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カルタータ  作者: 希矢
第四章 『コノ素晴ラシイ出会イニ感謝ヲ』
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その44 『秘めた願望』

「ここだな」

 レパードの声に意識を引き戻される。階段を上がった先、道なりに進んだそこに幾つもの店が建っていた。レパードの視線を辿れば、一軒の店に行き着く。他の店に押されるように建つその店は、高さこそあれ小さめで、控えめな印象を受けた。窓の数が多いが、そのどこにも花が飾られている。

「確かに聞かないと、宿とはわからないな」

「ですが、評判は良いみたいです。皆は大宿のほうをとるとは思いますが」

「好都合だ」

 レパードとリュイスの会話では、この街に宿は複数あるようだ。船に戻るにも距離があるからか、何度も行き来する様子を見られないようにするためか、二日間は宿を拠点とするつもりであるらしい。好都合とレパードが言うのは、恐らくはイユのことを指してだろう。なるべく他の船員たちと離そうとするレパードの意図は感じていた。

 連れられるままに数段の階段を上がり、開けられた扉の中へ入る。鈴の音がチリンチリンと鳴った。

 白い店内だった。正面に大きな花瓶があり、そこから強めの花の香りが漂ってくる。天井からぶら下がった照明の光が、きらきらとその鮮やかな花々を照らしている。目を凝らせば、花瓶の向こう側に人がいるのを確認できた。奥に受付のカウンターがあり、そこに女が立っているのだ。マーサぐらいの歳の、どこか険のある顔をした人物だ。

「お客さんかい? いらっしゃい」

 女がそう告げ、手招きをする。カウンターに片肘をつき顎を手に乗せた姿勢は、如何にもやる気がなさそうであった。

「三人だ。一泊」

「ふぅーん」

 じろじろと視線を向けられる。居心地の悪さを感じた。

「……フードは勘弁してやってくれ。魔物にちょっとやられてだな」

 レパードの説明で、リュイスのことだと分かった。魔物にやられた頭部の怪我をフードで隠しているという設定らしい。確かにそうであれば、室内でかぶっていても誰も文句を言わないだろう。

 レパードがカウンターにコインを置くのを眺める女の顔は、どこかばつの悪そうなものに変わった。

「悪かったね。ほら、部屋を案内するよ」

 あまり反省しているようには聞こえない口調だったが、何も言わず一行はついて行く。

 案内された部屋は、セーレの部屋よりもずっと広かった。外見の狭さからは感じられない驚きの広さだが、ベッドが三台にソファ、テーブルに三人分の椅子、おまけにドレッサーも用意されている。如何せん、これだけ家具が多いと詰め込んだ印象を受けた。部屋の奥にある窓には、外から見えた紫色の小さな花が生けられている。少し開いているようで、入ってくる風がイユの髪を揺らした。

 女は面倒くさそうな顔で、レパードに鍵を差し出す。

「鍵はこれだよ。後は好きに使っておくれ。このあと菓子代わりにパンのサービスをしているからね。落ち着いた頃に持っていくよ」

「あぁ、悪いな」

「まぁせいぜい、部屋は汚さないようにしておくれ」

 鍵を受け取ったレパード、その隣にいるイユの目の前で、扉が激しい音を立てて閉まる。見上げると、レパードが首を傾げていた。

「評判、良いって?」

 リュイスへと振り返れば、困った表情が確認できる。確かに部屋は広いが、女の態度には思うところがある。

「一応、そうらしいですが」

 人の話はどうも当てにならないようだと解釈することにした。



「まぁ、いい。ちと休憩するか。イユも部屋の中なら逃げようがないだろ。ただし、扉と窓の近くには行くなよ」

 掴まれていた手を離されて、すぐにレパードと距離を取った。ただ、広い部屋といっても限度はあり、特別行きたいところがあるわけでもない。悩んだ末、ひとまず椅子を引く。床を引きずる音がして、揺れる飛行船とは違い固定されているわけではないのだと気が付いた。

