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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
404/994

その404 『サンドリエへ』

 途中、魔物の群れに遭遇するという事件はあったものの、目的地までは順調だった。とはいえ、徒歩に比べればというだけで、照り付ける暑さは変わらない。ようやく見えてきた鉱山とその眼下に広がるいくつかの建物を前に、イユは思わず足が崩れる心地を味わった。

 限界だ。飛行ボードは楽しくても、長時間慣れていないものに乗るということにはどうしても疲れが出る。


「ここで一旦下りましょう」

 ワイズの勧めに従って、下りた途端、三人ともがその場にへたり込んだ。そして待っていたように、滝のような汗が零れ落ちていく。

「水分補給が必要ね」

 まずはと荷物から水筒を取り出す。一気飲みは良くないと知りつつも、ついつい飲みすぎてしまう自身がいた。

「あと少しです、行きましょう」

 ワイズに声を掛けられて、水筒をしまう。

「せめて、陰のある場所まで行かなくては」

 ワイズの言う通りだ。今、イユたちがたどり着いたのは、鉱山の入り口だった。否、正確には村の入り口なのだろう。イユが跨いだら通れそうなほどのちっぽけな柵が、鉱山の前に広がっている。その柵のなかに申し訳程度の建物がぽつぽつとあるが、そこまで行くにも若干の距離があった。

 その距離に、憂鬱を覚えたのだろう。レパードが、疲れた口調を隠さずに、呟く。

「もう砂漠越えは勘弁だ」

「それなら、レパードさんはここで一生働いてもらうのが良いと思います」

 鉱山ですからね。とワイズが冷たく提案した。


 イユが再び飛行ボードに乗ろうとすると、ワイズから冷たい視線を浴びせられる。「何のために下りるよう指示したか、理解していないでしょう」とその目が言っていた。

「ここから先は、一応サンドリエ鉱山の麓の村にあたりますから、飛行ボードは使いません」

 決まりです、と言われて唖然となる。マゾンダの中ならまだしも、この村には人らしい人がいないし、建物もぽつぽつと立っているだけだ。そもそも僅かばかりの建物が建っているだけで、村と呼んでよいのか、ははなはだ疑問である。

「飛行ボードはあの建屋に預けます」

 ワイズが自身の飛行ボードを抱えると、そのまま歩き出した。

「嘘でしょう?」

 思わず零れたイユの驚きを、気にした様子はない。呆然としているイユの隣を、早くも飛行ボードを抱えたレパードが横切った。

「恐らくは、発掘にこの手の機械も邪魔になるんだろ」

 むっとしながらも、イユも大人しく脇に抱える。意外と軽かったのが救いだが、この炎天下で乗り物があるにもかかわらず、歩けというのは全く気乗りがしなかった。

「にしても、足ががたがただ。できれば乗りたくないな」

 レパードの言葉には、誰も答えない。実は飛行ボードを下りてから一番元気なのは、レパードかもしれない。飛行ボードに乗らずにすむことに、ほっとしているようにみえる。


 暫くして、ようやくワイズの言う建物が近づいてきた。掘っ立て小屋、というのが第一感想だ。古びた木を重ねた作ったようなぼろぼろの建物は、砂嵐が来ようものならあっという間に飛んでいきそうだ。先ほど出くわした魔物など、踏み荒らしていきそうであった。

「失礼します」

 トントンと扉を叩いてから、返事を待たずにワイズが中に入る。どれだけぼろぼろでも、一応は日陰になっているはずだ。そんな期待を求めて、イユもすぐにワイズの背を追いかけた。


(思ったより、涼しいわ!)

