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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
444/993

その444 『ミルク色の朝』

 星が空に溶け込み始める時分、あまりの寒さに毛布を掻きよせた自分の動きで、目が覚めた。

 すぐ近くで木の枝の折れるような音が聞こえて、ぱちりと目を開ける。そこには、焚き火の火を消すラダの姿がある。

「すまない。目が覚めてしまったかい?」

 ラダは小声だ。それに気が付いて、ゆっくりと首を横に振った。

「違うわ。寒くて目が覚めただけ」

 イユがこんなところで気を遣う人間ではないと知って、ラダが返答する。

「そうか。もう少し厚着をすべきだったかな」

「そうね」

 相槌を打ちながら、周囲を見回した。

 少し離れたところで、リュイスが剣の手入れをしている。レパードは飲み物を飲んでいるところだ。

(そうなると、ラダが小声で話した理由は……)

 視線をくるりと反対側に向けて、確認する。ワイズがまだ毛布にくるまっていた。

「目覚めなかったのね」

 すぐに誰のことか分かったらしく、ラダが頷く。

「あぁ、子供に砂漠の旅は堪えたのだろうね」

 それだけではない。

 イユは喉元から出掛かったその言葉を呑み込んだ。あまり、人の寿命を吹聴するのもどうかと思ったからだ。

 イユに、ラダがコップを差し出す。

「君も飲むかい?火を消す前に温めてある」

 レパードが飲んでいるものと同じだろう。受け取ったコップの中身は、真っ白に濁っていた。

「君たちが貰ってきたラクダのミルクだ」

 イユはコップに口をつけた。

 砂漠越えの間の水分補給は水だった。だからか、とても濃く感じる。同時に、癖のある味だ。温かいおかげで、これでもまろやかになっているのだろうが、苦手な人は苦手だろう。

「……ミルクだもの。栄養価は高そうね」

 イユの感想に同意を示される。

「それは間違いないだろうね」

 イユは続けて口にした。寒い身体にミルクの温かさが身に沁みる。確かに癖はあったが、こうして飲むと気にならなくなってきた。

 ちらりと、リュイスに視線をやる。なんとなく、リュイスは苦手そうな気がしたからだ。

「飲んだら、出発しようか」

 元々イユとワイズ以外は起きている。出立の準備も始めていた。出掛ける時間であることを察して、イユは頷いた。


 実のところ、ラダが手早く離陸の準備を終えてしまったので、イユがやることはあまり残っていなかった。眠っているワイズも、レパードが運び、一同は先日と変わらない座席配置で席に着く。

 すぐに飛び立った飛行船は、あっという間にイグオールの集落を追い越していく。小さくなっていくテントの姿を見下ろして、イユは心の中で手を振った。

 やがてイユの目にも集落が見えなくなって、前方を振り仰ぐ。

 イユの目が、目の前の光景に見開かれる。

 そこには、うっすらと白み始めた空が広がっていた。まるで、先ほど飲んだラクダのミルクを、青空に零したかのような色をしていた。

 ほぅっと息を吐く。

「まだ眠いなら、寝ていてもいいんだぞ」

 前方から、レパードの言葉が降ってくる。

 隣のリュイスは、フードを被り、毛布に包まって既に眠りについている。離陸前まで元気そうでいたのが嘘のようだ。今のうちに少しでも体力を取り戻そうとしているのだろう。見習うのであれば、イユもそうすべきではあった。リュイスほど衰弱していないとはいえ、疲れは残っている。

「もう少し、空を眺めているわ」

 イユはしかし、レパードの言葉に、首を横に振った。ラダが運転してくれているおかげで、こうして、ゆったりと景色を眺めることができている。ここのところ、いろいろなことがあったから、久しぶりに人心地つけることが嬉しかった。

「確かに、朝日が綺麗だな」

 レパードも、空をみて感想を漏らす。ラダは運転に集中しているのか、何も話さない。

 ほんのりと眩しい光が、砂の大陸に射し込む。この時間なら、砂漠は暑くなかった。むしろ、肌寒さを感じて、毛布に包まる。

 そうやって長い間朝日を眺めていると、後方でもぞもぞと気配がした。

「起きたの?」

 すぐに返事はない。

 気になって、首を後ろに向けると、眠たそうにワイズが目元を拭っているところだった。その所作だけなら、見た目通りの子供である。

「えぇ」

 ようやく返事があった。

「お婆さんが、泡拭いて卒倒しそうになっていたわよ」

 余計な心配を掛けてどうするんだと、イグオールの老婆を持ち出すことで、暗に言ってやると、

「まぁ、そうでしょうね」

 と簡単な受け答えをされた。反省の色をみせないあたりに、可愛げがない。

「それより、今はどこに向かっていますか」

「マゾンダよ」

 イユの言葉に、「妥当な判断ですね」と感想が返る。

 ワイズは、若干窓へと顔を近づけた。そのせいで、ガラスに息が吹きかかり、白く濁る。

「あぁ、まだ掛かりそうですね」

 見ただけで分かるものなのだろうか。砂漠の様子を眺めながら、ワイズがぽつりと呟いた。

「まだ寝ていてもいいわよ」

 イユは自分自身の毛布を掛け直す。途中で寒くて目が覚めないように、念入りに確認した。

「そうですね」

 ワイズが寝たのかはよく分からない。確認するよりも前に、イユの意識が途切れたからだ。



「起きろ、着いたぞ」

 レパードの言葉と、揺らされる感触で目が覚めた。

 うっすらと目を開けると、視界の端にレパードと思われる服が映っていた。イユを揺すった後、リュイスを起こそうとしているらしい。

 しかしそんなことよりも、レパードの服以外の背景が、青空ではなく、土色になっていることに気付いて、目を瞬かせる。

「何、もうマゾンダ?」

 イユの目に映っていたのは、岩壁だ。

「もう、とは言うが、それなりに時間は経っているよ」

 起き上がったイユの背後から、ラダの声が届いた。

 ラダはラダで、ワイズを起こそうとしていた。どうも、三人ともが眠っていたらしい。

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