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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
403/993

その403 『群れを見送って』

 サボテンが密集している中を潜り抜けていくと、大きな山が姿を現す。目的地があれのことだろうと分かるほどには、その山は目立っていた。マゾンダの街を囲んでいた山と、見た目自体は変わらない。しかし、他が平坦な地にあって、マゾンダの街の山と対極に位置するそれは、明らかに何かがあると思わせるに足りた。

 それでもきっと、セーレに乗っていた頃なら、ただの山として通りすぎていたことだろう。それほど、シェイレスタの土地は、陸と空で様相が異なる。地面にいて果てない距離を行くからこそ、見えてくるものがあったのだ。


「あれがサンドリエでいいのよね?」

 イユの確認に、ワイズが「そうです」と肯定した。

「谷側で、発掘作業が行われています。もうすぐ着きますよ」

 後半の言葉に、思わず歓喜の声を上げる。確かに、ワイズが言っていた通り、近い。これなら、炎天下でさえなければ、徒歩でもいけなくはない距離だ。


 そのとき、視界の端に砂埃が過った。


「何よ、あれ……」

 サボテンの密集地の端で、舞い上がった砂埃が、まるで立ち込めた煙のように盛り上がっている。それが、徐々に大きくなる錯覚を覚えたところで理解した。砂埃は、上へ上へと立ち昇っているのではない。物凄い勢いで一直線に向かってきているから、そう思えたのだ。

 ワイズが声を張り上げる。

「魔物です。迂回しましょう!」

 高度を上げるワイズに倣ってから、凝視する。砂埃が激しすぎて、異能を使っても、魔物の姿は捉えられない。

 だが、他でもない現地民でもあるワイズの発言だ。冗談をいうようにも思えない。それならば、見えるはずである。懸命に目を凝らす。

 しかしながら、一向にその様子は砂埃に隠されて捉えきれない。

 そう思ったところで、耳に意識を持っていくことを思いついた。


 地面を揺るがすようなドドド…………という音が、低く響いている。走るときの足音に近い気がした。気のせいか、振動のあまり空気が揺れているような感覚がある。そんななか、足音に混じって、「クエエ」とも「ケエエ」とも聞こえる鳴き声がする。

「鳥……?」

 先に魔物を見つけたのか、それとも砂埃のなかに何がいるか検討がついているのか、ワイズが頷く。

「見えますか。ダチョウ型の魔物です。この辺りによく生息していますが、基本的に止まるということができないので、延々と走っています」

 実は全く見えていないのだが、そこは黙っておく。沈黙するイユの代わりに、遅れて上がってきたレパードが呟いた。

「なんだ、それは」

 その呟きに不満を感じ取ったのか、ワイズの眉間に皺が寄る。

「ですから魔物ですよ。百聞は一見に如かずと言いますから、踏まれてきてはどうですか」

「……それはどんな体験だよ」

 呆れたレパードの声を聞きながら、イユは首を傾げた。

「踏まれるだけで、食べられはしないの?」

 魔物というのは基本的に狂暴なのだ。中には、人間を喰らうものもいる。だから、魔物と呼ばれるのだと認識している。

「いつ何を食べているのかは明らかになっていません。走りながらサボテンを噛み切っているのだとか、飛んでいる羽虫を喰らっているのだとか、いろいろな意見はありますがね。ただ、四六時中走っています。夜も朝も、彼らの群れは止まることを知りません」

 意味の分からない魔物だ。イユの目は点になった。

 近づいてきた砂埃に目を凝らす。砂埃に紛れてようやくそれらしい形が見えてきた。群青色の羽毛に覆われた体の一部が、黒くて鋭い嘴が、嘴色の鶏冠が、所々見えている。

 ワイズは群れといったが、確かにその通りだった。見事なまでに整列された魔物の一団が、眼下を通り過ぎていく。十分離れていたつもりだったが、砂埃が顔に掛かって、慌てて距離を取った。

「ゴホゴホッ……!まるで意味不明な魔物ね」

 群れが通りすぎるのを待ってから、顔にかかった砂を払って、ワイズに愚痴った。自分に愚痴られるのはお門違いだという視線を向けられるが、知ったことではない。

「魔物なんて、大概がそういうものでしょう」

 先に進みだすワイズの横について、イユは口を開く。正直、余計な会話は水分を取られるが、気になってしまったのだから仕方がない。

「私、よくよく考えてみると、魔物がどうして存在しているのか知らないわ。何故かしら?」

 ワイズからは冷たい声が返ってきただけだった。

「いきなり、哲学者にでもなったつもりですか?人間と同じです。いるものはいる、それだけですよ」

 随分な極論である。だからこそ納得がいかない。

「動物と魔物の違いもよく分からないわ」

「狂暴かどうかだろ?」

 レパードの答えに、イユは首を横に振った。

「延々と走っているだけの魔物が狂暴なの?」

「あの群れがぶつかってきたら、割りと命がない気はするが」

 レパードの指摘には、確かに一理ある。今イユたちは飛行ボードに乗っているから直ぐに退避できたが、徒歩なら間に合わなかった可能性はある。

 しかし、イユの言いたいことも伝わってほしい。

「一説には、魔物は人の罪の証であると聞きます」

 魔物の話には否定的だったはずのワイズの言葉に、イユはきょとんとした。

「魔物には興味ないのかと思ったわ」

「……確かに興味はないですが、どちらかといえば、あなたの質問に付き合うのに疲れただけです。ただ、古書を漁れば、そういう話も出てきます」

 前置きはさておき、魔物について言及していた古書を見たことがある、ということらしい。

「人の罪、ね」

 随分気になることを書いた書物もあったものだ。それとも、単に魔物の存在を嘆いた結果なのだろうか。魔物という脅威が自然による災害と同等のものならば、人の業の深さを魔物発生の原因とする人間も出てくるのだろう。どうしようもないことを消化すべく、何かに罪を押し付けた結果だ。それが、書物となって残った。そういうことなのだろうか。



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