その430 『第二陣』
飛びかかってきた魔物に向かって、イユは身を竦めて、魔物の内側に入り込もうとする。
それを察知したように、もう一体がイユに向かって襲いかかってきた。
狙いは、イユがまさに入り込もうとした魔物の内側だ。魔物の屈み方と低めの跳躍からそう判断し、内心舌打ちをする。
(こいつらは……!)
仲間など全く気にしていないようで、連携はしっかりとってくる。
更に嫌らしいことに、最後の一体の狙いは、倒れているリュイスたちだった。レパードは後方の爆音から察するに、三体の相手で忙しいだろう。それならば、イユは目の前の三体をどうにか引き受けなければならない。
瞬時に身を翻すと、リュイスたちを狙う一体へと駆ける。イユを狙った一体が、尻尾でも踏まれたような声で鳴いていたが、後回しだ。
足に力を込め、跳躍する。そのまま、リュイスを喰らおうと口を開けた魔物の横っ腹へと蹴りをいれる。
だが、今まさに蹴りをいれようとしたその瞬間、魔物の首がくるりとイユの方に捻られた。
(なっ……!)
イユが、リュイスたちの身柄を優先すると、読まれていた。そう悟る。
しかし、ここまできてしまっては、危険を感じて足を引っ込めることもできない。そのまま魔物を蹴り飛ばした。
魔物は、蹴られた勢いで確かに吹き飛んだ。だが、はじめからイユの攻撃が来ることを予想していたのだろう。くるりと砂漠の上で身を翻すと、すぐに体勢を建て直す。間髪いれず、今度はイユに向かって飛び込んできた。
(不味い!)
蹴り飛ばしたばかりで、体勢が整っていないのはイユの方だ。そのうえで、眼下に映る影から、より切迫した事態を想定する。
舌打ちしたくなる内心を圧し殺し、すぐにリュイスたちを抱えながら横に飛ぶ。
焦っていたせいで着地もままならなかった。砂に飛び込むように突っ込む。リュイスたちの身体が砂にうもれ、イユの視界も白い砂に染まった。そんななか、背中から風を感じる。
次の瞬間、魔物たちの悲鳴が上がった。イユの前後から突っ込んできた二体の魔物が、頭をぶつけ合ったのだ。イユの前方にいた魔物はイユを狙い、後方にいた魔物は、リュイスを狙っていた。イユがリュイスたちを抱えたから、狙いが重なって、そのまま互いにぶつかったらしい。妙なところで抜けていてくれて、助かった。
だが、おちおち魔物の間抜け面を想像している暇はない。無傷な魔物はもう一体いるはずだ。
危機感を抱いて起き上がろうとしたイユの背後には、イユを頭から食いちぎろうと大きな口を開けて牙を剥き出しにした魔物が、すぐそこに迫っていた。
立ち上がっている時間はない。だが、辛うじて構えるぐらいの時間はあった。気配に気付き振り返ったイユは、魔物を睨みつける。
相手に喰われる直前に、あの口に向かって殴り込むしかない。それが、瞬時に下したイユの結論だった。上顎を狙えば、魔物は口を閉じる前に運良く、吹き飛んでくれるかもしれない。そうすれば、イユは無傷だ。
それでもあの牙だ。それがどれほどあり得ない考えかは、イユが一番分かっている。だが、今のイユにできる最高の策は、これしか思い付かなかったのだ。
だから、何かを察知したように、魔物が急に足を止めて下がったのには、一瞬理解が追い付かなかった。殴り損ねたイユは、たたらを踏み、次の瞬間、砂の上を駆ける音を聞いて真っ青になる。
とにかくと、砂に埋もれたリュイスたちを引っ張りあげる。そのまま押しやった。砂の上を無惨に転がる羽目になって、砂まみれと化した二人に同情している余裕はない。イユ自身も、横に飛ぶ。
早くも持ち直した一体が、先ほどまでイユがいた場所に着地した。
音を聞いて判断したから、辛うじて助かった。あの場にいたのが少しでも長かったら、今頃背後から乗り掛かられて、頭ごと食べられていたかもしれない。じわりと汗がにじむ。
はっきりと、目の前の魔物に手強さを感じた。同じ魔物でも、はじめのうちに倒した魔物より、素早いだけでなく、知恵のある動きをしてくる。同じ魔物でも差があるということなのか、仲間がやられたことで学習をしたのか、中々に厄介だ。