「レパード。前から思っていたんですけれど、イユさんの腕をきつく握りすぎですよ」

 リュイスから非難の声が上がる。ちらりとリュイスに視線を向けると、窓のヘリへと腰掛けている。花に当たらないようにか、丁寧に花瓶をずらしてある。いつの間にか窓も閉めたようだ。

 しっかり逃げられないような位置取りをするところが、小憎らしい。


 気持ちを切り替え、自身の腕へと視線を移す。ほんのりと赤くなっている。

 とはいえ、セーレで腕を掴まれたときは痣になったことを思うと、むしろ手加減されていると言える。

「逃げられるかもしれないだろ」

「そのときは僕がどうにかしますから」

 二人のやりとりに不毛さを感じ、ため息をつく。イユにはそもそも逃げるつもりなどないのだから、レパードたちの会話は無意味だ。何よりここから逃げたところで、イユに行き場はない。

 行き場という言葉に嫌気を感じて、テーブルに突っ伏した。これからどうしようかと考えるものの、良い案が浮かばないでいる。

「ん、どうかしたのか」

「別に」

 レパードの問いかけに、それだけでは納得しないだろうと思い付け加える。

「ちょっと休憩しているだけよ」

「いや、ベッドで寝ろよ」

 という声が聞こえたが、無視する。寝たいわけではなく、考えたいだけだ。突っ伏した状態で、腕を再度眺める。意識を集中させて赤みを取り除いてしまう。これぐらいなら、異能ですぐに治る。


 ここに残るのが良いのだろうか。


 何度目かになる疑問に、立ち戻る。街を巡っていて分かったことだ。イニシアは、イクシウスという国にあるにしてはのどかで平和である。人も多いので溶け込みやすい。今のところ兵士の姿は確認できず、身の危険も感じない。

 だが、イニシアでも警戒は必要なはずだ。平和故に油断しそうになるが、身を隠すには最悪な場所ともいえる。単純に、狭いのだ。レイヴィートのような広さがあれば、兵士に追われても撒くことはできる。ここでは人の数に反して、街は小さめだ。おまけに街を出れば草原と狭い洞窟があるぐらいで、やろうと思われれば隅々まで探索するのに大した時間は掛かるまい。

 しかも飛行船は殆どでていない。魔術師の乗った船が一隻あるぐらいで、あとは飛行石が手に入らずに飛べないときた。

 仮に魔術師が出て行って飛行石が手に入るようになったとしても、他の飛行船に潜入するのは難しいだろう。観光客がいるとはいえ、レイヴィートほどの街ではないからそもそも飛行船の絶対数が少ない。紛れ込む自信はなかった。一度異能者だとばれれば逃げる術がここにはない。それは、かなり危険だ。


 そう考えてからふと、今来ているというシェイレスタの魔術師のことが頭を過る。

 何故それが浮かんだのか、イユにはよく分からない。思考を取りまとめる前に、扉の閉まる音が響いたからだ。顔を上げると、扉の近くにいたレパードの姿がない。

「レパードは、鳥を飛ばしに行きましたよ」

 イユの様子を見てか、リュイスからそう声が掛かる。

「鳥?」

「船の皆に、飛行石が十分に手に入らなかったことを伝えに行ったんですよ」

 ぶくぶくと太った鳩が、重そうに空を飛んでセーレに向かう場面が思い浮かんだ。

「手紙を持たせるんです」

 リュイスの補足に、鳩が手紙を足で掴む想像が追加される。正確には、足かどこかに手紙を括りつけるのだろうと考え直す。それで、手紙の届け先である船員の誰かが、鳩から手紙を外し確認するということであろう。

