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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
423/992

その423 『懇願』

 「……は?」

 意味が分からず口を開いたレパードに、リュイスが続ける。

「上に、シズリナさん、……えっと、助けたい人がいるんです。早くしないと、彼女が捕まってしまいます」

 急な発言に戸惑うイユたちより、ワイズが一番冷静だった。

「捕まるというのは、姉さんたちにですか?」

 その言葉に、イユははっとする。

「そうです」

 リュイスの断言で、リュイスがこの塔に逃げ込んだわけではないのだと察する。この塔のどこかにブライトたちがいるのだ。その可能性も考えてはいたが、ここではっきりと、リュイスは、塔にいるブライトたちから逃げだしたのだということが、明瞭になる。

「彼らの本当の狙いは、僕ではなくてシズリナさんでした。シズリナさんは僕を助けようと逃がしてくれたんです。だから、手遅れになる前に助けないと……」

「ワイズ」

 リュイスの言葉を遮って、レパードが低い声で確認する。

「リュイスは、暗示に掛かっているのか?」

 その言葉に、リュイスがはっとした顔をする。

 リュイスの瞳が揺れているのを見たイユは、動揺しているのだと悟った。

 レパードに自分の言い分を信じてもらえない。それも、リュイスの言葉に原因があるのではなく、もっと根本的なところから、「『魔術師』の元に戻る」という発言をするリュイスの心を疑っている。

 それは、『魔術師』に捕まっていた事実があるからだが、リュイスの裏切られたような顔が印象的だった。もっとも、同じような経験を散々してきたイユには、その気持ちは痛いほど分かる。


 幸いにも、こういうときのために、ついてきた『魔術師』がいる。


「……掛かっていませんよ。複数の『魔術師』の形跡はありますがね」

 ワイズの言い分を信じるかどうかという問題は別にある。だが、ここで嘘を言われたところで、イユたちでは気づくことはできない。絶対に安心と言いきることはできないが、今は、是とするしかないだろう。

 それに、イユたちは正直なところ、疑うことに、とうに疲れていた。このままでは進む話も先に進まない。

 だが、それはそれとして、リュイスが本心で『魔術師』がいるだろう場所に人助けをしにいこうとすることには、別の問題がある。その体でいけるわけがないだろうと、声高にして言いたいところだ。


「そうか……」

 レパードもまた、どこか諦めた顔をして、目をつむる。

「レパード?」

 目をつむる時間があまりに長くて、イユはつい訝しむ。

 そんなイユの声にも、レパードは答えない。代わりに、リュイスに問うた。

「シズリナというのは、例のストーカー女で間違いないな?」

 レパードの質問に、イユはぎょっとしてリュイスを見た。

 レパードがそう呼ぶ人物を、あの女以外に知らない。インセートに現れた暗殺者の女だ。紫の髪をなびかせて、飛竜とともに飛んできたあの姿は、できればもう二度と会いたくない。

「そうです」

 リュイスの肯定に、沈黙が満ちる。その空気といえば、朝方の砂漠から塔へ入ってきたとは思えないほどに、しんと冷え渡っていた。

 そんな沈黙を破ったのは、レパードが先だった。


「いい加減にしろ!」


 いい加減にしろ!いい加減にしろ……!

 声が反響して、耳に返ってくる。イユはごくりと息を呑んだ。こんな風に、真剣に怒るレパードを見るのは、初めてだ。銃口を当てられたときの冷たさとは別の、怖さがそこにあった。まるで、傷つけてはいけない人を傷つけてしまったような、厳しかった母を呆れさせるほど怒らせてしまったときのような、そんな脆さを伴う怖さだ。

「お前の命を狙った女だろう。何故助ける必要がある?見るからに衰弱したお前が飛び出していって、どうするつもりだ?首でも差し出しにいくのか?」

 レパードの声には、愚かなリュイスを諭す響きを多分に含んでいた。同時に、リュイスを案じる声が潜んでいる。

「そんなことありません。シズリナさんは、もう僕を襲うことはないと……思います」

 断言できないのだろう、リュイスが言葉を若干詰まらせながら、どうにか頷く。


「だがそのシズリナは、俺らの仲間を殺したんだぞ!」


 殺したんだぞ……!

 若干反響した声に、リュイスの顔が歪んだ。それでも、リュイスの瞳は陰っていない。諦めていないのだと、イユにはわかる。

 イユにもわかるぐらいなのだから、長い付き合いのレパードも当然のように分かっていた。


「お前が助けにいってどうなる?人助けもほどほどにしろ。いい加減に現実を見てくれ。俺らがいなかったら助けに行くこともできなかっただろう。何故動こうとする?手当たり次第に手を差し伸べたところで、幾らお前でも限界があるんだ。お前が助けた奴に、お前が斬られでもしたら、俺は……」

 レパードが言葉を詰まらせる。

 レパードの気持ちは、よくわかる。レパードは、リュイスを助けたいのだ。それなのに、自分を襲った相手すら助けようと動くリュイスが、よくわからないのだ。

「すみません、レパード。僕は、レパードを困らせています」

 しかし、リュイスもまた、折れない。

「ですが、僕はここで諦めたくありません」

 翠色の瞳を滾らせて、真っ直ぐにレパードを見つめ返している。

「っつ、お前な……!」

 聞き分けのない子どもに苛立ちを覚えたように、レパードが声を荒げかける。


 ここまでだなと、イユは思った。



「上に行きましょう」


 イユの提案に、レパードがぎょっとした顔をする。リュイスですら、反対されると思っていたのか、驚いたような目を向けた。


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