だが、学習したのはイユも同じである。砂に足をとられつつも、イユのすぐ隣に着地した魔物の尾の動きを予想して、何とかその場から離脱する。
案の定、すかさず飛んできた尾は、先ほどまでイユがいたところへと飛んでいった。
狙うなら今だ。尾を振り回すことで動きが遅れている魔物へと、全力で走る。その背中に乗るように飛び上がり、蹴りを叩き込んだ。
全体重をのせた蹴りだ。鈍い音を立てて、魔物の背が崩れる。魔物が悲鳴を上げた。
そのとき、魔物のいた地面が、陰った。イユの頭上に迫っていたもう一体の仕業だ。イユが魔物を打ち倒すその瞬間を狙っていたのだろう。背中から崩れたことで、結果として魔物の背に乗ったイユの足場は、悪くなっている。今なら避けきれないと思われたのだ。
だが、次の瞬間、その魔物は、横なぎに倒れていった。動きを予想したイユが、その手で凪払ったのだ。魔物は見事それを受けて、崩れていく。
魔物がイユの動きを予測したように、イユも魔物の動きを学習していた。だから、襲ってくることを予想して、すぐに構えたのだ。それが、効を成した。
残すところ、あと一体だ。
視線をリュイスたちに向けたところで、今まさに彼らに向かって飛びかかろうとする最後の一体の姿が目に入った。隙あらば弱者を狙おうとするその姿勢に、ある意味驚嘆だ。
「させないわ!」
足に力を込めて、全力で走る。あと一体だ。邪魔も入りようがない。そう慢心したイユの目の前で、突然砂埃が舞った。
視界を遮られ、おまけに、そこに魔物の鳴き声も聞こえ、慌てて距離を取る。
「ちょっと!」
「悪い!」
文句を言ったら、すぐに謝罪が返ってきた。砂埃の向こう側で雷鳴が轟いている。青光だけが見えているので、何が起きているか分かりにくい。
目をこらして、ようやくレパードのものらしい帽子の赤い羽根が目に入る。その位置が、地面と同じ位置にあるのに気付いて、すぐさま砂埃の中に突っ込んだ。
薄目で見えた情報に、魔物の体毛があった。そこに向かって思いっきり飛びつく。
魔物の悲鳴が聞こえ、イユの身体は砂埃の向こう側へと魔物と一緒に飛んだ。魔物が砂の上に叩きつけられる。だが、所詮は砂漠の砂だ。衝撃を吸収してしまい、致命傷には至らない。すぐに距離を取ったイユの目の前で、地面を這うような雷撃が走った。魔物が一瞬にして黒焦げになる。
臭いに思わず鼻をつまみ、リュイスたちを探す。姿はすぐに見つかった。砂まみれの二人の隣で、イユの目の前にあるのと同じような黒焦げの死骸が転がっている。先ほどの青光は、リュイスたちを守るためにも放たれたもののようだ。
振り返ると、砂埃が収まったところだった。レパードが、やれやれという感じで、起き上がっている。その右腕の服が破れているのに気がついた。
「無事?」
「危うく、喰われかけたがな」
どうやら、先ほどの魔物が、レパードを食べようとしていたらしい。イユが突っ込んだお陰で助かった様子である。
「だがまぁ、これで一丁上がりってか」
レパードの言葉に気がついた。周囲にいた魔物の姿が、今はない。いつの間にか、二人できっかり十五体、倒してしまったのだろう。
へなへなと、イユはその場に屈みこんだ。
「さすがに、疲れたわ」
いきなり屈むとレパードが心配しそうなので、理由も口にする。
「同感だ」
レパードもへなへなと屈みこんだ。
「暑すぎる」
動いている間は、必死すぎたのもあってか、暑さを感じるどころではなかった。だが今は、滝のような汗が流れている。おまけに砂まみれだ。口のなかも砂でじゃりじゃりして気持ち悪い。
すぐに水筒の水を飲もうとして、気がついた。
「ねぇ、レパード」
「なんだ?」
恐る恐る声をかけるイユに、分かっていないレパードが聞き返す。イユは、倒れているリュイスたちを指差した。
「魔物の死骸が、ないわ」
先ほどまであったはずの、黒焦げの死骸が、消えてなくなっている。