「イユさんは、これからどうするつもりですか」

 唐突に聞かれて、返答に詰まる。逆に、どうすればよいのだと聞き返したいところである。

「知らないわよ」

 手の中でペンダントの緑色の光が踊っている。窓から僅かに差し込む光に当て、外し、当て……を繰り返して、とうとうやめた。意味のない行為だと気がついたからだ。

「あの……」

 情けなさそうな声が降りかかる。何を言われるか想像がついたから、先に断ることにした。

「言わなくていいわ」

「え?」

「謝らなくていいわって言っているのよ」

 今の気分で謝罪でもされたら怒鳴ってしまいそうだった。どうして烙印のことを黙ってくれなかったのかと、そう問い詰めてしまいたくなる。

「……えっと、その」

 戸惑うような声に、謝るリュイスが思い浮かぶ。リュイスの謝罪は謝罪とはいえないと、言ってやりたくなる。イユの気持ちを掻き乱す、余計な一言になるだけだ。

 だからこそ、何を期待しているのだろうと呆れた。

 何よりイユの味方はイユしかいない。それは、思い知らされたばかりの事実だったはずだ。ここで、他人に八つ当たりをしては期待していることになる。それを認めたくなくて、ささくれ立つ心を鎮めようとした。

「イユさんの味方にはなれなかったかもしれないですけれど」

 ところが、今回は違った。リュイスから溢れたのは謝罪ではない。どういう心境の変化なのかが分からず、思わず顔を上げてリュイスを見る。

 フードから、優しげな目が覗いていた。相変わらず吸い込まれそうな翠色をしている。

「その、できる限りは協力しますから。言ってください」


 聞いてみてもよいかもしれない。


 そうした僅かな期待が胸に宿る。一方で、あまりにもそれは口が軽いだろうと、警鐘を鳴らす心の声がある。口を閉じようとして、心は閉じられないことに気がついた。心の奥底にあるこの思いは、一人ではどうにもならないことを悟ってしまった。だから、その叶わぬ願いを口にする。


「……リュイスは、私がセーレに乗りたいって言ったらどう思う?」


 部屋の中がしんとなる。

 途端、イユを支配したのは、強烈な後悔だった。リュイスの反応を見たくはなかった。顔を覆ってしまいたいが、リュイスの返事が気になる自身もいる。結局どっちつかずのまま、じっと見てしまう。

「えっと」

 言葉を探すように口にする、そのリュイスの一言一言を噛みしめる。

「僕としては嬉しいんですけれど、その、暗示が心配で」

 暗示が問題だということは、イユも嫌でも分かっている。だから、諦めるべきなのだ。そう自分自身に言い聞かせる。

「逆に考えれば、暗示さえどうにかなればいいんでしょう?」

 出てきた言葉は、何故か考えていたはずのことと真逆であった。

「何か手があるんですか」

 どうしてこうも口が滑らかに動くのだろうと、自分で自分が不思議になる。

「……ダンタリオンにいるっていう魔術師。使えないの?」

 行き詰っていたのが不思議なぐらいに、頭のなかで考えがしっかりと練り上げられていく。まるで長い迷路の先に出口を見つけたときのような開放感があった。

「そいつ、シェイレスタ出身でしょう? シェイレスタとイクシウスの仲ってどうなの?」

「基本的にどの国も仲良くないです。ですが、協力を仰ぐのは……」

 難しいだろうと、イユもそれには同感だ。それに協力してくれと頼みこみにいくなんて、まずありえない。魔術師は会ったが最後、殴るだけでは済まさないと心に決めている。

「脅すのは」

 リュイスが返答を躊躇する姿勢をみせた。

 そこに重ねて言う。

「そいつ、天才なんでしょう? 暗示を解くぐらいできるはずよ」

「それは……、そうかもしれないです。ですが、危険です」

 危険なのは百も承知だ。非常に無茶な話であることも分かっている。

 けれど、光明はある。

「大丈夫よ。魔術師って基本的に魔術を唱えるのに時間がかかるの。だから、その時間さえ与えなければいいのよ」

 極悪非道な連中だが、強いわけではない。それをイユは知っている。

「脅して、暗示にかかっていたら解かせて、そうしたら私がイニシアに残る必要はないのよね?」

 身の潔白さえ証明できれば、それで万事解決のはずだ。

「リュイスは、見届け役として、暗示が解かれたのをみてくれればそれでいいの」

 イユ一人でダンタリオンに忍びこみたいところだが、そうはいかない。イユがセーレの位置を告げ口しないかレパードに心配されているうちは単独行動はできない。それに、その場で解かせたとしても、証明をする存在が必要だ。だからこれは、イユの考えついた最善策なのだ。

