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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
406/994

その406 『鉱山の番人』

「許可証の提示をお願いしまふ」

 一瞬、どこから声を掛けられたのかときょろきょろと探してしまった。ワイズが先に許可証を差し出したので、気が付く。声を掛けてきた相手が、非常に背の低い人物だったのだ。

「はひ、確かに」

 ワイズから受け取った許可証をあらためた人物が、今度はイユの元へとやってくる。高い声だったこともあり、子供だろうかと思ったが、それにしては顔つきに子供らしさがない。皺の刻まれた額に、歯が何本か抜けている口、目が弱いのかどこかぎこちない歩き方。ここまで書くと、老人のようだが、老人でもない。背筋はしっかりしているし、ぼさぼさの金髪に白髪は混じっていなかった。

 その人物が、ちらっとイユへ顔を上げる。イユは絶句しかけた。殴られたように男の右目に恐ろしいほど盛り上がった()()ができていたからだ。


「まさか、なくしましたか?あなたならあり得そうですが」

 ワイズの冷たい声が掛かって、慌てて鞄の中から許可証を取り出した。

「はひ、確かに」

 こわごわ手渡しした許可証を、ごつごつとした手が受け取ってすぐに返す。あらためる速度があまりに早い。慣れているのだろう。

 しかし、それ以外の動作は恐ろしいほどにゆったりだった。とにかく、動くこと一つ一つが、辛そうなのだ。

 レパードの方へと向かったその人物を、ついちらちらと確認してしまう。

 外見からはっきりしているのは、男だということだ。髪は短いし、手足は意外と筋肉質で女らしさを感じない。声は高いと言ったが、それも男の声にしてはという条件付きだ。

「はひ、確かに」

 男は、レパードから受け取った許可証を返す。

「はい」と言おうとして「はひ」になっているのだろうことは察せられた。恐らくは歯抜けの口が原因だろう。うまく話せなくなっていると思われる。

「皆しゃま、問題ありません」

 ゆっくりと、ワイズの前に戻ってきた男は、そう言って礼をした。

「D区画に行きたいため、まずはトロッコに乗りたいのですが」

 ワイズは慣れているらしく、当たり前のように男に声を掛ける。

「かひこまりました。D区画のトロッコへは、こちらへどぞ」

 男の口では「D」が「E」なのか「D」なのかいまいち聞き取りづらかったが、恐らくは理解しているのだろうと解釈する。耳まで悪くないよなと少し不安になったところで、片耳が欠けているのが目に入った。

 ワイズが男の指示した方向へと歩き出す。


 やがて、声の届かない位置まで歩いてから、イユは早速口を開いた。

「今のは……?」

「ただの許可証の確認ですが」

 ワイズの淡々とした言い方に、「それはわかるわよ!」と声を荒げる。

「そうじゃなくて、今の人……」

 その先を言おうとして、言葉に詰まった。

 殴られてこぶができる。耳が欠ける。歯が抜ける。そんなことがあったせいか、髪に白髪が混じっている。それが男の状態だろう。

 あまりにも、痛々しすぎる。

「国から派遣されている官吏の一人ですよ」

 レパードが「お前と一緒か?」と訊ねた。

「えっ」

 先ほどの人物とワイズが一緒と聞いて、イユはまじまじとワイズを見てしまう。

「そうですね。ほぼ同じでしょうね」

 と、ワイズが微妙に否定しないのだから、余計にだ。

「どういうこと?」

 よくわからないという顔を浮かべるイユに、ワイズは溜息をついた。

「『魔術師』だからといって、全員が全員あなたの知るような存在とは限らないということです」

『魔術師』と言われて、イユは後ろを振り返る。既に曲がりくねった道を進んだ後だったから、男の姿は見えなかった。

 ワイズはすたすたと歩いて行ってしまう。代わりに、レパードが小さくイユに捕捉を入れた。イユが、まだ受け入れきれないという顔をしていたせいだろう。

「『魔術師』でもいろいろ事情があるようだな。考えられるのは、後継ぎ問題か『魔術師』同士の足の引っ張り合いで、ここに追いやられたってところか?庶民から『魔術師』になりあがった奴ってことも考えられるが……」

