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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
401/992

その401 『街を出て』

「おーい、先を行き過ぎるなよ。あと、俺を置いていくな」

 後方から聞こえる情けない声に、イユは傾けていた重心を戻しその場でくるくると旋回した。振り返れば、すぐ近くにワイズが、その後ろに、ぎこちない動作でゆっくりと飛ぶレパードが見えた。

「分かっているわよ。でももう少し飛ばした方が気持ちよさそうだわ」

 トントンと中心部を叩けば、すっと飛行ボードが上がっていく。これだけ簡単に自分の意図した方向に飛ぶなら、初めて見たときに兵士から奪っておけばよかったと思った。移動が楽々である。

「もうこれがあれば、飛行船はいらないんじゃない?」

「食糧も運べませんし、寝ることもできませんけれど、あなたなら本当にそう思っていそうなところが怖いですね」

 呆れた口調でイユに告げるのは、ワイズだ。常に人を見下したような声音が、癪に障る。

「たとえよ、た・と・え。如何に私がこの飛行ボードを気に入ったかのね」

 イユの言葉に、ワイズは肩を竦めてみせた。

「そんなに気に入ったのなら、飛行ボードの選手権にでも出ればよいのではないですか?」

「何それ?」

 気になる内容である。食いついたイユに、ワイズはやれやれという仕草をしつつも説明する。

「レースですよ。決められたコースを飛んで、早い者が誰か競うんです。上位には賞金も出るって聞いています。まぁ、僕は興味がないので、どこで開催されているかまでは知りませんが」

「楽しそうな催しね!」

 ワイズの説明に、イユの期待が膨らむ。

 確かに、洞窟内のじめじめとした風でさえ、飛行ボードに乗っていれば気持ち良く感じるのだ。もっと広々とした場所で風を切るように移動したら、さらに楽しそうである。そのうえで速さを競うのだ。そう考えるだけで、イユの心は昂った。

「言っておきますが、街中では住民にぶつかると危ないですから、飛ばさないでくださいよ」

「分かってるわよ」

 街中での飛行は禁止。許されるのは、今イユが飛んでいる屋敷の付近から、外に出るまでの道まで。それが、決まりになっているらしい。もっともお茶会のような訳の分からないマナーと違って、理解の出来る決まりだ。いきなり人間が高速で空を飛んで来たら、普通に街を歩いている人間は危なくて仕方がないことだろう。

 レパードが追いついてきたところで、ワイズがくるりとレパードに背を向けた。重心を前に倒していく。

「サンドリエはこの入り口を出た先にあります。暑いですから、外に出たら少し速度を出しますがね。行きますよ」

 速度を出すと聞いて喜ぶイユに、げんなりとした顔のレパード。二人の様子を確認することなく、ワイズが進みだした。


 屋敷から上り坂を登って、人よりも高い位置まで上昇し続けると、ぽかりと開いた穴が見えてくる。そこに飛び込むワイズを追って、イユも飛行ボードを駆使した。洞穴の中は飛行ボードこそ運転できるが、先ほどまでの開けた空間と違い、見晴らしがよいわけではない。それどころか、一本道の狭い通路の先は、右に折れたと思うと左に曲がっていく、くねくねとした道になっていた。

「なんで、こんな道なの?」

 前方を走るワイズに聞こえるよう、大声を出せば――、

「障害物を避けて掘っているので、仕方がないんです」

 と返る。障害物が何かという点については、この街に着くまで散々な目にあってきた後だ。硬い岩盤だけではなく、魔物の巣、人を溶けす水溜まりを避けた結果なのだろうことは、大方想像がつく。

「うわっ」というレパードの小さな驚きの声が、後方から聞こえてくる。

 急なカーブにぶつかりかけたところだろうか。それでも、飛行ボードが壁にぶつかる音がしていないので、大丈夫そうだ。なんだかんだで、レパードもコツを掴んできているのだろう。

 イユはワイズのすぐ後方にぴったりとついた。右に左に、遅いぞと言わんばかりに付きまとうイユに、ワイズは気づいていないのか、振り返りはしない。イユも敢えて声を掛けようとは思わなかった。下手に声を掛けて愚痴られるよりは、この細道を走り抜ける爽快感を味わいたい。それに、今のままでも十分に風を感じられる。

 そのとき、視界いっぱいに見えていたはずのワイズの背中が、急に消えた。

 高度を落としたのだと気づいたイユは、すぐに合わせた。開けた路の先で、天井から大きな鍾乳石がぶら下がっていたのが目に入る。

 イユの頭上が、陰った。

 飛行ボードに乗って初めて、ひやりとする。

 しかし、鍾乳石ばかりに気をとられてはいけない。ワイズがすぐに右に重心をずらしたのだ。

 イユも同じように重心をずらしながら、カーブする道を行く。今度は左へ。そうして、上へと。歩いていたら一時間は下らなかっただろう道を、ずいずいと進んでいく。

 慣れてくると、不思議なことに恐怖よりも爽快感が再び勝った。一つ間違えれば大事故だ。少し前までのイユなら、命を落とすかもしれない事態に怯えを感じていたことだろう。しかし、どうしてだろう。確かに心のどこかで恐怖を感じているのに、同時に風と一体化したかのような心地よさが消えない。

「そろそろ出口ですよ」

 カーブが落ち着いたところで、ワイズが前方を向いたまま、イユへと叫んだ。

「眩しいですから、変に立ち止まって後方のレパードさんがぶつかってくる、なんてことは無いようにしてください」

 何とも惨めな想像に、あり得ないことはないのだろうと思った。同時にイユもワイズにぶつからないように気を付けなければならない。イユであればすぐに視力を調整できるからこそ、速度を落としたワイズに衝突する可能性がある。

「気を付けるわ」

 叫び返したところで、空気が変わった。洞窟の冷気とはまるで違う、熱気が肌に触れる。その瞬間、視界の先で光が見えた。

 出口だ。意識したのと、体がその光に呑み込まれたのは、ほぼ同時だった。


「つっ」

 眩しさに視力を奪われる。それでも、ワイズの背中がぼんやりと視力越しに映って、イユはすぐに高度を上げた。肌の焼ける感覚を無視して、まずは視力を調整する。ようやく見えてきたのは、さんさんと照りつける黄砂だ。もう何度も見ているので、そろそろ別の光景を拝みたいところである。

 振り返ると、レパードもまた洞窟を抜けてきたところだった。眩しそうに目を細めて、その場でとどまっている。眩しいなかでも重心をちゃんと元に戻したあたり、多少の操作はできるようになったようだ。

 ワイズはイユより遥か下の方で、二人の様子を見ていた。とりあえずは三人とも無事であることを確認したところのようだ。

 イユも、ここからが本番だということを忘れて、ほっと息をついた。

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