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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
436/994

その436 『夕暮れに溶け合う』

 あっという間に、夕暮れだ。

 飛行船に乗って、たった数十分。少し日が傾いたと思ったら、途端に空が薄暗くなりはじめる。ワイズの言った通りである。これならイグオールに到着した頃には多少無理して防寒着を着込んでも別におかしくはなさそうだ。

 当のワイズは少し前から眠っている。暑いなかでよく眠れるなと感心するが、それだけ身体に負担があるということなのかもしれない。レパードも目を閉じていた。こうなると、話し相手になるのはラダだけだ。

「見つけられそうなの?」

 移動するという集落を探すには、目が命だ。イユもまた、飛行船の側面から集落を見つけようと乗り出した。通り過ぎた三角館ほど分かりやすい造形なら見つけられる自信があったが、集落は、果たしてどうなのだろう。家の代わりにテントが張られているとは聞いているが、砂にまみれて分かりにくいのではないかと懸念している。

「あぁ。多分だけれど、そろそろだろう。君も寝ておいた方が良かったんじゃないかい?」

 ラダは過去形で、イユにそう問いかける。今から寝ようとしても殆ど寝付けないだろうと、言われた気がした。

「私は平気よ」

「まぁ、強くは言わないさ」

 ラダはそれだけ答えると、ハンドルを少し傾けた。

「ねぇ、ラダはレパードのことが嫌いなの?」

 目を閉じたままのレパードは何も言わない。本当に眠ってしまったのだろう。

 一方のラダは、起きているというのに返事をするのが少し遅かった。

「君の次はレパードのことかい?僕はそんなに人を嫌っているように見えるのかな」

 イユは言い淀んだ。

「ラダは、レパードのことを船長と呼ばないから」

「それは君もだろう?」

 言われて、押し黙る。その通り、イユはレパードのことを船長と呼んでいない。セーレにいたいと言いながら、レパードのことは『船長』ではなく『レパード』と呼ぶことに全く違和感を感じていなかった。当たり前過ぎて自分でも忘れていたその理由を掘り起こす。

「リュイスも、レパードのことを『レパード』って呼ぶから」

「それだけかい?」

「……それだけよ」

 ラダの確認に、頷いて返す。本当は、レパードが自分自身を「所詮雇われだから」といっていたことが脳裏に浮かんだ。リュイスに、『さん』付けで呼ぶのをやめてと言ったとき、当然イユはレパードの呼び名も変えるべきかどうか考えている。だが、そのときは、そのまま保留にした。深く考えたわけではない。なんとなく、本人があまり船長と呼ばれることに嬉しそうではなかったような気がして言い出さなかっただけだ。以来、ずっと『レパード』呼びだ。

 だが、ラダは違う。リュイスが特別レパードを気に掛けて、船長呼びをしていないのとも異なる。

「そうだね……。好きか嫌いかでいったら……、憎々しいかな」

 ラダの吐露に、イユは思わず目を瞬く。

「憎々しい?」

「そう。それに、少し羨望も混じっている。口惜しい気持ちもあるかな」

 挙げられる感情の断片に、イユは首を傾げる。裏と表のある男だと認識していたが、随分素直だ。ひょっとしたら今回のセーレの件で、一番傷ついているのはラダなのではないかと感じるほどに、らしくもなく弱弱しさが垣間見えていた。

「僕にとっての『船長』は、憧れの人でね。こう見えても、不良だった僕に目を掛けてくれて、外の世界の知識を授けてくれたんだ」

 レパードを船長と呼ばないはずのラダの発言に、イユはきょとんとする。

「航海士としての知識もそのときに全部身に着けた。豪快だったけれど、真っ直ぐで、素敵な奥さんを連れていて、よく理想を語った。いつも言っていたよ。『俺は、カルタータの外に出るんだ』って。それどころか、僕を勧誘するんだ。『お前もこんな窮屈な場所にいないで、もっと広い世界を見るべきだ。そうしたらてめぇの持っている価値観なんざ、すぐに変わっちまうからよ』ってね」

 ラダの語りを聞いて、ラダが話す船長が、レパードのことではないということにようやく気が付く。恐らくは、セーレの以前の船長だろう。ラダはその船長に傾倒していた。だから、レパードのことを船長とは呼ばないのだ。

「立派な人だった。ちょっと強引だったけれど、それが逆に良い味を出していたと思う。それなのに、ね」

 ラダはイユの方を振り向かない。操縦に集中している。だから、表情が見えない。

「結局、僕は船長の守りたいものを全部、守れなかった。それが悔しくて、レパードに全部背負わせただけの自分が憎々しいんだ」

 イユには唯一ラダの手だけが見えた。そのきつく握られた手は、真っ白だ。

「……悲しいわね」

 ラダから視線を外して、夕暮れ時の空を見る。その空は、燃えるような赤と、眩しいだけの蒼が溶け合って、複雑な色に仕上がっていた。

 イユが見ているものが何か分かったのか、ラダもまた頷いた。

「そうだね。悲しい景色だ」



「もう着陸だ」

 ラダの発言に、イグオールの集落が見えたのだと気づいた。身を乗り出すイユは、旋回する飛行船越しにそれを見つける。

 砂漠にぽつんぽつんと黒いシミのように浮かぶ集落だ。空から眺めると、広々とした砂漠しかないからか、存在感があった。

「あれが……」

 イユの言葉に、ラダが頷く。

「あぁ、他にそれらしいものもない。あそこのことだろうね」

 目を凝らしてみる。家と思しきテントが、夕暮れの光を浴びて、黒色を明るく染めている。布のような生地を使っているようにみえるが、遠目には布とは思えないほどしっかりしている。インセートで訪れたサーカス『夜咲きの花』のテントのことが浮かんだ。あれもしっかりしていたが、同時に大きかった。今回眺めているテントは、大きいものでもあのときの半分ほどしかない。

「レパード!ワイズ!起きなさい。着いたわ」

 ラダが着地地点を探して、旋回している。その間に、イユは二人を叩き起こした。

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