その437 『飛行船の行き先』
「さて、無事に到着したが、これからどうするんだい?」
集落から少し離れたところに下ろされたイユたちは、砂の上に着地した。飛行石の無駄を省くため、小型飛行船は若干浮いた状態で止まっている。そこから飛び降りる形での着地だが、操縦者の腕が良いのか、大した高さではない。地面に船を着けていると言われたら信じるほどの高さである。
少なくとも、いつぞやのように、有り得ないほどの空中から飛び降りるような羽目にはなっていない。
「……無事に着陸したことが、こんなに新鮮とはな」
「1回ぐらい失敗しただけで、感動しすぎよ」
「いえ、普通は1回失敗したら命がありませんから」
レパードの感想に、イユが口答えし、そこをワイズが突っ込む。
「……それはいいんだが、どうするんだい?」
苛々したようなラダの口調に、レパードは少し考えるような顔をした。
着陸前に、既に飛行船で上空から周囲を確認している。だが、飛行船らしいものは何も見つかっていない。『魔術師』たちは既に去ってしまったか、そもそも寄ってすらいないのか、どちらかだろう。
「情報収集だな。ついでに、ここで水と食糧を入手しておきたい。どこにいくにしろ、先立つものがないと厳しいからな」
レパードの意見に、イユとワイズも頷く。既に持ってきたおにぎりは、飛行船に乗っている間に食べてしまい、今の手持ちはラダが持ってきた分だけだ。ラダだけなら数日分は余裕な食糧も、四人もいればあっという間になくなってしまう。全ては情報次第だが、一旦マゾンダに戻るにしても確かに確保しておいた方がいいかもしれない。
「それじゃあ、行ってくるといい。僕は整備をしているから」
イユたちは再び頷いた。
「リュイスを頼んだわ」
「あぁ、分かっているよ」
気を失ったままのリュイスは、留守番だ。まさか飛行船にリュイスを乗せたまま放っておくわけにもいかないので、ラダも残ることになった。
ラダに見送られ、集落までの道を行く。地面に下り立って見た集落は、黒いテントがぽつんぽつんと佇んでいて、どこか寂寥としていた。サンドリエの鉱山の前にあった村よりは大きいが、シェイレスタの都と比べると荒んだ感じが隠しきれない。砂漠とはいっても、植物が時折砂の中から生えている。それが、何故か荒廃具合を、より浮き彫りにしていた。夕闇に染まっているのもいけないのだろう。人気がしないのもある。
段々と不安になりながらも、イユたちは足を動かした。
「一応、柵はあるのね」
木の杭を打ち付けただけの柵を見て感想を述べるイユに、ワイズが頷いた。
「魔物避けでしょうね」
柵には鈴がぶら下がっている。跨ぎ越すと、鈴の音が鳴った。それに合わせて、テントの中から一人の青年が飛び出てくる。手に長銃を携えていた。
確かに、これは魔物避けの役割をしているようだと、イユは納得する。小さな魔物は音に驚いて逃げるだろうし、大きいものがぶつかってきても音で気がつける。だからだろうか。柵とテントまでは非常に距離がある。
「なんだ、客人か」
それでも、イユの耳は、飛び出してきた青年の呟きを拾った。安堵した様子でゆっくりこちらに歩いてくる。
赤銅色の装束に身を包んだ二十歳ぐらいの青年で、どこか人懐こい顔をしていた。浅黒い頬に蠍の入れ墨が入っているのは、この集落の人間の文化なのかもしれない。
「驚かせてすまない」
青年がやってくると、すぐにレパードはそう謝った。
それを受けて、青年が首を横に振る。
「いや、気にしないで。それより、何用?」
青年にしては高い声だった。さばさばとした物言いだが、言葉ほどきつく感じないのは、優しそうな目元のせいだろう。
「ちょっと聞きたいことがあってな。俺らより前に、飛行船がここにやってきていないか?」
青年は、薄灰色の瞳を光らせて、頷いた。
「来た、来た。今日は、やたらと外の客人が多い」
イユたちは、顔を見合わせる。全員の顔に、こう書いてあった。やはり、『魔術師』はここを訪れたのだろうかと。
「彼らのことを聞いてもよいですか?」
ワイズの言葉に、青年は素直に頷く。
「あぁ。あいつら、合わせて三回やってきた」
「三回?」
想像以上の数に、首を傾げる。
「一回目、イクシウスの白船。二回目、シェパングの黒船。三回目、小型飛行船」
青年が続ける。
「皆、やってきただけ。最後の小型飛行船から男女が出てきて、それぞれの国の船に乗って飛び立った」
青年の話を聞いて、ワイズが溜息をついた。
「やっぱり、完全に後手に回ったようですね」
恐らく、三回目の小型飛行船が、イユたちが傾いた塔から見送ったあの飛行船だ。あそこには『魔術師』たちが乗っていた。彼らは、イグオールの集落で一度下りて、それぞれの国の船に乗り換えたのだ。理由は、目的を達して帰るだけになったから、だろうか。
「全員が出ていったのは何時頃か分かるか?」
レパードの質問に、青年は真上を指さして答えた。
「太陽、あそこにあった」
つまり、正午だろう。
「ねぇ、それぞれの船がどこに飛んでいったかは、わかる?」
イユが尋ねると、青年はイユから視線を外して頷いた。
「白船はあっちだ。黒船はこっち、小型飛行船はそっち」
指を、それぞれの空へと向ける。イユでも分かった。それらの方角の先には、それぞれ、イクシウス、シェパング、シェイレスタがある。
「つまり、どちらも自国に帰ったと。……姉さんは小型飛行船でシェイレスタ、ですか」
ワイズがそうまとめる。
ところが、青年は少し考えるようにして、首を横に振った。
「違う。黒船はあっちに飛んでいった後、もう1回きた。そのときは、集落下りなかった」
集落の上空を飛んだと、青年は言う。
イユはゴクリと息を呑んだ。
「あっちだ。シェイレスタの空、飛んでいった」




