その413 『仲間』
「……ミスタは、ギルドを転々としているわけね」
とりあえずと、事実だけをかいつまむイユに、ミスタが同意する。
「飽き性だからな。お前たちのギルドも、飽きたら去ろうと思っていた」
さらりと言われた言葉に、イユの心臓が跳ねた。言われてみれば、そうなのだ。イユにとっては、居場所に等しいセーレも、転々とすることに慣れたミスタからしてみれば、仮の宿ぐらいの感覚でしかない。その感覚のずれに気が付いてしまった。
「そうか。飽きたのか?」
言葉が次げないでいるイユの代わりに、飄々と返したのはレパードだ。意外な心持ちで、レパードを見上げる。レパードもまた、ギルド員を殊更心配しているようにみえた。ミスタが怪我をしたと聞いたら、真っ青だっただろう。それなのに、ミスタの返しには、あまりにも淡白に返している。その違いが、イユには理解できなかった。
ミスタは、ククク……っと笑った。らしくもない笑いに、イユは自分がからかわれていたのではないかと感じる。
「それこそまさかだ。『セーレ』は、これからだろう」
ミスタが『セーレ』に感じている浪漫は、まだ彼を飽きさせる程度のものではないらしい。
なんだか妙にほっとしてしまって、イユは次の質問へと移る。
「それで、ミスタは何をしていたの?」
ミスタは、「あぁ、そうだった」と脱線していた話を戻した。
「かつて所属していたギルド、『からくり拾い』は、予想通り、サンドリエ鉱山にいた。ギルドで情報を集めても表面的なものしか拾えないからな。ここでかつての仲間たちを相手に情報収集を行っていたわけだ」
その話の流れは、イユにも理解できる。だが、ミスタはここでD区画まで潜っていたし、飛行船を借りる約束も取り付けていた。情報収集の結果、動く必要が出たとみるべきだ。
「そのうち、仲間の一人が、三角館の噂を聞きつけた」
ミスタから出たその場所の名前に、はっとした。
「なんでも、三角館に『異能者』が出たらしいと。その『異能者』は、何を思ったのか議事堂を荒らしまくったらしい。貴重なステンドグラスも、バリバリに割られていたと」
「……私じゃないわよ」
思わず小声で反応する。少なくとも、ステンドグラスを割ったのはイユではない。ちらりとレパードを窺うが、素知らぬ顔をされた。不本意だ。
イユの反応などなかったように、ミスタが話を続ける。
「仲間の一人がステンドグラスの修繕依頼を受けたというギルド員の友人らしくてな。結局、『異能者』は捕まって収容されたと聞いていたが、事実は違うようだ」
「いや、あながち間違ってはいないが……」
レパードがぼそりと突っ込んだ。実際、レパードもイユも、捕まったのだ。ミスタの集めた情報は、多少は歪んでいるものの信憑性が高い。
「そうか?ここに船長たちがいるのだから、別人だと思ったが……」
不思議そうな顔をするミスタは、それ以上は語らなかった。周囲にはミスタの仲間とはいえ、一応人の耳があるのだ。正体がばれそうな会話になると小声で話すようにしているものの、あまり口にすべきではないと判断したようだ。
代わりに話すべきことだけ話そうと、ミスタが口を開く。
「その館の近くに、傾きの塔と呼ばれる場所がある。その名の通り、傾いた状態のまま放置された塔で、いつ崩れてもおかしくない。そこが、どうにも、きな臭い」
「きな臭い?」
レパードが思わず繰り返す。何がどうきな臭いのか、イユには分からない。
「事件が起きてから、無人のはずなのに明かりがついているのだという。しかも、人目を忍ぶような、僅かな明かりだ」
仲間の一人が望遠鏡越しに調べたのだそうだ。それを聞いて、意外と三角館は近くにあるのだと気づく。
「俺ははじめ、お前たちがそこへ逃げ込んだのではないかと思った」
ミスタの言葉に、納得する。噂は『異能者』が三角館を荒らしたというものだ。イユたちがセーレを出ている間に、『異能者』の噂が聞こえてきた。それで、無関係だと割り切れるほどミスタは愚かではない。シェイレスタの都に向かったはずのレパードやイユたちが、何らかの関係で三角館に赴くことになり、そこで三角館を荒らした挙句、逃げ出したのだとそう仮定したようだ。実際は、本当に捕まっていたわけだが、逃走できたとしたら三角館の近くにあるという塔に逃げ込むというのは、あり得ない話でもない。
「逃走できたとしたら……、まさかだけど」
口にしながら、イユはその可能性に気が付いた。
「ないとは言えないわけか。ミスタ、リュイスとは三角館ではぐれている」
レパードの言葉に、ミスタが目を見張った。レパードは、リュイスが『魔術師』に攫われた話をする。その間、イユは考えていた。
あり得るのだろうか?リュイスが、刹那や克望、サロウといった面々から逃げ出して、塔へと逃げ込んだ可能性は。
リュイスは、刹那に気絶させられていた。魔法を使えないよう、手錠を掛けられているままのはずだ。そのうえで、武器は取り上げられているだろう。刹那の腕前は知っているし、『魔術師』たちも決して油断できない。その気になれば、暗示も使えるのだ。それだけの条件が揃っていて、リュイスが無事だと、期待してしまってよいのだろうか?
