その412 『浪漫』
「さて、どうも俺はあんたらのことを勘違いしていたらしい。しかし、なんだ。あんたらはミスタの知り合いなのか」
気を取り直したように始まった会話に、イユとレパードは頷く。
「そうだ。俺が今所属しているギルドの仲間が、彼らだ」
ミスタのはっきりとした肯定も受けて、カラレスの目元が心なしか和らいだ。
「そうだったんだな。そのうえで、あんたらはワイズぼっちゃまを助けてくれたと」
今、五人組は壁際にしばられた状態で転がされ、他の鉱夫たちは、それぞれ物思いにその場にしゃがみこんでいた。急に機械人が動き出したから作業を再開しただけで、疲れていたのだろう。鉱夫たちは、額の汗を拭ったり、飲み物を口に含んだりしながら、くつろいでいる様子だった。
そんななか、五人組から離れる形で別の壁際に移動した、ミスタとイユとレパード、ワイズ、そしてカラレスの五人は、話し合いのために輪を囲んでいる。話したいことが、たくさんあった。
「なるほどな。俺の方は大体理解した。だが、どうせミスタのことだ。自分の前のギルドのことなんて、話していないだろう?」
ミスタが無口なのは、昔かららしい。頷くイユたちに、カラレスは「ほらな」と納得の様子だ。
「積もる話もあるだろうから、まずはミスタに話を一通り聞いてくれ。そうしているうちに、こっちもひと段落するだろう。行き先が決まったら、言ってくれよ」
軽く言うカラレスに、レパードは目を瞬いた。
「つまり、飛行船を貸してくれるってことか?」
レパードの言葉に、イユも遅れて目を輝かせる。
「そりゃ、ミスタに既に頼まれていたことだからな。そこに、ニ、三人増えたところで別に変わらねぇよ」
カラレスは「じゃあ、そういうことだから、ワイズぼっちゃまは貰っていくぜ」といって、去っていく。ワイズが「また後で」といいながら、カラレスについていった。二人も積もる話をしたいようだ。
「ミスタに既に頼まれていた、か」
レパードがぽつりと独り言をつぶやく。
ミスタは、クルトたちとも別れた後、情報収集をしていると聞いていた。そのミスタが、飛行船に乗せてもらう約束を既にカラレスと取り付けていたのだとしたら、ひょっとすると彼は既に何かの情報を得ているかもしれない。
イユの考えは、レパードのそれと同じようで、二人して期待に満ちた目でミスタを見てしまう。
ミスタは少し困ったように自身のスキンヘッドを掻いた。
「何から話すべきか」
イユがクルトたちと合流したときも、どう話すべきか悩んだが、ミスタも同じ状況にあるらしい。
そんなミスタを見てか、レパードが「何よりも報告すべきことがあるんだが」と切り出す。
「シェルが一命を取り留めた」
その言葉に、ミスタの目が一瞬見開いた。
「そうか」
とだけ、感想を述べる。その口調が、どことなく安堵していて、やはり心配していたのだなと思わされた。
そこに、レパードから一言。
「今はジェシカという『魔術師』の屋敷で安静にしている」
ぴくりと、その口元が引きつった。それもそうだろう。先ほど、ワイズの命を狙った『魔術師』の名前が、ここで出たのだ。
「まだ目は覚ましていないの。絶対安静な状態ね」
何かシェルに関わる情報を話せやしないかと、分かる範囲で告げたのだが、自分で話しながらこれでは逆に不安を煽っているような気がしてくる。
「今は、執事たちが看てくれているから大丈夫よ!」
頑張って振り絞って出した話だったが、執事の主がジェシカのあたり、ダメ押しにしか感じられなかった。当然だが、ミスタの口元も引き攣ったままだ。
「……とりあえず、同じ屋敷にクルトとレッサもいる。レンドとは出会えていないが、ギルドに伝言は残してあるからそのうち見るはずだ」
レパードの話に、ミスタは考えるように、顎に手を乗せた。どうやら、シェルのことは一旦切り替えることにしたようだ。
「つまり、セーレの現状は大まか把握しているということだな」
「あぁ」
「分かった。それなら、俺のことを話そう」
ミスタが自分のことを話す機会は、今までなかった。無口なせいではあるが、元々ギルド員たちは自分たちの過去話をあまり話そうとしないのもある。それはカルタータの面々が過去に良い思い出がないから、というわけではなく、ギルドの風潮のようなものらしい。
「俺は、カラレスのいるギルド『からくり拾い』に所属していたことがある。最もその頃は、リーダーはカラレスではなかったが……」
話しぶりからするに、数年前というよりは数十年前、だろうか。確かギルドが三十年前に創設されたと記憶しているから、それよりは前であることは確実だ。
「『からくり拾い』は、砂のなかから『古代遺物』を発掘することを専門にするギルドだ。当時は、インセート付近の鉱山を主に活動していたが、マゾンダのギルドで情報を集めようとした際、機械人の話を聞いて、もしやと思った」
珍しい長文とその内容に、イユは惹かれた。
「ミスタはどうしてそのギルドに?」
話は脱線すると分かっていたが、普段話さないミスタの過去だ。気にならないといえばうそになる。
「浪漫を感じた」
「?」
意外すぎる言葉に、頭の中で疑問符が浮かぶ。
「分からないか」
「さっぱりだわ」
同意を求められたが、理解に苦しむ。
「砂を掘れば、そこには『古代遺物』が眠っている。それは、空を翔けまわる船の部品であることもあれば、未知の石であることもある。宝が眠っている、そんな感覚だ」
宝探し。その単語が、頭に浮かんだ。目の前のスキンヘッドの大男には到底似合わない、子供が喜びそうな言葉だ。だが、紛れもなく心からそう言っているだろうことは、口少ないミスタが珍しく長く話すことから推察できた。
「実は、『世界樹の根』にも所属していたことがある」
イユにはそれが何を指しているか分からなかったが、レパードが隣で目を見開いている。
「なっ、そうなのか!」
「どういうこと?」というイユの視線に気づいたらしく、レパードが説明する。
「シェルが以前所属していたギルドだよ」
有名なギルドだった。そう言われて、過去形であるのに気が付く。
「シェルとは直接顔を合わせていない。在籍期間がずれたのだろう」
だが。と、それはそれは懐かしむ瞳で、ミスタは過去を振り返る。
「未知の世界へ向かい、一から製図をしていく。誰も歩いたことのない未踏の地を、初めて自分たちだけが歩くのだ」
それは間違いなく心を昂らせる体験だったのだと、ミスタの珍しく雄弁な口調が、語っている。
「浪漫?」
ミスタはこくりと頷いた。
「そう、浪漫だ」
知らなかった。イユは今まで寡黙で安心感のある男だとしか認識していなかった自分に衝撃を受けている。ミスタという男は、子供のころの、未知の世界を探検するという浪漫を追いかけて、そのまま大人になった。つまるところ、見かけや普段の態度とは裏腹に、その内実は、子供なのだ。飛竜をこっそり飼っていたという話も、そこに繋がる。
イユにはまるで、ミスタの本質が見えていなかった。




