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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
409/992

その409 『見つけた』

 道は、どんどん狭まっていく。同時に、何度も分岐に出くわした。持たされた地図がなければ、間違いなくたどり着けなかっただろう。

 『古代遺物(アーティファクト)』を発掘しようとする男たちの気概が、或いは出遅れたことで諦念を抱いた鉱夫たちの投げやりな八つ当たりが、鉱山に新たな道を作り、複雑化させているのかもしれない。

 深く潜るにしたがって、周囲の気温も緩やかに上がっていく。機械人という宝の前に、風管はどんどん後回しにされているのだろう。

「さすがに、結構歩いたが……」

 つるはしを振り下ろす男のすぐ後ろを通りながら、レパードがぽつりと呟いた。

「えぇ、そろそろ噂のD区画でしょうね」

 ワイズの言葉に、イユはふぅっと息をつく。体の疲れは、意図して無視しなければ拭えない。

 レパードの言う通り、トロッコを下りてから長い距離を歩いていた。

 とはいえ、いつもならこれぐらいの距離は何ともないの範疇だ。それが堪えるということは、やはり怪我が治ったばかりというのもあるのだろう。そのうえで、寝不足だ。更に言うなら、慣れない乗り物を乗り回したうえ、砂漠で日に晒されたというのもある。

「D区画に着いたら、話をつける奴らがいる。ってことでいいんだよな?」

「えぇ。今頃何を確認しているのだかと言いたいところですがね」

 道中に会っている鉱夫たちを無視しているのは、ワイズが過去に恩を売ったという知り合いではないからだ。実際、ワイズを前にした男たちの視線は、冷たかった。

「それなら、着いてから少し休めるな」

 イユのことをちらっと見て、レパードがそんなことを呟く。

 レパードの今までの言動の意図に気付いて、イユは内心むくれた。気を遣いすぎもいいところだ。

 文句を言おうとしたところで、ワイズが首をくいっと曲げて示した。

「あそこを曲がった先ですね。行きましょう」

 話がそこで途切れてしまう。さっさと歩いていくワイズに、仕方なく追いかける。


 カーブを曲がった先で、大勢の人間の歓声が轟く。

 何事かと目を白黒とさせたイユは、道の先が明るいのに気付く。

 人間と思われる無数の影が、延びていた。


「いいぞ!あとは、もう一本の腕だ!」

 威勢の良い男の声が響く。

 知り合いのものなのだろう。珍しく口許を僅かに緩ませたワイズが、影を踏み、光のなかへと進んでいく。

 背中を追いかけたイユたちの目に飛び込んできたのは、汗まみれの男たちだ。風呂上がりのようにタオルを肩にかけた者、頭にタオルを巻き付けた者、額の汗を拭う者。ヘルメット越しに伝った汗が、頬まで零れる者。

 誰もが薄手のシャツを来て、つるはしを手にしている。そんな彼らは、筋肉を見せつけるように余った手で拳を振り上げて、血気盛んに掛け声を上げる。意外なほどしっかりとハモったその声には、幾分かの達成感が含まれていた。

 男たちの隙間から、何かが見えた。それは、鋼のような色合いをしている。気になったイユは、よく見ようと近づく。

 数人の男たちから怪訝な視線を向けられるが、好奇心を満たすのが先だ。構わず進むイユ。そこに、唐突な声が張り上げられた。

「野郎ども!一旦休憩だ。30分後に同じ作業を進めるからな!心してかかれ!」

 先ほどの男の声だ。それに合わせて、「ヤー!」という返事が広がる。男たちの声で、地面が揺れるかのようだ。

 途端に、男たちの集まりが、崩れた。その場で腰を下ろす者、壁際まで歩こうとする者、イユの横を通りすぎていく者。消えていく人の群れに、隙間は広がるどころか、人の波に塞がれていく。

 予想外の出来事に、慌てた。それでも、暫くまてば、様子が分かるはずだった。いつかは、人がいなくなるはずだ。

 そこに期待したイユは、しかし、この時点で、そこにあるものには察しがついている。十中八九、今ここで掘り進めている鋼色の何かが、噂に聞く、機械人だ。その幻の宝を掘り起こすために、彼らは作業を進めていたのだろう。

 人の波がはけていくにつれて、先ほど声を張り上げた男の姿が目に入った。ギザギザに切られた金髪頭に白いハチマキを巻いた、二十代ぐらいの男だ。周囲の男たちに労いの言葉を掛けて回っているから同じ声だと分かったが、不思議な感じがした。

 鉱夫たちのなかには、リーダーと思しきその男よりも、明らかに年を取ったものもいれば、厳つい体型をした男もいる。そんな中で皆を取り纏めているのだ。年齢以上に、しっかりした男なのかもしれない。

