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カルタータ  作者: 希矢
序章 『出会い』
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その4 『龍族の少年』

「あ、あの……」

 ただただ引っ張られ続ける少年はようやく戸惑ったように口を開く。

「何よ」

 不機嫌を言葉に込めると、怯えたような声で返された。

「その、すみません。なんだか迷惑をかけてしまっているみたいで……」

 今、手を離してもとりあえず少年はついてくるだろう、そう感じた。

「私、港に行って船に潜入するつもりなの。あんたはどうするの?」

 すぐ隣で走っている少年に手短に話し、尋ねた。

「僕も、港に行く予定です」

「そう、それなら暫くは一緒ね」

「はい、よろしくお願いします」

 会話をしていて少女は不思議な違和感を抱いた。間もなくして、気づく。走っているというのに、互いに息一つ乱れずしっかり会話ができていたのだ。

 少女自身は問題ない。異能がある。だが、同じように走っている少年が、異能者でもないのに少女と同じように会話ができているのは何故なのか。ひょっとすると、息一つ乱さず走りながら話すなんて芸当は、元々本人にとって何でもないことなのかもしれない。龍族というのは、普通の人間以上に体力があるのだろうとアタリを付けた。

「あの……」

 おどおどとした調子で聞いてきた。

「なによ」

 只者ではないのではないかと思えば、この弱弱しげな様子である。


 少年は何やら急に決心したように呟いた。

「……仲間が、いるんです」


 面食らったといってもよい。思わず、足を止めたほどだ。仲間。その響きが意外だった。少女はてっきり自身と同じように、少年がずっと一人で逃げ回っているものと思い込んでいたのだ。だからだろうか。少し裏切られたように感じたのである。

「龍族に仲間……? 信じられるの?」

 棘のある発言をしたつもりだったが、むしろ明るい表情とともに頷かれてしまう。

「はい。レパードも、同じ龍族ですから」

 レパードが何者だか知らないが、よほど信頼しているのだろう。おどおどした少年に珍しいはっきりとした肯定と、少し眩しい笑顔がその様を表している。

 少年の眩しさとは逆に、少女の気持ちは暗かった。理由はよくわからない。言い返す言葉を探していたわけではないと思う。だが、そのまま言葉の意味を受け取る気になれず、意味もなく思考を巡らした。あのときの兵士の言葉が浮かんでくる。

「龍族は、絶滅したって聞いたけれど?」

「僕もここずっとレパード以外の龍族とは会っていないんです……」

 寂しそうな言葉の響きが、今度はすんなりと少女の中に入っていく。異能者と龍族は事情が違うようだとそのままの意味で受け取ることができた。異能者の数は、年々増えているらしいのに……とまで考える。


「あの……」

「なによ」

 そう返してから、少女は思わず後ろを振り返った。気配がした。近くにいる。先ほどまで走っていた住宅街は、遠くで聞こえる足音を除けば、静まり返ってみえる。けれど家々の隙間から、数人の気配を確実に感じる。それも、ひりひりと肌を刺す殺気だ。

「あんた、戦える?」

 簡潔に聞く。意外にも頷く気配が返ってきた。どうやら腰の剣は飾りではないらしい。

「そう。それなら……」

 正直、振り返ってしまったのは失敗だった。気づかれたことを相手に悟らせてしまったはずだ。早く仕留めないと、数が増える。

「こいつらを倒す手伝いぐらいはしなさいよね!」

 そう言い放つと、少女は一気に駆けた。


 場所の目星はついている。一目散に走っていく少女に、慌てたようにして一人の兵士が銃を放り投げて通路へと飛び出てくる。恐らくは他の仲間のだろう、制止の声が聞こえるが、その一人は、声を聞き入れることなく少女と反対側の方向へと逃げていく。

 走りながら、少女は逃がしてよいものか悩んだ。応援を呼ばれる可能性を懸念する。

 しかし、いずれにせよ、先に手前の兵士たちからである。ちょうど目星をつけていた場所から銃口が次々と覗き始めた。


 どの銃の持ち主が引き金を引くよりも前に、間に合わせてみせる。


 少女は決意とともに、足に今持てる全ての力を注ぎこんだ。

 兵士たちの目には一瞬にして、目の前に少女が現れたように見えただろう。次の瞬間、そこにいた全員が仰向けに倒れていた。全員が全員、理解できないといった様子で少女を見上げている。

 だが、少女の関心は既にそこにはなかった。いまだに通路を走り続けている一人の兵士へと、視線を移す。

 少女の駆ける気配に気づいたのだろう。振り返った兵士が情けない声を上げた。走っているが、恐怖のせいか足取りが怪しい。今にも転びそうだ。

 兵士の背中が、近づいていく。あと一歩だ。もう一歩で追いつく。




 その瞬間、目の前に翠色の影が現れた。

 二回目だ。全速力で走っていたが、寸前に止まることができた。

「何、考えているのよ!」

 少年の後ろで逃げていく兵士が見える。兵士がどんどん遠ざかり、その姿は小さくなっていく。

 少女の力は万能ではない。一度足を止めてしまえばまた同じ速さで走ることはできない。力を込め直さなくてはいけない。今から走っては、もう追いつけまい。少年の行動が理解できず、睨みつけた。

