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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
421/992

その421 『意地』

 一方、リュイスを見送ったシズリナは、ブライトと刹那、サロウと対峙していた。刹那とやりあっているうちに、ブライトとサロウが駆け付けたのだ。

 ブライトが、現状を見、不思議そうな顔で問いかける。

「意外も意外。どうしてそんな血迷ったことをしたのかな」

 シズリナはそれには答えない。ただ、静かに愛用のナイフを構えている。シズリナの近くには、瓦礫の一部が飛散していた。ナイフは飛び散ったそれを防ぐのに使ったばかりである。

「それはこちらの台詞だ、ブライト。瓦礫で塞いでしまっては、折角捕らえた『供物』を逃がしてしまうことになる」

 サロウの叱責に、ブライトは頭を掻いた。

「いやぁ、ちょっとやりすぎちゃったね、うん。まぁ、正直あれを追い詰めると、あたしたちも怪我だけじゃすまない気はするけど」

 ブライトは、自身の魔術の威力についてはあまり反省をみせず、代わりにリュイスのことを手負いの獣のように表現する。それに対して、サロウは「だから、面白いのだ」と己の価値観をブライトに語る。

 そんなやり取りを繰り広げる『魔術師』たちに、シズリナは呆れたように肩をすくめた。呑気に話しているようで、その足運びは徐々にシズリナを追い詰めている。シズリナの後ろにある階段は、既に瓦礫に埋もれているのだ。逃げ場など、残っていなかった。

「お前たちのやり方は、あくどい」

 シズリナが放り投げたナイフが、カランカランと音を立てて地面を転がる。

 飛び付くように、その柄を手にした刹那が、持っていた布で毒を丁寧に拭い始める。

「私がお前になびかないと知って、克望を使ったのだろう」

 シズリナの言葉に、サロウが「それがどうした」と視線を向ける。

「利用できるものは利用する、それが『魔術師』だ」

 ふっと、シズリナは、口の端を持ち上げた。

「それならば、私の記憶も読むか?」

「必要とあれば」

 必要になるだろうと、すぐに悟る。

 シズリナが素直に話したところで、サロウは納得すまい。人の言葉に納得できるような人間が、克望にリュイスを引き渡す形をとらせてまで、シズリナをだまし討ちするとは思えない。この『魔術師』は、きっと、とうに人を信じていない。だから、話し合いでどうこうなるような人間ではない。

 しかし、シズリナにはもはや口しか残っていなかった。

「お前の目的は、カルタータの姫巫女の知識を得ることか」

 サロウは鼻を鳴らしただけで、何も言わなかった。言う必要はないと、そう決め込んでいるようだ。

 シズリナもまた、どのみち記憶を読まれてしまうのであれば、どうにもならないのだろうなとは感じている。ビスケだけでも空に逃げてくれたのは救いだった。その点は、仇である少年に感謝しなければならない。

 ならば、ここで何も言わないという選択肢はなかった。この二人の『魔術師』ならば、瓦礫をどかすこと自体動作もないことはわかっている。それならば、互いの為にも、告げてやるべきなのだ。如何に無為なことをやっていたのかを。

「……お前たちは、あの少年を『贄』だと思っていたようだが、あれは『贄』にはなれない」

 シズリナの言葉に、ぴたっと三人の動きが止まった。

「……へぇ?」

 ブライトの試すような口調には、シズリナの言葉を微塵も信じていないことが窺える。この女もサロウと同じらしいと、シズリナは結論づける。

 だが、これは、姫巫女だけが知っている真実だ。

「『贄』は『龍族』では務まらない。それでは、カルタータの地に()()()()()()()()()()()()()()()()()。勘違いも甚だしいな」

「……それはあなたなりの優しさ?余計に理解不能だね。仇だと思っていたんだけど」

 ブライトの問いに、はっきりと言い切った。

「仇だ。それは変わらない。あの少年が障壁を破ったことで、カルタータの、神殿官の皆が死んだ。狩人も本来なら結界内に留まっていればよかった私を逃がすために、死んでいった。その事実は、何も変わらない」

 何を思ったのか、ふっとサロウが目を瞑る。その所作が何を示しているのか、シズリナには読めなかった。

「……あくまで個人的な仇だと言いたいわけか」

 サロウの言葉に、小さく頷くことで肯定する。果たして、シズリナの思いが、彼らに届いたのかは、分からないままに。

「そうだ。これは、私のつまらない、意地だ」




「リュイス?」

 あり得ないはずだった。聞こえるはずのないうめき声に、しかしイユの耳は確かに拾った。

「いたのか?まさか、本当に?」

 レパードが隣から話しかけてくる。

 イユはじっと耳をすませた。

 マゾンダに戻った一行は、ミスタのおかげで用意された飛行船に乗って、紆余曲折があった後で、傾いた塔に乗り込んでいる。想像以上に小型の飛行船だったため、乗り込めたのは、イユとレパードとワイズの三人だけだ。