 リュイスを覗き込む。やはり、戸惑っているようで、容易に口を開こうとはしない。

 一押し足りなかったかと考える。けれど、他に理論武装できるものは思いつかない。


 ふと、リュイスが意を決したように口を開きかけ……。


「だめだ」


 扉を開ける音とその声で、リュイスの口が閉じられた。

 レパードだ。部屋に戻ってきたのだ。

「なんでよ」

 咄嗟に睨むと、レパードの冷たい瞳に見下ろされる。眼帯のせいで片目しかみえないが、その目で見られるとイクシウスの雪原にいたときよりも体が寒くなる。

「お前がその魔術師と組んでいないという保証があるか」

 またそれかと、言いたくなった。疑いだされたら、きりがない。

「……そんなことを言い出したら、何もできないじゃない」

「そうだ、何もしなくていい。それで俺らから離れろ。その方が幸せだ」

 言い切るレパードに言い返そうとして、良い言葉が咄嗟に思いつかない。レパードの言う幸せが、半分は本当にイユのことを思っての言葉だと分かったせいだ。

 けれど、何か言ってやらなくてはこの思いを諦めることになる。心の内に焦りが生まれる。やっとのことで、記憶から取り出したのは、宝石を売っていた老婆のあの言葉だ。

「このケチ」

「なんとでもいえ」

 まともに取り合いもされない。

「リュイス、お前も相手にするな。前で懲りただろ」

「……イユさんは、リアとは違う、と思います」

 リュイスの小声でありつつも反論する姿勢に、イユは少し期待した。

「どこがだ。お前につけ込むところとかそっくりだろ」

 その期待が、レパードの言葉で吹き飛ぶ。言い方に怒りを覚えたのだ。

「ちょっと何よ、その言い草は!」

「事実だろ。今だって現に……」

 イユには、リュイスの甘さに付け込むつもりはなかった。

 ところが、反論したあとで急に自信がなくなってくる。冷静になって考えると、傍からみたら今のはつけ込んだように見えるのかもしれないと、気がついたからだ。

 何よりイユは、生きるためにはなんだってやってやるという気持ちがあることを自覚している。


「イユさんはどちらかというと、何でも一人で解決しようとする人ですから、違いますよ」

 沈んだイユを庇う声があった。

「こいつと会って間もないのに何でそんなことが言えるんだ」

 レパードの疑問に返すリュイスの答えは、想像以上にあっさりしている。

「他人に頼る生き方をする人なら、イクシウスの白船がぶつかってきたとき一人で乗り込もうとしません」

 ただでさえ深くかぶった帽子を押さえつけるレパードの様子が目に入る。何回か見たことのある仕草だった。

 続けて反論しようとレパードが口を開いたとき、まるで見計らっていたかのように部屋をノックする音が聞こえた。

「サービスのパンを持ってきましたよ」

 レパードが扉を開けると、先ほどの女が手にバスケットを持っている。

「あぁ、サンキュ」

 今の会話を聞かれてはいないかと、警戒して女の様子を伺うが、自然体に映った。

「パンくずを食べ散らかさないようにしてくださいよ」

 バスケットを受け取ったレパードの前で、大きな音とともに扉が閉められる。部屋の空気がしんと静まった。

 話が途切れたので再開という気にはなれなかった。片手で帽子を押さえたレパードが、イユの向かいの椅子を引く。

「まずは食うか」

 何時の間にやらもう昼らしい。


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