その411 『無邪気な願望の先』
「……俺としては寛容な処置のつもりだったんだが、どうも気に入ってはくれなかったようだな」
足音とともにやってきたカラレスの声に、「ひぃ」と揃って声を挙げたのは、五人組だ。
片手を抑えられたままの男などは、「やっぱり無視してくれてよかったです」などと泣き言を言っている。脛を蹴られた鶏冠頭の男を、カラレスの仲間の男が取り押さえる。それ以外の三人も、しっかり捕まっていた。
「カラレス。こいつらはどうする」
ミスタが刈り上げの男をカラレスの前へと差し出す。
その様子とこの場にいることからも、ミスタとカラレスは知り合いらしいと、イユは気が付く。
「こいつらがまた、何かしでかしたのか?」
やれやれという顔を崩さないレパードに、そういえばこの五人組を知っているような反応だったと、思い出す。
「こいつらはな、鉱山にやってきて俺らに雇ってくれと土下座しながらお願いしてきたくせに、あろうことか『古代遺物』をくすねようとしやがったんだ」
不機嫌を隠さないカラレスの言葉に、五人組の男たちの顔色は蒼白だ。
「あー、それで罰として、強制労働でもさせていたわけか」
「今は機械人の発掘で忙しいからな。こいつらにかまけている時間もねぇ。本当はギルドに差し出したいところだが、その時間はもっとねぇ」
イユは知らなかったが、あまり問題行動が目立つギルド員に対して、ギルドに報告することでブラックリストに挙げる仕組みがあるらしい。そうすると、ギルドとして依頼を受けることはできない。実質、ギルドを除名される形だ。対象が個人ではなくギルド自体の場合は、加えて紋章旗も取り上げられる。
「それで、あんたもこいつらを知っているってことは?」
「こいつらは、ワイズを殺そうとしていた」
レパードの言葉に、ぎりっとカラレスの睨みが五人組に向いた。その瞬間、ただでさえ蒼白だった男たちの顔は、完全に色を失った。不味い相手に不味いことをしてしまったと、そう悟った顔である。
「どうやら、罪が甘すぎたみてぇだな」
つるはしを持つカラレスの手がぷるぷる震えている。間違いなく、怒りを押し殺している。
カラレス自身が気を抜けば、そのつるはしを振り上げて、五人組に向かって振り下ろしそうな気迫があった。
「俺らの恩人に手を掛けようとした奴に、慈悲を与えかけていたとは……、危ないところだった」
男たちがまたしても「ひぃ」と情けない声を上げる。カラレスだけではない。周囲の男たちから発せられる殺気に、彼らは我が身の不幸を嘆くよりなかった。
「捨て置きましょう、カラレス。相手にするだけ時間の無駄です」
そこにさらっと割って入ったのは、ワイズだ。
男たちが、救世主が現れたかというように、目を輝かせる。
「しかし、お前を殺そうとした連中だぞ?」
カラレスが釈然としない表情を向ける。
イユとしても同意見だ。知らない話もあるとはいえ、ワイズが自分の命を奪おうとした五人組を庇う構図になっていることはイユでもわかる。この『魔術師』は、いよいよもって頭のねじが飛んでいる。
「どうせいつものことです。手引きした者については、見当がついています」
「っておい、分かっているのか」
ワイズの言葉に、レパードが突っ込む。ワイズは、こくりと頷いた。
「姉さんの家はこんな杜撰なやり方はしませんから、ほぼ間違いなくジェシカでしょうね」
さらりと述べられた言葉を、噛み砕くのに時間がかかった。
ワイズは言ったのだ。命を狙ったのは、ジェシカだと。だが、ジェシカにとって、ワイズはフィアンセではなかったのか?
「ね?」
そうでしょう?と振り返るワイズの視線の先にいたのは、五人組だ。彼らは大慌てで、首を縦に振っている。
イユは、口の中がからからに乾くのを感じた。
正直、油断していたのだ。ジェシカは幼く、美しい少女だ。『魔術師』だが、暗示は使えないと言っていた。だから、大丈夫なのだと、警戒は消せないまでもどこかがで見くびっていた。『魔術師』が使える手段は、魔術だけではないのだと、今更ながらに思い知らされる。それにしても、あの可愛らしい笑みで人を殺すということを、何故やってのけられるのか。
『わたくし、未亡人になるのはごめんでしてよ』
イユの頭の中に、お茶会での会話が思い出される。確かに、言っていた。ジェシカは、優雅にお茶を嗜みながら、笑みすら浮かべて、心の内をイユに素直に告げていた。
『早く死んでくれればよいですのに』
それは願望ではなく、既に実行された行為だった。それが防がれたのは、レパードが近くにいたかららしいのだが、そうでなかったらワイズは本当に死んでいたのだ。
「――本当に、良いのか?」
カラレスの言葉に、ワイズは頷いた。
「手口が分かりやすい杜撰なもののうちは、やりようがあります。むしろ愚かな彼らで助かりました」
それを聞いたレパードが、こめかみを揉んでいる。「どう考えても、自分がいなければ死んでいただろう」という突っ込みを口にしたいからだということは、今のイユに知る由はない。
「それよりも、時間は有効に使いたいです。ごみに構う暇はありません。さっさと縛り上げて声も上げられないようにして、そこらへんに転がしておいてください。ぶっちゃけ、ひぃひぃ鳴く声を聞くのは、鬱陶しいです」
耳が腐ります、とまで言ってのけるワイズに、五人組の救いを求める視線は完全に死んだ魚の目に変わった。言っていることは、五人組の処罰の後回しなわけで、結果として彼らは今痛い思いをせずにすんだかもしれないが、イユが同情したくなるほどには、ものすごい言われようである。
「分かった。俺も時間は有効に使う主義だ。お前ら、縛り上げとけ」
カラレスの命令に、男たちが動き始める。ワイズの希望通り、縛り上げられていった。