 レパードが思いつく考えを挙げているが、レパードが答えているのは、あくまで何故『魔術師』がこんなところにいるかの理由だ。

 しかし、イユには、どうしていつもふんぞり返っている『魔術師』が、あんな歯が抜けたような状態で立たされているのかが分からない。そう思ってから、うっすらと気が付いた。答えはレパードの候補の中にある。『魔術師』同士で足を引っ張り合った結果、魔術であのような体にされたという可能性だ。ただの怪我なら、顔見知りのワイズが治しているはずだという予想から、そう導いた。

 そこで、イユはレパードのもう一つの候補から、その可能性に気付く、

「一つ、分からないことがあるのだけれど」

 ワイズにも聞こえるように、声を少し大きくする。

「『魔術師』は血を重んじるのよね?庶民から『魔術師』に成りあがるなんて可能なの?」

 つまり、イユの不安はこういうものだ。一般人から『魔術師』になるべく、魔術を習得した者は、先ほどの男のような扱いを受けるのではないか。

 ワイズは、それには答えるつもりがあるらしく、背を向けながらも、返した。

「『準魔術師』としてならば、可能です。実際は殆どいませんがね」

 その言葉は聞いたことがある。他でもない、ブライトが『準魔術師』だと言っていた。

 確か、「家を継いでいないうちは『準魔術師』。ついでに破門された場合も『魔術師』の位を剥奪されて『準魔術師』になるかな」だったか。

 その話をすると、ワイズは頷いて返した。

「その通りです。『準魔術師』は貴族ではありません。だから、領土も与えられないし、政治に口出しすることも本来ならば叶いません。しかしながら、ただいるだけでは話にならないでしょう?彼らにも、役割というものがあります」

 それが、官吏です。と言外に言われた気がした。家柄のある貴族たちは、恐らくは自分の一族の仲間を官吏として、街や村に『準魔術師』を派遣する。しかし、破門された、或いは家柄のない『準魔術師』は、こうした鉱山など薄暗い場所に追いやられ、仕事をするのだろう。

「でも仕事をするだけなら、先ほどの人は、ああはならないでしょう?ひょっとして……」

「どんな事情があったのか、察することしかできません。ああなったせいで体よく追い払われたのか、ここにきてああなったのか、それだけの違いでしょうが」

 ワイズの言い方はどこか冷たい。

「そんな言い方」

 反論するイユに、冷や水が浴びせられた。

「もしあなたが『魔術師』を憎むというのなら、彼のことも憎むべきでしょう。同情などするのがおかしい」

 イユは答えられなかった。イユの知っている『魔術師』は、イユの心を踏み潰し、痛めつけ、自由を奪う存在だった。それでいて、銃を向けられようとも、こぞって気にした素振りも見せない、異様な図太さを持っていた。

 しかし、先ほどの男も『魔術師』だという。正しくは、『準』がつくが、同じ存在だとは思えなかった。受け入れるには、時間が掛かりそうだ。

「先ほどの人の傷は、治せないの?」

 それについては案の定、ワイズは首を横に振った。

「出会った時期が遅すぎます。中途半端に治ってしまって、逆に手がつけられません」

 イユは、「そう」と小さく返した。あの男の姿を見て、ふとシェルを思い出してしまった。シェルは包帯をしているが、あの包帯を全て除いたら、きっとあの男と同じような怪我の具合だろう。生きてくれたことは嬉しいが、その事実に胸が痛くなる。

「たとえ憎い相手でも、痛そうな姿は見るに堪えないわ」

 導き出した結論を告げたとき、ちょうど視界の先にトロッコと思われる乗り物が映った。インセートで乗ったトロッコ列車とは随分様相が違う。インセートの列車は可愛らしかったが、鉱山にあるトロッコは列車とは呼べる代物ではなく、ただの鉄の箱のようだった。

 それでもトロッコだと気づけたのは、線路が続いていたからだ。イクシウスの列車に近いかもしれない。あれにも、線路はあった。

 しかし、イクシウスの列車のように大きい訳でもなく、豪奢な部屋があるわけでもない。屋根も、乗りこめるような扉もない、単純な作りの乗り物だ。

 改めて、いろいろな種類があるのだなと思った。

「あなたはそういう人でしょうね。さて、トロッコが見えてきましたから、まずは乗りましょうか」

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