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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
434/993

その434 『殴りたい顔』

 叫んだ瞬間、ぐらっと体が傾いた。

 慌てて、レパードが受け止めようとし、ワイズが呆れた顔を向ける。

「治癒力を上げたとはいえ、完治したわけじゃないでしょう?」

 むっとなるイユを見てか、ラダが「ふふっ」と笑みを浮かべる。

「相変わらずだね」

 馬鹿にしているだろう口調で、相変わらずはどちらだと言ってやりたくなった。

「ラダ。お前、どうやって……」

 レパードが呆然とした声を発する。

「セーレの言伝で『助けてほしい』と書かれていたから、やってきたまでさ。最も、まさかシェイレスタに向かう途中で立ち寄ったここで、いきなり見知った君たちが、魔物に喰われそうになっているとは思わなかった」

 目を疑ったよと告げるラダに、レパードからイユへと視線が刺さる。

「まさか……」

 イユはこくりと頷いた。

「レパードがいなくなったとき、ギルドに言伝をしておいたの。どう考えても、私の手には余る問題だったから」

 カメラを手に入れてマゾンダに戻ったとき、イユはギルドに寄っている。暗い部屋を用意してもらいフィルムの内容を確認するのと同時に、言伝もセーレ全員へ投げていた。特にレパードに伝えていなかったのは、レパードがそれを確認していないとは思わなかったからだ。どうもクルトと一緒にギルドに向かったときは、人が多すぎてセーレの言伝を確認するどころではなかったらしい。

「……刹那も言伝を読めるんだぞ?」

 意外なレパードの反応に、イユは首を傾げた。まるで言伝をしたことを非難されているかのようだ。

「知っているわ。だから私が書いたのは刹那も知っているような情報だけよ。セーレがああなったことは刹那の背後にいる『魔術師』たちが関与しているんだもの」

「確か、『助けてほしい。セーレが大変なことになった』だったね。このメンバーがボロボロになっている辺り、ろくでもないことがあったようだが」

 ラダの補足に、レパードが考えるような顔をし、それからラダに向き直った。イユには、そんなレパードの考えが理解できない。何か、まずかったのだろうか。

「……セーレは、襲われた。恐らくは『魔術師』の連中に」

 ラダの顔色が変わった。

「『恐らくは』?」

「俺は、シェイレスタの都に潜入していた。こいつも一緒だ。戻ってきたとき、……セーレは燃えていた」

 ラダが何も言わず、数歩レパードに近づいた。その怒りを灯した瞳を見て、イユは息を呑む。

「マーサさんは?他の船員たちは?」

「分からない。死体はなかった。だから、攫われたんだと仮定している」

 ぎりっとラダが歯を食いしばった。その勢いのまま、レパードの襟に手を伸ばす。

 捕まれたレパードは抵抗をしなかった。大人しく首を持ち上げられている。

 イユは、ラダがレパードを殴りつけるのだと思った。しかし、意外にもそうはならなかった。

 ばっと、ラダがレパードを離したからだ。

「……お前が死にかけじゃなければ、殴っていた」

 ラダがくるりと背を向ける。レパードは砂に手をついて、「ごほごほ」とむせている。

 ラダが近くで倒れていたリュイスを肩に背負うのを見ても、イユにはラダが何をしたいのか分からず、立ち尽くすよりなかった。

 知らなかった。ラダは、レパードのことを、船長と呼んでいない。ラダが第一に心配したのは、飲み仲間のようにみえたミンドールではなく、マーサだった。船が燃えたと聞いたときのラダの怒りようは、とても際立っていた。イユには知らない事情が、ラダとレパードの間にはある。

 何歩か歩いたところで、ついてこない皆を察してか、ラダがくるりと首だけを捻った。

「乗りなよ。四人なら余裕だ。……まさか、君たちが何の目的もなく魔物と心中を図っていたなんて言わないだろう?」

 その声音には、「無策だったら決してお前たちを許さない」という響きが込められていた。強張った表情のまま、イユはふらふらと歩き出した。



 ラダの飛行船は、カラレスに借りた飛行船より一回り大きい六人乗りだった。砂の上に着陸している飛行船は、真新しく、ぴかぴかと銀色に光っている。

「ギルドに借りたんだ。何故か、マドンナから僕宛ての依頼が来てね。マゾンダまで運ぶようにという指示だった。保留にしておいたんだけど、本人がああなった後も依頼自体は受付を通してせっつかれていてね。ちょうどいいから使わせてもらった」

