その399 『レパードの考え』
「つまり、レパードは、ワイズには暗示や記憶を読む魔術はないとみているんだ」
クルトの言葉に、レパードは頷いた。
「その通りだ。それなのにシェルと敢えて一緒にいた。目的は何だ?」
逆に問いかけてみると、クルトが、自分の頭を掻く。
「うーん、ボクはよくわかんないけれど」
確かに、クルトの立場からすると、情報が足りなすぎる。
「俺は、ジェシカが余計なことをしないよう、牽制していたと思った」
レパードの言葉に、クルトが大きく顔の前で手を振った。
「ワイズが?え?ないない」
はっきりとした断言に、レパードは問い返したくなる。
「どうしてそう思う?」
当たり前だというように、クルトは返した。
「だって、ワイズってジェシカのフィアンセなんでしょ?今は確かに違うけれど、同じ家になるってことなら、仲間同士じゃないの?そりゃ確かに仲良しって感じはしなかったけどさ」
言いたいことはわかる。仲間だと一括りに括りたくもなる。だが、レパードの考えでは、恐らくあの二人はそう一筋縄ではいっていない。
「俺にもそのあたりの事情はよくわからないが、少なくともワイズは執事がいるときに余計なことは言わなかった。あいつの『手』にも会ったんだが、そのことをイユが言おうとして明らかに止めたからな」
「……手?」
そういえば、クルトは知らなかった。レパードは説明をする。
「あぁ、『手』というのは『魔術師』の直属の部下みたいなやつらだ。一般人に紛れているらしい」
「何それ怖い」
すかさず、クルトが反応する。それもそうだろう。一般人の中に紛れているとなると、『魔術師』の悪口の一つも満足には言えまい。こっそり密告されて捕まった庶民もいるのではないだろうか。『魔術師』からしたら怪しい人間は全て『異能者』に仕立て上げてしまえばよいので、やりたい放題なはずである。
「でもそれが事実なら、ワイズは同じ家になるのに警戒しているってこと?まぁ、あのジェシカの感じだと、好みのタイプじゃないから結婚破棄したいとかは言い出しそうだけどさ」
クルトの言葉に、レパードは頷いた。
「俺はそう見ている」
クルトは合点がいったような顔をした。
「そうなると、互いに牽制し合ってくれたから、シェルは大丈夫そうだと判断したってことだよね。なんだ、意外と考えてるじゃん、船長」
「こっちは人手不足なんだからそれぐらいはな」
普通に返したのが良くなかったらしい。何とも言えない顔を向けられる。
「……一応、からかったつもりだからもう少しふざけてくれると助かるんだけど、思ったより真面目な回答がきちゃったよ」
さては、とクルトが紡いだ。
「まだ、怪我が治ってないんじゃない?」
レパードは思わず足を止めた。その勢いで、つま先に当たった小石がころころと転がっていく。
「どうしてそう思う?」
クルトは、にやにやと笑っている。どうやら、密告者がいたらしいと感づいた。
「だって、船長、歩くのがいつもより遅いもん。どっか怪我したんでしょ。イユも二人担いで砂漠越えしたって言っていたし。そんな状況になるってことは、怪我か何かしたんじゃないの?」
「あいつめ、余計なことを……」
密告者に恨めしく呟く。
レパードはイユが大怪我をしたことを黙っておいてやったのだから、イユもレパードのことは黙っているのが道理だろうと思うのだ。
だが、暗黙の了解はあくまでレパードの中でだけだったらしい。
「あぁ、そうだよ。ちょっと背中を斬られてな」
開き直り白状するレパードに、クルトは目を剥いた。
「はぁ?!背中を斬られた?!」
そこまでは予想していなかったらしい。近くを歩いていた郵便配達員が驚いて飛びのくのが、視界の端に映る。こんなことでは、レパードたちはこの街の有名人になってしまう。
「だから、声が大きい!今は、ワイズの魔術で治療したから大丈夫だ」
レパードの注意に、クルトは慌てて手で口を抑えた。遅すぎる反省だ。
「なるほど、命の恩人ってところかな。道理で肩を持つわけだよ」
ひそひそ声でそうやって返す。後半の言葉に、レパードの眉がぴくりと上がった。
「やはりあいつに汲みすぎか?」
自分自身、気にしていたことだ。子供にはどうしても甘くなる。ましてや過去に手をかけた少年とそっくりの子供であれば、それが『魔術師』でもどうしても気兼ねしてしまう。
クルトはそんなレパードの悩みを、あっさりと切り捨てた。
「いいんじゃない?助けられたのは事実みたいだし。ブライトの目的を知りたいって言うなら、それまでは組める相手かもよ」
こういうとき、クルトのさっぱりした性格はありがたい。悩んでいるのが馬鹿らしくなってくる。
クルトは「ただ」と続けた。
「治してもらったにしては、随分身体を庇うね?」
おまけに、しっかり観察されていたようだ。素直に吐露する。
「……傷はないんだが、痛みが若干残っているんだ」
それで大体納得がいったらしく、クルトは大袈裟に頷いた。もうひそひそ声はやめているあたり、その手のことにも『さっぱり』は適用されている。
「なるほど、急に治した弊害かぁ。さすがにそれは『魔術師』様でもどうにもならないんじゃないかな」
「分かっている。だから、淡々と歩いているんだ、文句あるか?」
「ありませーん」
いつものクルトのふざけ具合に、レパードはどこかで安堵しながらも、肩を落としてみせた。
「……ったく」
仕方のない奴だ。そう言外に言ってやる。
そのとき、レパードの頭上を再びの橋が覆った。少ししてから、橋を抜ける。
下り続けた道の先に、二度目の『魔術師』の屋敷が見えた。ウルリカの花が、相変わらず屋敷を取り囲んでいた。




