その408 『鉱夫たち』
歩き始めると、昇降機はすぐに見つかった。だだっ広い空間に、櫓が聳えているのだ。見つからない方がおかしいというものだ。
意気揚々と櫓まで近づいたイユは、扉の前に見慣れないスイッチがあることに気が付く。
押そうとしたところで、後ろからやってきたワイズに先を越された。ガチャンと凹むスイッチを見送ったイユは、思わずワイズに視線を向ける。
「……スイッチぐらいで、そんな目を向けないでください」
押してみたくなるスイッチのつくりが悪いのだ。
するすると何かが滑るような音が、扉の向こう側から聞こえてくる。恐らく人を乗せる為の板、昇降板というらしい――、をロープか何かで吊り上げているのだ。
暫くすると、ガシャンという音が響いた。それを合図に、目の前の扉が開かれる。白い空間だった。昇降板に乗ったイユは、左右上下を壁に囲まれる環境に、息苦しさを感じる。少しでも景色を見たくなって、先ほどまでイユのいた外へと視線を向けると、ちょうど扉が閉まるところだった。
ワイズは、扉の右側にあるスイッチがいくつもある場所――、制御盤の前にいる。
制御盤のスイッチのうち、下矢印と上矢印の絵が描かれているものが、イユの目に止まる。下矢印のスイッチがワイズの手によって押されるのをみて、また先を越されたと悲しくなった。
そんなイユを慰めるように、スイッチがぼんやりと黄色に点灯する。
途端、カシャンと何かが切り替わる音がした。
程なくして、昇降板が徐々に下降し始める。
暫くぼんやりとしていると、耳に圧を感じ始める。思った以上に深く潜っていく感覚があった。
「……これっていつまで続くの?」
イユの問いに、レパードは「さてな」と首を傾げる。もともとレパードには期待していないので、ワイズに視線を向けた。
ワイズがイユの質問を受けて、やれやれという仕草をする。
これぐらいの質問など、素直に答えれば良いと思うのだ。
しかしながら、狭量なワイズの心では、一言余計な言葉をいれないと、受け入れられないらしい。
「心配しなくても、もうすぐ着きますよ。堪え性がないんですから」
上から目線の言葉には、いい加減慣れてくるというものだ。
「私はあんたほど達観してないのよ」
応酬すれば、「そうですか」とだけ返される。返事がさっぱりしているあたり、気を悪くした感じはしない。もっときつく言わないと響かないらしい。質問には小うるさいというのに、この辺りの感覚がまだよくわからない。
そうこうするうちに、ガシャンと昇降板が音を立てて止まった。目の前の扉が開いていく。
「暑っ」
砂漠ほどではないものの、予想外の熱気を感じて、思わず手で風を仰いだ。先ほどまでが涼しかっただけに、意外な心持ちがする。きっとこれについてもレパードは答えを持っていない。ワイズの方を向いたところで――、
「どうして暑いのか、ですか?」
言わんとすることを、先に告げられた。聞かれるぐらいなら先に答えた方が良いと言わんばかりの口調だ。
「ここは風管が通っていないんですよ」
「風管?」
続けて質問をしたら呆れられるかと思ったが、意外とすぐに答えが返ってきた。
「坑道内は空気が自然に通らないんです。だから、管を用意して風通しをよくしています」
「その風管とやらが通ってないって、……空気はあるんだよな?」
レパードの不安の声に、イユがぞっとしてしまう。空気がない。そんな状況を地下で味わうことになるとは考えたことがなかった。
空ではよくあるのだ。一定以上の高さまで飛行船で上がってしまうと、空気が薄くなって、息がしづらくなる。呪いの一つだ。それが、地下でも起きるらしい。
きっと、人間には通ってよい高さというものが決められていて、それを守らないと呪いが降りかかる。そういうものだとイユなりに解釈した。
「問題ありません。その前に暑さで、いられなくなります」
ワイズのどこかさっぱりとした言い方に、イユの思考は吹き飛んだ。それは問題ないと言い切ってよいのかと、いろいろ文句を言いたくなる。
しかし、ワイズは、それで質問は終わりというように、先へ進み始めた。
下りた先の坑道は、今までと違い、遥かに薄暗かった。ところどころあった星のような魔法石の数が減り、照明も存在しない。視力を調整していると、線路を走るトロッコがイユの視界を過ぎっていった。
ワイズが線路から離れるようにして進んでいくので、走るトロッコの行方を追おうと首を捻る。
トロッコの行き先には、唯一明かりが灯っていた。そこで何人もの男たちが、やってきたトロッコに貨物を乗せていく。
乗せているのは、魔法石の塊ではなく、砂のようだ。掘り進めて邪魔になった砂をトロッコに乗せて外に出しているらしい。
ああして延々と掘り進めて空洞ができた結果、今いる坑道になるのだろうと、想像する。
しかし、無計画に掘り進めているようにしか見えないが、本当にそれで大丈夫なのだろうか。ちらりと掠めた不安が、天井が崩落するという絵を脳内でつくりあげる。
思わず身震いした。鉱山に入る前のワイズと店主の会話を思い出すに、日常的に起こりそうであるのが、尚恐ろしい。
おずおずと頭上を見上げる。
堀ったとは思えないほど高い位置にある天井だが、よくよく見れば、砂のようなものがさらさらと零れていく箇所がある。
イユはそっと、そこから離れた。
(早く出た方がよさそうね)
到底、安全な場所とは思えない。
「やってらんねぇよ」
不意に聞こえた愚痴に、慌てて周囲を見回した。ワイズが進んでいく道の先で、男たちが、疎らに壁に向かってつるはしを振り上げている。かなりの人数だ。その中の誰かが愚痴ったのだろう。イユには、それが実際に誰の声かまでは突き止められなかった。
男たちの合間を縫って進むと、ちらちらと視線が降りかかる。レパードはともかく、ワイズのような少年と女のイユでは、目立つらしい。イユが睨みつけようとするとすぐに視線が外されるので、文句を言ってやるタイミングを逃してしまった。
「行きましょう」
小声でワイズに急かされては、余計にだ。
鉱夫たちの人数はどんどん、増えていく。つるはしの振り下ろす音も、煩わしいほどだ。
そんな中で、話し声も聞こえてくる。囁き声のような小さなものだが、イユの耳はそれを逃さない。
「また、『魔術師』か」
「例の機械人を見に来たんだろうさ」
「どのみち、出遅れた俺たちは、この辺りからせいぜいおこぼれがないか漁るだけだ」
どこか諦めたような溜息に、大体の事情を察する。どうりで、動きにどこか覇気がないわけだと、納得した。