 何も話さないイユたちに対して、ラダがそう説明する。

「さぁ、乗りなよ。見知らぬ顔の君も遠慮しなくていい」

 ラダに話を振られて、ワイズが「では、遠慮なく」と返す。

 ラダは後部座席にリュイスを乗せると、自分は助手席に乗せてある荷物を手に取った。おずおずと乗り込んだイユたちを見ながら、余った後部座席にそれを運ぶ。

「この荷物に水が入っている。医薬品の類もあるからそれを使うと良い。特にイユ。気づいていないみたいだから言うが、酷い格好だ」

 荷物は、ワイズの乗った後部座席の隣にある。ワイズが鞄を取り出し、すぐに、水に僅かに塩を足したものを袋に入れ、前の席に座っているイユに手渡した。

「リュイスさんに」

 水を受け取ったイユはすぐに、リュイスの首の後ろに当てる。なるべく早く身体を冷やさないと、危険だ。

 続けて渡された濡れたタオルで、身体も拭いてやる。

「……それで?どこに行けばいい?」

 ラダ自身は、運転席に乗り込み、助手席に座ったレパードに声を掛けた。

「この近くにあるっていう、イグオールって集落だ。場所は……、転々としているらしいから上から確認するしかない」

「なるほど、場所も分からない地に行こうとしていたと」

 ラダの皮肉めいた言い方に、レパードが沈黙で返している。

「イユさん、消毒液と止血用の包帯です。レパードさんに。彼は、僕の魔術も掛けていませんから」

 一通り拭き終わったイユを見計らって、ワイズが消毒液と包帯を手渡す。砂鮫に噛まれたまま止血も済ませていなかったらしい。慌ててレパードに手渡したせいで、ラダとレパードの間に入り込む結果となった。

「……」

 二人の間の沈黙に、場違いな感じがしてしまったが、怪我を放置しているレパードがおかしいのだと思い直す。

「レパード、上着を脱ぎなさい」

「……いや待て。まずお前の酷い有様を」

「飛ぶ前に止血しとかないと、まずいでしょう」

「……」

 命令するイユに、レパードが反論するが、イユは有無を言わせない。大人しく従ったレパードの、左腕を見て、イユは息を呑んだ。

「ちょっと、なんでそんな平気そうにしているのよ!」

「……いや、お前にだけは言われたくないぞ」

 消毒液なんて使えたものではない。血が止まっていないことに今更気づいたイユは思いっきり、包帯を巻いた。

「待て、俺を殺す気か!応急手当は習っただろ」

 強すぎたらしく、反論される。

「習ったけれど、実戦は殆ど初めてだと思うわ」

「分かった、俺が自分でやるからお前はこれ以上きつく締めようとするな。俺の腕が蒼くなっている」

 レパードに止められて、「むむっ」と唸る。

「相変わらず、賑やかなことだね」

 そんな二人を見てか、ラダが感想を述べた。なんとなく、先ほどまでの空気が和らいだのを感じて、本音をぶつけてみる。

「ラダは、私のことが嫌いだと思っていたわ。だから来てくれないと思っていたの」

 自分で止血しだしたレパードの器用さを横目に、ラダの様子を窺った。

 ラダは飛行船を飛ばすために、何やら機器をいじっている。悠長にやっていると、いつか魔物が近づいてくる。だからそのことも当然、頭に入れての行動だろう。

「……どうして僕が君を嫌っていると思ったんだい?」

「ミンドールとそんなことを話していたから」

 以前、ラダがミンドールに、「心を許しすぎだ」と話していたことを話題に出す。

「まさか聞かれていたとはね」

 ラダは否定しなかった。

 イユの、聴力を調整するという異能を前に、嘘を言っても仕方ないと思ったのだろうと、イユは解釈する。

「だが、それとこれとは話が違うと思うが」

「……?」

 ラダの心が読めず、イユの頭に疑問符が浮かぶ。

「君が暗示に掛かった件は、君の性格に起因するものではないだろう。だからむしろ、僕は君を憐れんですらいたさ」

 意外な返答に、しかし騙されないぞと思った。ラダは、表と裏のある人間だ。

「私が『異能者』であることも……?」

 食い下がったつもりだったのだが、ラダからしては大したことのない反論だったらしい。

「それこそ、君自身とは無縁だろう。君は好きで『異能者』に生まれたのかい?」

「それは違うけれど……」

 ラダの言葉にイユは、よくわからなくなった。ラダは、『異能者』であり且つ、暗示を掛けられたイユに、警戒を示していたはずだ。だから、ラダはイユに、「大切なものを守るために自分はここを去る」と宣言したのではなかったのか。

 ラダという人間が、よくわからない。久しぶりに再会したと思ったら、レパードに殴りかかる。イユには、何も言ってこない。そんな人間がよく、分からない。

「でも、私が、暗示に掛かっていたから、セーレは……」

 事情を知らないからだと思って、口にしようとし、うまく言葉にならなかった。

「君は残ることで、大切なものを守ろうとしたんだろう?」

 ラダは、イユに視線を合わせようともしなかった。あくまで機器をいじりつつ、淡々と答えていく。

「僕は去ることで、大切なものを守ろうとした。その結果がこれさ」

 結局、どちらが正しかったんだろうね?と、冷たく笑った。

 ラダが本当に殴りたい人は、自分自身だったのかもしれないと、今にして思った。

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