その424 『頑固者』
「なんで、リュイスまでそんな顔をするのよ。何?反対してほしいわけ?」
イユが呆れるように言えば、リュイスは恥じるように視線を逸らす。
「そうじゃなくて、上には『魔術師』がいるんでしょ?あいつら全員がそこにいる、でよいのよね?」
イユの発言に、レパードがはっとしたような顔をする。今まで、我を失って、冷静さを欠いていたことに気付いたらしい。
「はい。ブライトに刹那、サロウさんと克望さんがいます」
『魔術師』相手にさん付けで呼ぶリュイスに内心あきれ果てつつ、
「だそうだけど?」
とレパードに話を振る。レパードなら、これで十分理解するはずだ。
「……なるほどな、行かざるを得ないって奴か」
実際に気づいたレパードは、そう唸った。
「皆さんの仲間が捕まっているのであれば、これは確かにまたとない機会ですね」
「えぇ、場所を吐かせてやれるわ」
ワイズの言葉にイユが同意するのをみて、リュイスが「えっ」と声を挙げる。
リュイスはまだ事情を知らない。当然の反応に、レパードがリュイスに事情を説明しだす。
「しかし、上というのはあの瓦礫より先のことを指すのでしょう?どうみてもあそこの瓦礫が邪魔な様子ですが……、あなたたちでどうにかなるものなのですか」
レパードの説明に全員が付き合う必要もないと判断してか、ワイズがイユにそう問いかける。
イユは頭上を見上げて、げんなりした。ただ大穴を塞いでいるだけなら良かった。階段はいきていると思っていたからだ。だが、この位置からはじめて、下り階段と思われる位置にまで瓦礫が及んでいることを視認できてしまった。これは、どかすより他に手がない。
「……骨は折れそうね」
本当はリュイスが元気なら、風の魔法を使えば一発解決だろう。だが、ぼろぼろのリュイスに魔法を使わせるのは気が引ける。
レパードの雷の魔法で、瓦礫そのものを消すことができるかどうかは、イユにはよくわからない。
となると、イユ自身だが、できないかできるかでいえば、できる気がした。イユであれば、その力で思いっきり殴り飛ばせば、瓦礫を粉々にすることは可能だろう。だが、塞がった瓦礫全てを片付けるとなると、何度も殴らないといけない。どれぐらい時間が掛かるかは未知数だ。
「瓦礫は、僕の魔法で何とかします」
説明を一通り聞いたリュイスが、そう口にした。
「だから、連れていってもらえませんか」
リュイスの魂胆はみえている。要するに、自分は魔法が使えるほどには大丈夫だから同行させろというわけだ。相変わらず、お人好しな割りに頑固だ。
「その怪我では、逆に助けたい人が助けられなくなるかもしれませんよ?」
ワイズの言葉に、リュイスは首を横に振る。
「いえ、これは僕の我が儘ですから、僕がいかないといけないことです」
リュイスの『これ』とは、セーレの仲間の居場所を突き止めることではないだろう。あくまで、シズリナを助けたい様子だ。
馬鹿じゃないの、とイユは言いたい。イユにとってのシズリナは、毒のナイフで斬りつけてきた敵だ。一つ間違えれば、イユも死んでいただろう。
「あんたがそこまでする必要は、ないでしょうが」
しかし、リュイスはイユの言葉に首を縦に振ることは無い。その頑なさは、他人にはまず理解できないものに映る。イユはその優しさに助けられた身だから文句を言うつもりはなかったが、レパードの苛立ちには気が付いていた。
「……『魔術師』と対峙するときは、お前は隠れていろ」
それでも、レパードは親切だ。頑固者におされて、それだけの妥協をみせるのだから、イユは逆に感心してしまう。
「それは……」
しかし、リュイスにはその親切さが伝わらないのか、まだ不満そうだ。
「普段魔法で好き勝手出来る奴が、弱っているんだ。姿をみせればお前から狙われる。当然の判断だろ」
「……はい」
レパードに理屈で悟らされ、ようやく大人しく頷くリュイスを、やれやれと見守る。それにしても、リュイスは変わらず、『超』が付くほどのお人好しっぷりだ。それを根っからの性格とみていたのが今までだったが、イユにはどうしても薦められた絵本をきっかけに、思うことがあった。聞いてみたいが、今はリュイスにとって初対面のワイズもいる。ただでさえ、リュイスは自分の心の内をぺらぺらと話す質はないので、問い詰めたところで話さないだろうなと感じている。
「どちらにせよ、少し休ませていただかないと、動けそうにはないです」
ワイズが進んで弱音を吐く。その言い草に、ワイズではなくリュイス自身を案じて告げているだろうことは、イユとレパードには伝わった。リュイスはわかっていないらしく、「分かりました」などと素直に頷いている。
「あぁ、休憩したら動こう」
そう言いながら、ふらふらと登り階段の近くまで歩いていくレパードに、イユは訝し気な視線をぶつける。それに気づいたように、レパードが答えた。
「……念のためだ。奴らは、あのすぐそこに見えている瓦礫より上の階にいるんだろう?」
「最上階です」
レパードの確認に、リュイスが答える。
「……つまり、奴らからしたら、下りようとしたら瓦礫に塞がれて下りられない状況じゃないのか?俺らが上がるより先に、瓦礫を残らずばらばらにしてくる可能性もあるが、実は既に人一人分は通れる隙間があって、今まさに下りてこようとしているという可能性もある」
レパードの想像は、イユをぞっとさせるのに十分だった。
「つまり、見張りを買っていただけると?」
ワイズの言葉に、レパードは頷く。
「そういうことだ」
「それなら……」
「分かっていると思うが、ここを見張るのは俺一人でいい。イユは急に瓦礫をぶち破られた場合に備えて、音だけはよく聞いておいてくれ。だが、それ以外は休んでいればいい」
何か言い掛けたリュイスを制して、レパードがイユに話を振る。意図が見え透いているだけに、イユは素直に頷いた。
「分かったわ。そういうわけよ、大人しく休んでいましょう」
これがリュイスだけ休ませる話なら、リュイスは大人しく頷かないだろうが、イユやワイズもとなると話は別だ。
「……ありがとうございます」
大人しくリュイスが礼を言い、目を閉じる。やはり無理をしていたのだろう、寝息が聞こえるのにさほど時間はかからなかった。
「……これでおいていったら、不味いのですか?」
ワイズが、リュイスの様子を覗き見ながら、ぽつりと告げる。確かにそれは一種の手のように思えたが……、
「やめておいた方がいい。何故かこいつは俺らが歩き出すと、気配に気づいて目を覚ますからな」
既に過去実践済みだというようにレパードに断言されてしまった。




