックがジェシカと通じていたのであれば、話は全くの別物です。用心した方が良いでしょうね」
殺されかけていて、捨て置くあたりはどうかと思うが、用心が必要という話には全くの同感だ。
「フェンドリックは、どういう人物なの?」
イユの疑問に、ワイズは「僕はシェイレスタの人間ですよ」と、言い訳がましく言った。
「ですが、わざわざシェイレスタにやってくるあたり、よほどの大馬鹿者か、一筋縄ではいかないタイプかどちらかでしょうね」
「姉さんから聞いた話だと、外見は優男らしいけれど」
クルトもラビリとのやり取りを思い出して、告げる。
しかし、あまり有力な情報には思えない。腹に一物のある人物の多い『魔術師』のことだ。外見などいくらでも偽れるだろう。
「フェンドリックの目的は何かな」
ラダの疑問に、ワイズは「さぁ?」と首を傾げた。
「今の情報からは、何とも。それこそ、会いたがっているというのであれば、会って探りを入れるのが一番だと思いますね」
危険なことをさらりと言ってのける。相手の懐に入り込むようなものだ。しかも、今回はラビリという人質がいるものと思ってもよい。
イユは今更ながらに気付いた。『魔術師』が、レパードに会いたいと言った以上、ラビリは『魔術師』にどうとでも扱われる立場にある。それこそ、暗示を掛けられていてもおかしくない。
「逃げるわけにはいかないからな。それには、同感だが」
ラビリだけではない。屋敷には怪我人のシェルもいる。その気になれば、どうとでもできる人質だ。仕方がないとはいえ、やはり『魔術師』の屋敷に預けたくはなかったなと、苦々しく思う。
「クルト。会いに行くにしても、どういう話になってる?」
レパードの質問に、「どうももなにも」と、クルトは答えた。
「帰ってき次第、客間に来てほしいって、フェフェリが。格好のことは気にしないからって。レパードだけじゃなくて、他の皆とも、まとめて挨拶したいって、言われたけど」
レパードが、腕を組んで考え込む仕草をする。
「他の皆とも、か。どこまで知られているかだが」
レパードの意図を察して、イユは声を上げた。
「私は行くわ。ラビリが心配だもの」
レパードのことだ。『魔術師』に対して、イユを近付けさせまいと、妙な気を回していたに違いない。イユの発言に、面食らった顔をしている。
「僕も行きますよ。同じ『魔術師』ですからね。それに、挨拶というなら、一応、フィアンセらしいですから」
ワイズがイユに続き、クルトも手を上げた。
「ボクも。姉さん絡みなら当事者だし」
ちなみに、シェルのことは、今はレッサがみているという。レンドとは会えていないままで、ミスタはサンドリエに戻っている。
「シェルは重傷なんだろう?念のため、戦えるメンバーをシェルの元に一人つけておいた方がいい。リュイス、頼めるかい?」
ラダの提案に、しかしリュイスは首を横に振る。
「出来ることなら、僕も話を聞きに行きたいです。ラビリさんが心配なので」
休んでいれば良いのにと思ったが、同じ理由を持ち出されてしまっては、イユとしては文句が言えない。
「幸い服装については気にしないと言ってもらえていますし、このままフードを被っていきますから」
リュイスが今の恰好を強調するように、フードを手繰り寄せる。
ラダは、特に反論はないと判断したようで、大人しく頷いた。
「そうかい?まぁ、君たちが一番年齢的に近いしね。そういうことなら、僕がシェルとレッサと待っているよ」
「話は大体纏まったみたいだな」
レパードが、ぐるりと一同を見回して、言った。
「相手は『魔術師』だ。慎重に行くぞ」




