表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
440/993

その440 『砂漠に零れた灯火』

「もっておいき」

 老婆は、そう言ってオイルをワイズの手に握らせた。そこに、治してもらった恩こそあれ、怒りはない。

「治療してもらったんなら、正当な対価さ」

 ワイズは少し戸惑った顔をしていた。罵倒でもされると思っていたのだろうか。

「物々交換というわけですか」

「それが、イグオールの流儀さ」

 老婆は更にもうひとつ、オイルの入った小瓶を追加した。

「坊やはシェイレスタの人間らしくなく、歴史に詳しいようだね」

 その言葉に、ワイズの顔が少し強ばった気がした。

「何を試したつもりか分からないけれど、わざとそんな名乗り方をしたんだろう?」

 イユには、ワイズがよく分からない。だが、老婆にはワイズの考えがお見通しのようだ。

「私たちはね、確かに、伝承を守り、受け継ぐ一族さ」

 それは初めて聞くイグオールの民の情報だ。恐らく、ワイズは既に知っている話なのだろう。

「だけどね。憎しみは受け継がない。憎しみは連鎖するだけ苦しくなるだけだからね。だから、坊やに罰を与えることはできないよ」

「……何のお話でしょうか?」

 ワイズは強ばった顔のまま、とぼけてみせた。

「さぁ、何の話だろうねぇ?」

 とぼけ返す老婆は、きっと一つ上手だ。




「……で、誰が『あなたたちが普段から負ってくる怪我に比べれば、全く大したことのないレベルですよ』、だ?」

 レパードが背に抱えているのは、ワイズだ。意識がなく、運ばれるがままになっている。

 あの後、すぐにワイズは倒れたのだった。卒倒したのは、上手だと思われた老婆だ。想像以上にワイズに負担を掛けたと思われて、おまけして、ラクダのミルクまで貰ってしまった。それどころか、ラダの元へ戻ろうとするイユたちに付き添おうとまでするので、断るのに苦労したほどだ。

「絶対、こいつ。馬鹿よ」

 はっきりと断言すると、レパードが「お前が言うか」という顔を向けてきた。解せない。

「あんたたち、大丈夫か?」

 声がする方を見やれば、集落の入り口で出会った青年が歩いてくるところだった。ワイズを背負っている姿を見て、心配して、やってきたのかもしれない。青年の隣には、チェチカもいて、眠っているワイズに近づいて、

「客人、倒れたのか?」

 などと聞いている。

「大丈夫だ、見張りはいいのか?」

 レパードの言葉に、青年が頷く。

「交代の時間だ。問題ない」

 青年は、長銃を所持していない。役目を交代したのだろう。

「集落の仲間が、粗相をしたか?」

 チェチカが、レパードの背にいるワイズに視線を向けた。自分の案内が中途半端だったのがまずかったのだろうかと、その顔が心配している。

 イユは、益々頭を抱えたくなった。

「まさか。皆、親切だった」

 レパードが、三人を代表して、首を横に振った。「またな」と声を掛ける。

「おう、またな!」

 笑みを浮かべて返すのは、チェチカである。レパードの言葉を聞いて、ほっとしたのだろう。

「また来いよ」

 青年も朗らかに挨拶を返した。

「お世話になったわ」

 イユもイユなりに礼を言って、レパードに続く。

 青年は少しほっとした顔をして、手を振り返してくる。チェチカは、元気一杯に手を振っていた。


 ワイズの話では、シェイレスタに追い出された不幸な遊牧民という印象だったが、その姿はとても温かい人々だと、思わずにいられない。

(心配かけさせてるんじゃないわよ、全く)

 レパードの背中にいるワイズを軽く睨みつけると、イユはレパードを追い越して、飛行船へと向かった。この手いっぱいの貰い物を、待っている皆に見せたくなったのだ。





 飛行船の元に戻ると、ラダが飛行船を下りて船体を確認しているところだった。

「ラダ、今帰ったわ」

 イユの言葉に振り返ったラダは、「こちらも殆ど終わったところだよ」と返す。そうして、飛行船を見上げた。

 一緒になって見上げたイユは、「あっ!」と声を上げる。そこに見慣れた翠色の髪が映ったからだ。

「リュイス!目が覚めたのね」

 イユの言葉に答えるように、ひょっこりと顔を覗かせる。翠色の瞳が夜空に反射して、きらきらと光っていた。


「イユ、先に行くな!重いんだからそろそろ交代してくれ」

 情けない声に振り返ると、レパードの姿がようやく見えてきたところだった。レパードの腕の怪我は治っていない。治すのはこちらが先だろうと、ついつい思いつつ、イユは慌ててラダに荷物を明け渡す。

「貰ってきたの」

「これは、結構な量だね。急ぎでないのなら、今日はここで野宿コースかな」

「正解よ。追いかける先が分からなくなってしまったから、一旦相談もしたいの」

 宿を取って寝るという選択肢は、魅力的だったが控えることに決めていた。ただでさえ、『龍族』に『異能者』に『魔術師』という組み合わせなのだ。万が一『龍族』の耳でも見られてしまったら、厄介だ。彼らが親切だと分かったからこそ、絶対に見られてはいけないと感じる。

 イユは身を翻すと、すぐにレパードのところに戻った。

「忘れていたわ」

「忘れるな」

 文句を言いつつも、背中のワイズを渡される。そのレパードの腕からじんわりと黒いシミが出てきているのを見て、少し反省した。

「傷、また開いたのね」

「……さすがに動きすぎたな」

 レパードもまた、自分の腕を確かめるように上着を羽織り直す。

 レパードと隣に並び、再び飛行船までの距離を歩く。ラダが飛行船から下りてきたリュイスに、荷物を明け渡し、焚き火になりそうな木を集めようと去っていくところだった。

「……木も貰ってこればよかったな」

 レパードの反省に、「大丈夫よ」とイユは明るく返す。

「意外とこの辺りには木も生えているもの。乾燥もしているし、どうにかなるでしょう」

 夜でも白い砂に、黒々とした木々は見つけやすい。きっと大丈夫だろう。


 ふと、同じだと思いたいなと、願った。

 何故ならば、イユにとって、この広い世界は、未知の領域だ。一つ歩けば真っ暗闇で、それはある意味、見渡した先全てが砂である砂漠と何も変わらない。だが、同時に拾い集めるものは、焚き火のように、あたたかな火を生む。遊牧民たちの優しさは、イユの心にも灯火を与えてくれた。

 だからこそ、一度この手から零れ落ちたものも、同じように赤く燃えて欲しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