 途端に、顔に冷気を感じて、生き返る心地がする。

「いらっしゃい。機械の預かりかい?」

 店主らしき男の声が返った。眩しい場所から一気に暗がりに入ったせいで、目が馴染んでいない。だが、異能で調整する前に、ぼんやりと浮かんだ焦げ茶色の輪郭を見て、大男だなと認識する。

「はい、飛行ボードを三台お願いします」

 ワイズの言葉に、ぴくりと男の顔が引きつった。ここまでくると、イユの目ははっきりと店主の様子を確認できる。浅黒い肌色をした、筋肉隆々の男だ。年は三十を超えたあたりだろうか。どことなくミスタを連想させられるのは、外見に一致する点が多いからだ。

 その男が、あからさまな笑みを浮かべた。

「あぁ、お貴族様でいらっしゃいますか。では、お代は結構ですので、失礼して」

 ワイズが飛行ボードを手渡す。

 そのとき、店主の黄色の瞳が見開かれた。


「これはこれは……!まさか、ワイズ様でいらっしゃいますか!」

 一体何事だろう。ぽかんと突っ立っているイユとレパードの前で、店主が大袈裟に頭を下げる。先ほどのあからさまな笑みとは違う、誠心誠意の心のこもった礼だった。

「先日は、崩落事故に巻き込まれた際、若い衆を助けていただきありがとうございました」

 店主の言葉に、イユは合点がいく。ワイズはサンドリエの鉱夫に貸しを作っていたらしい。医者の真似事とレパードが揶揄していたが、恩を売っておいたからこそワイズはサンドリエ行きを提案したのだろう。無策ではなかったわけだ。

 ワイズが多少無理していえば、飛行船に乗ることも可能かもしれないと、期待に胸が膨らんだ。

 そんなイユの前で、堂々とした態度を崩さず、ワイズが長文を述べ上げる。

「構いませんが、また余計なところを掘って崩落させるという、救いようもないことはしないでくださいと、そいつらに伝えてください。そうそう僕も暇じゃありませんから、今度は足の骨を治すんじゃなくて、余分に折って差し上げますよ」

 ワイズの口を思わず塞ぎたくなるというものだ。折角作った恩を生かさず、喧嘩腰に会話してどうするのだと、口を大にして言いたい。

 イユはこわごわと店主の顔色を窺う。店主の唇が歪み、そして――、信じられないことが起きた。


 動揺するイユと慌てふためくレパードの前で、店主は「ガハハハッ!」と盛大に嗤い始めたのだ。


「よぉく、聞かせておきますぜ!ついでに、鼻っ面もへし折っておくということで」

「見られない顔が更に見られなくなるわけですね。僕は興味もありませんが」

 二人のやり取りにぽかんとしていると、店主がイユの前へとやってきた。

「お嬢様の分も、お預かりいたします」

 辛うじて手渡ししながら、隣のワイズに質問を振る。

「何、仲が良いの?」

 ワイズは首を横に振った。

「いえ、数回しか会っていませんが」

「……それにしては、口が悪すぎだろ」

 店主に飛行ボードを渡しながら、レパードがイユの気持ちを代弁した。

「ガハハハッ!鉱山の男ってのは、大体こういうもんですぜ。それについていけるワイズ様が凄すぎるんで」

 それについては、イユは断言できる。

「ワイズは元々こういう奴よ」

「あぁ、そうだな」と、隣でレパードも同意する。

「そうですか!それなら、鉱山の男の素質があるということで」

 店主の言葉に、ワイズが心底嫌そうな顔をした。

「そんなもの、全くなくて結構ですよ。馬鹿がうつりそうです」

 店主が店の奥に入っていくのを見送りながら、ワイズが手元から袋を取り出した。そこから取り出したのは、金貨だ。イユたちの目の前にあったカウンターにそれを置く。チャリンと、僅かに音がした。

「お金はいらないっていったはずですが……」

 その音を聞いて慌てて戻ってきた店主に、ワイズは首を横に振る。

「情報料です」

 別の用途の金だと言いたいらしい。店主の訝しむ顔を見ることなく、ワイズは続けた。

「こちらの望みの場所まで飛ばしてもらえる飛行船を、探しています」

 店主はちらっとイユたちを覗き見た。恐らく、今イユたちがワイズの隣に立つ意味を、店主なりに考えたのだろう。

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