「幸運の持ち主らしいからな」
イユの不安を読んだように、レパードがミスタへの説明を締めくくる。
「幸運の持ち主?」
イユの疑問の声に、レパードが「そういえばお前には言ってなかったな」という。そこに、悟ったような顔をしたミスタが口出しする。
「俺は知っている。リュイスはカジノで負けなしらしいな」
カジノが一体どうしたのか。急な話題に、目が点になった。
「なんでも、何回やっても常にその場にある最強のカードしか回ってこない。『セーレ』の懐事情を救ってみせた救世主だって聞いたことがある」
「……いつしか伝説級の噂になっている気がするが、まぁ嘘じゃないな」
ミスタの言葉に、レパードが肯定する。なるほど、それはインセートのギルドで、ジェイクがリュイスに泣きついたわけだ。だが、言いたいことはそこではない。
「それとこれとはかなり話が違う気がするのだけれど……」
イユの突っ込みに、「そんなことはない」とミスタは否定する。
「いつだって、最後に必要になるのは、運だ。そういう点、リュイスは恵まれているともいえる」
ミスタの言い分にいまいち、納得できていないイユに、「カジノはあくまで、たとえだ」とレパードが告げる。
「あいつが本当に幸運の持ち主だったら、そもそも家族も友人も仲間も、誰も失うはずがないんだ。だが、やたらと運がいいから、運の良さが重なって逃げ延びているかもしれないっていう、ただそれだけの話だ」
なるほど、とうとう幸運頼みになるあたり、レパードも疲れているのだろう。
そんな目でレパードを見たせいか、レパードがコリコリと頭を掻いた。
「まぁ、こればかりは伝わらないし、伝わらない方がいいと思っているが」
などと、よくわからないことを言っている。
「どちらにせよ、当たってみる価値はあるだろう」
「分かった」「分かったわ」
ミスタの言葉に、イユもレパードも頷く。はじめはシェパングを当たろうと思っていたが、シェパングのどこに行くかは皆目見当がついていないのだ。それならば、ミスタの情報から当たる。その選択肢に、間違いはないだろう。もし、待っていたのがリュイスでなかったとしても、三角館に近づくのだ。あの館ならば、何かしらの証拠が残っているかもしれない。
「機械人の発掘を手伝うという条件で、カラレスが飛行船を飛ばしてくれることになった」
ミスタの言葉に、合点がいく。だから、ミスタはD区画にいたのだ。
「なるほど、理解した」
「向かうなら、早い方がいい。俺は発掘を手伝うが、船長たちだけなら先に飛ばしてもらうことも可能だろう」
思わぬ提案に、レパードが、
「いいのか?」
と問いかける。イユも同じ思いだ。
「あぁ。身一つしかないうちはさすがに前払いをさせるつもりはなかった。レンドとはコンタクトが取れていないし、クルトやレッサを危険かもしれない塔に向かわせるのもなしだからな。当然、アグノス……、飛竜に向かわせても仕方がない。だが、二人がいれば話は違う」
ミスタの言葉に、カラレスであれば飛行船を前金なしで乗せてくれる奴だと判断していることが伝わる。カラレスがリーダーでないときにギルドに所属していたと聞いていたが、意外な信頼関係だ。
「それに、飛ばすのは予備の船だ。それは、マゾンダに置かれたままになっている」
「ちょうどいい。戻ってクルトたちに報告できるな」
レパードの言葉に、ミスタはこくりと頷く。すぐにでも、カラレスに相談しようという話になった。
「……それにしても、今日はよく話すのね」
これだけ話したミスタを見たことは、初めてかもしれない。イユは、新鮮な驚きを口にする。
「仲間に会えて、気が昂っているのだろう」
にやりと、強気の笑みでミスタは答えた。