 男の深緑色をした瞳が、こちらを向いた。イユたちに気付いたように見開かれるわけではなく、あくまで興味深そうに細められている。

 気付かされた。イユが近づいたから視線を向けただけで、男ははじめからイユたちの存在に気がついていたのだと。

 当然のごとく、イユは警戒した。相手の目はイユをただ見ているだけだが、何故か睨まれた心地さえする。

 しかし、次の瞬間には、男の視線は外され、イユより数歩先にいたワイズに向く。男の大きな口が開かれた。

「ワイズぼっちゃまじゃねぇか!わざわざ機械人の見学たぁ、さすがっすわ!」

 ワイズが、呆れたような声を出す。

「相変わらずあなたの声は耳に響く大音量ですね。その勢いで岩盤が崩れてくるんじゃないでしょうか」

 男はワイズの口の悪さを気にした様子も見せずに、にっと人懐こい笑みを浮かべた。

「そんときゃまた、ワイズぼっちゃまが俺らを治してくれまっせ!なぁ?」

 振られた周囲の人間から笑いが零れる。どこか、あたたかい笑みだった。


 嬉しそうに近づいてきた男が、ワイズの前で立ち止まる。こうしてみると、ワイズより遥かに背が高い。レパードよりもあるかもしれない。

「それで、ぼっちゃまが引き連れてくるということは、ただの見学者じゃねぇよな?」

 先ほどまでの大音量はどこにいったのやら、声を一気に顰めて、男がイユたちをじろじろと見る。声のトーンも一段落ちているから、盗賊に脅しでも掛けられた気分である。

「えぇ、ちょっと彼らに関して頼みがありまして。ちょうど休憩のようで良かったです」

 イユは内心ため息をついた。イユですら気付いているのだ。間違いなくワイズは、この男がわざと休憩をとったことを知っている。それでも、とぼけているのだ。

 それを理解しているのか、男が頭をカリカリと掻いた。どこか諦めた声で、呟く。

「……ぼっちゃまの人が絡んだ要求って、大抵ろくなことねぇんだよな。まぁ、まずは自己紹介か。おい、あんたら」

「あんたら」と呼ばれたイユたちは、ワイズの方へと数歩近づいた。

「俺は、ギルド『からくり拾い』のリーダー、カラレスだ。あんたらは?」

 すかさず名乗ろうとしたイユより先に、レパードが口を開く。

「ギルド『セーレ』の船長、レパードだ」

「……イユよ」

 出遅れたことを後悔しつつも自己紹介すると、レパードが補足する。

「こいつも俺のギルドの一員だ」

 カラレスは、にっと口の端を持ち上げる。先ほどワイズに見せた人懐こい笑みではない。それは、虎を連想させる獰猛な笑みだ。

 こうしてみると、金髪に白いハチマキ姿は、鉱夫というよりは空を飛びまわる飛行船のギルド員と答えられた方が納得がいく。魔物を相手に、ナイフを掲げて戦う虎。それが、イユのカラレスへの印象だ。

 しかし、実際に手に持っているのはナイフでなくつるはしだ。それを悠々と掲げ、泥の付いた手で汗を拭う仕草などは、鉱夫と言われて納得できるほどには、様になっていた。

 加えて、カラレスには落ち着きと威厳があった。それはここまできた道で出会った諦念の男たちには、到底たどり着けない境地のようにも思える。

 どちらの立場にいても違和感がなく、獰猛な虎を連想させつつも、落ち着きを失わない男。それがイユの総評だ。

「落ち着いてからでいい。飛行船に乗せてほしい」

 レパードの単刀直入の言葉に、カラレスの眉がぴくりと上がった。

「この時期にのんびり船を飛ばそうってのか?俺を頼りにするということは、目的はシェパングだろ」

 その言葉で、カラレスは既にマドンナの情報を掴んでいることを察する。ワイズは知らないかもしれないと言っていたが、この時点で早くも覆されてしまった。

 そもそも、とイユは思う。こんないかにも油断のならない様子の男が、情報に疎いとは考えにくい。ワイズも気付いていないはずがないだろう。恩の話をしたくなかったのか、単に人が悪いだけか、恐らくは後者だ。

「察しの通りだ」

 レパードも大人しく頷く。それをみたカラレスがにやりと笑みを浮かべて、右手の親指と人差し指を使って円を作った。

「これ次第な」

「金か」

 その当てはワイズにある。そう思ったイユとレパードがワイズの方を向くと、「おいおい」とカラレスが呆れた声を出した。

「まさか、おぼっちゃまにお金をせびろうってのか?ちょっとプライドなさすぎじゃね?」

「背に腹は代えられなくてな」

 レパードの返答に、カラレスはあからさまに、気に入らないという顔をする。カラレスの視線が、ワイズに向いた。

「ワイズぼっちゃまも、相変わらずお人の好いことで。やっぱあんた、鉱夫には向いてねぇな」

 明らかに不機嫌になったカラレスに、イユはこの先の話し合いの行く末について、どんよりと暗雲立ち込めてきたことを感じる。どうしたものか、そう思ったところで、レパードからちらりと視線を受けた。殆ど口パクで、はっきりとこう伝えられる。

「お前は向こうに行っていろ」

 腹が立つとはこういうことだ。何故、そこで輪の中から追い出されないといけないのか。言い様もない怒りを口にしようとしたところで、周囲にどよめきが走った。思わず怒りもおさまる。

「見たぞ!」「あぁ、見た!」

 男たちの声の意味が分からなかった。きょとんと首を傾げたところで、カラレスの向こう側にいた、そいつに気付く。


「あいつ、リーダーを見た!」


 それは、岩壁に埋まっていた鋼色の遺物だった。まるで人を石化させたらこうなるのではないかというほど、普通の人間の姿と瓜二つである。機械とは到底思えなかった。

 手には手甲がはめられ、頭にはヘルメットのような何かを被っていた。衣服は人のそれとは違う、見たことのない装飾を施された独特のデザインだ。それらも全て、鋼色をしていた。だが、鋼ではないのかもしれない。どちらかというと、その素材は鋼ではなく岩に近かった。だから、人を石化させたようだという感想に至ったのだ。

 そして、右手と首から上だけが岩壁からはがれたその機械人は、ぎろりと瞳をイユに向けていた。

 どこか言いようもない不安が、イユの喉を締め上げる。

 その不安を的中させるように、その手が動いた。

 地面にぶら下がるような状態で垂れていた右手が、何かを見つけたように、ゆっくりと持ち上がっていく。

 それが、その無機質な手が、イユを指さす形で止まった。

 人差し指だけを突き出して、機械人が、イユを、イユだけを、見据えている――――

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