「追いついたらどうするつもりだったのですか」

 あれほどおどおどしていた少年だ。睨みつければ怯むと思っていた。しかしながら、全く動じた様子をみせなかった。

「どうするって」

 その様子に、逆に少女が口籠ってしまう。それが悔しくて、言い切った。

「応援を呼ばれないように口封じするつもりだったわ」

 遅れて、少女の思考が頭の中を巡る。

 万が一、逃げた一人が助けを呼ぶかもしれない。それを封じるために最良の手段を選んだだけではないか。何も間違ったことはしていない、と。

「……口封じって」

 少年が掠れた声で呟いたので、気づいた。

「殺すつもりだったわ」

 事実を告げてやる。その言葉にびくっとしたように怖じ気づかれたために、確信した。

「私。あんたのこと、誤解していたみたいだわ」

 この少年は逃げ続けてなどいない。龍族だから同じように追われていると思っていたが、それは勝手な少女の思い込みだったのだ。だからそう、おどおどして弱弱しく、少女の生き方と正反対なことをしている。

「あんたはお気楽すぎる」

 他人の、ましてや自分の命を狙う人間の生死を気にしている余裕がある人間が、逃亡生活を送れるはずがない。たとえ龍族だったとしても、何かしらの幸運にありついていて、このような生活とは無縁だったのだろう。または仲間とやらが全部引き受けてこの少年を幸せ者にしてやっていたのかもしれない。

「……そうかもしれません」

 少年は否定しなかった。だが、目をそらしもしなかった。翠の瞳が揺らぎのない信念に満ちている。会って間もない仲ではあるが、少年の性格を考えると意外だった。

「けれど、僕は」

 そのとき、後方に気配を感じた。はっとして、振り返る。

 先ほど吹き飛ばした兵士の一人が銃を構えていた。

 あの兵士たちは吹き飛ばしただけだ。逃げようとしていた兵士を仕留めた後、片付けるつもりでいた。万事何事もなかったら銃を構える時間を与えていなかったに違いない。けれど、少年というおかしなものを抱えてしまったせいで少女の予定が狂ってしまっていた。

 銃を構える時間を十分に手に入れた兵士が、少女に向かって引き金を引く。それに合わせ、後方で何か細長いものを引き抜く気配がした。

 銃弾が真っ直ぐに飛んでくる。そのコンマ一秒の間に風が沸き起こり、少女の髪が盛大に揺らされた。何かが駆け抜け、何かをはじくような音が響く。

 気づいたとき、後方にいたはずの少年が、目の前に立っていた。

 カチっと細長いものをしまう音がした。そのすぐ横で何かが音を立てて転がった。

 見ると、真っ二つに割られた銃弾が黄金色に光っている。その現状を見ても、暫く理解できなかった。

 一番反応が早かったのは兵士だ。悲鳴のようなわけのわからない声を上げて地面を半分這いずりながら慌てて走って逃げていく。銃も放りっぱなしだ。他の兵士たちもその後をついていった。

 そこで初めて少女は目の前の少年があろうことか、銃弾を真っ二つに斬ったという事実を呑み込んだ。

 少年は振り返る。

 自然と腰にささっている剣に目がいった。あの剣が引き抜かれてからしまうまでの間を全く目で追えなかったのだ。

 あれだけのことをやった後で、こう呟いた。


「それでも、僕は人を殺したくないんです」





「待ってください」

 呼び止められて、振り返った。

 二人は走っていた。何とも言えない沈黙の後、ただ黙々と走っていた。

 警報があちらこちらで鳴るようになっていたが、人の気配は確実に減ってきている。

「何よ」

「こちらへ」

 少年は少女の手を引っ張ると、狭い路地へと入り込んだ。壁にへばりついて、すっと上を見る。

 少女はそこで初めて羽音に気付いた。上を見ると、鈍色の円盤が飛んでくる。複雑な幾何学模様をした胴体の一箇所に、飛行石らしき石が埋め込まれている。加えて、ブンブンと耳障りな羽音に合わせて、旋回しているために確認ができた。円盤の頭上で、黒い何かが動いている。恐らくは、そこに羽があるのだろう。

