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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
417/994

その417 『交渉』

「ってか、それを知って、咥えるリュイスの神経が分かんない。舌、腫れているんじゃない?」

 舌が腫れるだけではすまないだろうことは、眼下のサロウの状態を見れば、分かる。腕は腫れ上がり、傷口から蚯蚓腫れのように心臓に向かって、細い線が数本盛り上がっている。唇は紫になり、目は充血している。ぷるぷると震えているようにみえた腕は、力が拮抗しているからではなく、痙攣しているからなのだ。

 掠っただけとは思えない症状に、リュイスは息を呑む。想像以上の猛毒に、この機会にシズリナはリュイスごと始末するつもりだったのではないかと、そう考えさせられる。

 だが、その克望の状態を、リュイスが圧し掛かる形でとどまっているせいで、ブライトたちには確認できない。人を殺すつもりのないリュイスは早く解毒剤を渡す交渉をしてほしいと思う一方、少しでも時間を稼ぎたい気持ちもあり、いろいろと複雑な心境だ。

 その時、シズリナが小さく悲鳴を上げた。何事かと、リュイスは気配を探る。生憎、眼下の状態を無視して、首を振る余裕はない。音だけで、事情を察するしかなかった。

「当然、解毒剤はもっているのだろう?相棒と引き換えだな」

 サロウの声が、部屋の中に重々しく響く。部屋にやってきたのは、ブライトとサロウの二人だったのだろう。つまり、ここに『魔術師』たちが勢ぞろいしたのだ。同時に、シズリナの飛竜がいることも察せられた。シズリナの悲鳴は、相棒の飛竜が捕まっている姿をみたことによるものだ。姿を見せなかった二人は、飛竜を相手にしていたのだろう。恐らく、サロウの腕に、ぐったりとした飛竜が収まっている。

「ビスケを離せ!下郎!」

 焦ったシズリナが、サロウに飛びつこうとしたのが分かった。風を切るような勢いで迫るシズリナが、サロウへと飛び掛かる。

 その瞬間、刃と刃がぶつかり合う音が聞こえた。

「邪魔だ!」

「邪魔、する、当然」

 刹那が、サロウとシズリナの間に入ったのだ。互いに、人質を取られた者同士、一歩も譲る気はないらしい。刃と刃が拮抗しているのが、手首の錠に反射して映った。

 眼下の克望は、毒が回ってきたのか目が虚ろになってきている。抵抗が激しくないのは、体力の乏しいリュイスには嬉しいことなのだが、そろそろ解毒剤を渡さないと命の灯火が消えるのではないかと心配にもなる。

「お姫様にしては、ちょっと口が悪いんじゃない?ほらほら、荒い息なんてついてないで、おしとやかにいこうよ」

 ブライトの言葉の合間にも、何度も刃物のぶつけ合いの音が聞こえてくる。

 リュイスの上を影が覆った。影の形からして、シズリナだ。交戦しているうちに、ここまで下がってきたことになる。その構図だけで、刹那が圧していることが分かった。技量だけなら、やはり刹那が上だ。

 だが、敢えてこの位置に誘導したということは、シズリナも冷静さを失っているわけではないようである。

「君の相棒は、解毒剤と引き換えだ」

 その状況をみてだろう、サロウの声が降りかかる。

 それを受けたシズリナが、ぎりっと歯を噛みしめた。

「『魔術師』の言う言葉など、信じられるか。解毒剤を渡したとしてもビスケが助かる保障はない」

「そうか、ならば殺すだけだが」

 あっさりとしたサロウの言い方に、「やめろ!」とシズリナが声を張る。

 単なる脅しだったらいいが、サロウが有利であることはリュイスにもわかる。サロウとブライトと、刹那。この三人がいれば、シズリナはねじ伏せられる。それが交渉できているのは解毒剤がどういうものか、三人には分からないからだ。

 だが、『魔術師』たちが一枚岩とは思えない。一応仲間のようだから今は解毒剤を欲している様子をみせているが、最終的に解毒剤を死守する必要が彼らにあるかどうかは別問題だ。そうなると、いつ強硬手段を取られるか分からない。

 シズリナが悩んだように眉を寄せるのが、見えていなくても分かった。

 その葛藤の末、カチッと、音がした。それが、合図だった。

「お願い、解毒剤。頂戴?」

 刹那の、おねだりのようなしかし淡々とした口調に、シズリナが諦めたように舌打ちをする。

 片手で、太ももの方から瓶のようなものを抜き取ったのが見えた。

 刹那にも見えているのだろう。今なら刃を押しこむこともできたが、じっと見守っている。

 シズリナが、解毒剤と思われる瓶を持ち上げる。

 それを見た刹那が、「あっ」と声を挙げた。

 シズリナは、瓶を手から離したのだ。わざと、誰をいない遠いところへと向かって――――。

 刹那が、シズリナに刃をぶつける余裕など、もはやなかった。瓶が虚空を飛んでいる、その僅かな間に、駆けだす。

 間に合わなければ、瓶は、床へと叩きつけられる。そうなったらきっと、瓶は割れて、中身は全てぶちまけられることだろう。

「ビスケ!」

 刹那がいなくなったその瞬間が、唯一の隙だった。シズリナが、相棒の飛竜を求めて、サロウの元へと走り出す。

 サロウは右手に剣を構えながら、左手で飛竜の首をがっちりと抑えていた。

 シズリナの声に答えるべく、足掻こうとする飛竜を見るに、逃げ出す力は残っていないようだ。

 シズリナが真っ直ぐにサロウへとナイフを掲げる。

 それを見たサロウの大剣が受けるように構えられる。相手は大剣で、シズリナの武器は小さなナイフだ。まともに受けたら、シズリナの腕力では絶対に押し負ける。

 それをシズリナも分かっているのだろう。走りながらも、相手の剣に視線が向かっている。一刀を避けて、左手を狙うつもりであろうことが、察せられた。

 だが、次の瞬間、シズリナの頬を赤い炎が舐めた。

「つっ!」

 ブライトが杖で地面に法陣を描いている。

 そこから炎の玉が発生し、シズリナに向かったのだ。

 それを瞬時に避けたのは、シズリナの運動神経のなせる業だ。顔面で受けていたはずである炎を、僅かに首の角度を変え、重心を後ろにずらすことで、火傷一つ負うことなく避けきった。

 だが、そのせいで、サロウが大剣をシズリナに振り下ろそうとする動きを見損ねた。最もシズリナも分かっていたのだ。だから、大剣に備えてナイフを手元に手繰り寄せた。

 しかし、できたのはそれだけだ。無理に避けた姿勢から、相手の大剣を加えて避けるには、あとコンマ数秒が足りない。このままでは、シズリナは両断されてしまうだろう。

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