 ワイズがついてきたのは、本人曰くリュイスがいた場合暗示に掛けられている可能性があるから、自分が必要だろうということだった。ただ、いい加減イユも、ワイズが一度関わったら最後まで面倒を看ないことには気が済まないお人好しの部類なのではないかと、当たりをつけている。もっとも、相手は『魔術師』なので、いつ何時その信頼を覆してくるかは分からない。

「……今、確かに聞こえた気がしたけれど、気のせいかもしれないわ」

 自信のないイユの言い方に、レパードは頭を掻いた。

「まぁ、さすがに入って早々、すぐに見つかるはずもないか。だが……」

 レパードが言わんとすることを予測し、イユも頭上を見上げる。傾いた塔は、その名前で呼ばれるのもわかるほどに、今にも崩れそうなぼろぼろの塔だった。天井や壁紙が剥がれているのはもちろんのこと、補修もされていないらしく、天井そのものが崩落している場所がある。そこから、ぽろぽろと瓦礫の破片が落ちてきていた。

 そして、塔に入る前に確かに聞こえた轟音。駆け込んだイユの耳に入ったのが、リュイスらしき呻き声だったから、何かがあったと想像するのは容易い。

「人がいないにしては、建物に動きがあるように見えますね。まるで、今、あの瓦礫が崩れてきたような……」

 一同の考えを口にして、ワイズが杖で指し示す。

「あそこに階段があるようです。進みましょうか」


 螺旋階段を上がった先も、同じような作りの床が広がっていた。一階との違いは、床に大穴が空いていて、先ほどまでいた一階の様子が覗けることだ。

「これ、いつまで続くのかしら……」

 見上げれば、先ほどまでと同じ、ぼろぼろの天井が映る。大穴を防ぐような瓦礫が、近づいてみえた。だが、まだ数階は上にあるようだ。

 本当に人がいるとしたら、最上階だろうか。外から見た塔の様子と、ここまで上がってきた段数から考えるに、30階以上はありそうだ。

 日が出てきたことで、外から射し込む光が塔の中にも入ってきている。本来は窓一つない塔だが、外壁が一部崩れているおかげで、光が漏れているのだ。だから、明るさには気遣う必要がないという点でいえば、幸いである。だが、点在する瓦礫の山は、影を作りやすく、誰かが潜んでいたとしてもぱっと見分からない。

『魔術師』がいる可能性もあれば、魔物が潜んでいる可能性もなくはない。慎重に足を進めたイユは、次の登り階段まで近づいた。

 そこで、うめき声のようなものを耳にする。耳を集中させていたから、分かったことだ。

「リュイス?」

 声の感じが、リュイスのものに近い。だが、聞こえたのはうめき声だ。怪我をしているかもしれない。或いは、『魔術師』たちに何かされているのかもしれない。

 嫌な予感を潰すように拳を握りしめ、階段を上がる。その先で、翠色を見つけた。

「リュイス!」

『魔術師』の罠かもしれないとか、そういう考えは吹き飛んでいた。床に転がった見覚えのある姿に、気が付けば駆け込んでいる。

 リュイスは、遠目にみてもボロボロだった。それに、心なしかいつもより小さく見えた。背中は擦ったような赤いシミが服にこびりついており、翠色の髪にも赤いものが沁みついている。やぶれた袖口からは、無数の痣が覗いていた。

 一瞬、シェルのことが思い浮かんだ。胸の奥がきゅっと苦しくなる。たまらずに、叫んだ。

「リュイス!」

「どいてください、治療の邪魔です」

 ワイズの声に、慌てて飛びのく。それでも、リュイスの様子が知りたくて、邪魔にならない程度に近づいた。顔が見える位置へと移動する。

 まず、殴られたような痣が目を引いた。鉱山にいた『魔術師』が連想されて、ぎょっとなる。少し見ない間に、痩せ細ったせいか、とてもやつれてみえたのも衝撃だった。蒼白い顔のうえで、瞼がぷるぷると震えている。

 じっと見つめていれば、僅かに翠の瞳が姿を覗かせた。だが、それは、いつもより窪んでみえる。生気など、感じられなかった。

「イ、ユ……?」

 掠れた声が、乾燥した唇から零れる。

「リュイス!」

 この状態で意識があるのか。まずそこに驚愕した。


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