 太陽の光を浴びて眩しく光るそれは、何かを探すようにゆっくり飛び回ったと思うと、高速で飛び立っていった。

「何あれ」

「偵察船です」

 船というほど、大きいものではない。せいぜい少女の顔より大きい程度のものだ。

「あれが船? 乗れないじゃない」

 その発言に違和感があったのか、思わずといった様子で、少年は少女の顔を覗く。

「ここの人ではないのですか」

 こことはレイヴィートのことだろうか。

「違うわ。さっきまで汽車に乗っていたの」

 少年は納得した表情を見せなかった。けれどそれには追及せず、概要だけを伝えることにしたようだ。

「あれは、僕たちを探している船です。見つかると、報告されます」

「壊したらだめなの?」

 障害は壊せばよいという発想は、いかにも少女のものだ。

「だめです。壊すとその位置情報がすぐに伝わりますから」

 厄介なものを作ってくれたものだと、少女は眉を寄せた。

「ですが、あれが飛んでいるということは吉報です」

「どういうこと?」

「僕らの姿を見失ったから偵察船を放ったと考えるべきです。暫く、休めます」

 休める。その言葉に思った以上にほっとした。足に力が抜けて、膝を抱えるようにしてその場に座り込む。

「その言葉、信じるから」

 そう言いながら、上着を脱いだ。琥珀色のドレスの上部分が露わになる。

「腕、怪我をしていたのですか」

 血がドレスの袖に染み込んでいた。

「掠り傷よ」

 怪我をした腕へと手を当てる。鈍くしていた痛覚が戻り、一瞬痛みに顔が歪んだ。少年が心配そうな顔になるのが見ていなくても伝わってくる。少女は意識を集中し、体内の治癒力を高める。止血を済ませ、傷を癒していく。

 傷が除除に塞がっていく様子を見てだろう、少年は呟いた。

「魔法?」

 どこのおとぎ話だと言いたくなった。

「私は異能者よ」

「異能、ですか」

 異能者とは、数十年前より人々の中から誕生するようになった、不思議な力を使うことができる存在のことを言う。異能者に血縁は関係ない。まるで病にでもうつったかのように、あるとき不意にその力を行使することができるようになる。その力は『異能』と呼ばれ、人によって使える力が異なるというのが特徴だ。

「傷を癒す力をもっているのですか」

 今まで何を見ていたのかと怒鳴りたくなった。

「私の力は、能力を調整する力よ」

 傷が一通り塞がり、痛みも感じなくなった。見上げると、よくわからないという顔をした少年と目が合う。

「例えば、私が耳に意識を集中させるとする」

 そう言いながら、上着を羽織る。服の内側には赤黒いものがついていたが気にしない。

「私の耳は……、そうね。普通の人間の二倍は聞こえるようになるんじゃないかしら」

 具体的な数値は知らない。てきとうに言っているだけだ。

 その話を聞いて、大体わかったのか、少年が述べる。

「今の傷は、体内の治癒力を調整して治したということですか」

「そうよ」

 ついでに言ってしまえば、体力を高めることで長時間走り続けることも、瞬発力を一時的に高めて人より早く動くことも、逆に痛覚を鈍くすることで痛みを感じなくすることも、全ては異能によるものだ。ただし、どのような力にも限界はある。掠り傷程度ならばすぐに治るが、骨まで折れてしまったら到底すぐには治らない。それに常に意識して力を制御し続けることなどできない。例えば耳で音を聞こうとすれば聴力が上がる。だが、聞こうとしていないときの聴力は人並みでしかない。常に意識していなければ小さな音に気付くことができない。

 少女は先ほどの偵察船を思い浮かべる。命を脅かす存在が発する音も、聞こうとしていなければどうにもならない。その事実に身震いする。

「それより、私も聞きたいわ」

 上空を警戒しつつも、周囲の気配を探る。今のところはまだ安全のようだ。だがいつかはここにも捜索は及ぶはずだ。長居はできない。目を閉じて風を感じる。少しでも体と精神を休ませようとした。幾ら異能で体力が増幅するといっても、休息は欲しい。

「龍族って何なのよ? 異能を使っている私と渡り合うし、あの速度」

 銃弾を真っ二つなんて芸当は聞いたことがない。

「ええと……」

 少年も腰を下ろした。同じように危険はないと判断しているようだ。

 それを見て、より安心が増す。異能を使う少女よりも、きっと少年のほうが安全回りにおいて信用がおける。

「さっきの偵察船もあんたの方が早く気づいたし」

 その前に兵士と遭遇した時も、少年が何かを言いかけて、それに少女は言い返してから初めて気配に気づいた。あのとき、少年は自分よりも先に気配に気づいていたのではないか。

「僕らの種族は、人間より気配とかに敏感なんだそうです」

「人間より? あんたたちは人間じゃないの?」

 耳が尖っていて、鱗がびっしりついている。目も縦に長い瞳孔が少し変だ。だがそれ以外は人間と何も変わらない。疑問に思っていたことを素直に呟いた。台詞は棘を含んだものではなかったのに、少し不満そうに言い返されたからおかしなものだ。

「僕らは……、人間です」

 人でないと言ったのは、他ならない自分自身だというのに。

「確かに僕らの外観は人間と違っていて、体力や聴力といったものも普通の人より優れています。けれど、僕らも……、人間です」

 顔を伏せて話をされても、説得力はない。それならばもっと胸を張ればよいのだと思ったが、何も言わなかった。分かってしまうからだ。異能という力が使えるだけで何もおかしなところはない異能者も同じように迫害されている。どんなに普通だと言い張っても周りからは認めてもらえない。そうした状態になっている人たちをずっと見てきたから。

「もういいわ。やめましょう、その話」

 どうでもよくなって少女はそう呟いた。頬に当たる風が冷たい。顔を上げると、太陽が淡くも眩しい光を送っていた。雪がちらつきそうだなと思った。




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