その394 『女子トーク』
ジェシカがにこやかな笑みを浮かべる。まるで花を咲かせたかのような可愛らしい笑みだが、騙されまい。ここからが本題という以上、ろくでもないことを聞かれる可能性がある。
ほんのりと朱に染まったぷっくらとした唇が、開かれた。
「それで、レッサ様とはどういう間柄なのですの?」
やはりそれがジェシカの頭の中の殆どを占めるらしい。ある意味ほっとしてしまってから、イユはあくまでさっぱりと答える。
「ただの仲間よ。……じゃなくて、仲間です」
敬語に言い直したあたりに信用がなかったのか、ジェシカはまだ納得した様子をみせない。
「本当のことを言いなさいな」
「本当のことを言ったのですけれど?」
イユが言い切っても、ジェシカの顔は変わらない。全くとんでもない石頭である。
「あり得ませんわ。レッサ様のような素晴らしい方が近くにいて、何の仲でもないなんて」
凄まじい断言に、ジェシカの頭のなかではレッサがとんでもなく美化されていることだけはよくわかった。
「お言葉ですが、レッサの何がそんなに良いの……、ですか?」
ジェシカはすかさず言い放った。
「もちろん、顔ですわ」
面食いであることを、欠片も隠すつもりはないらしい。
「如何にも聡明そうなお顔、線の細いお体に、流れるような金髪に、優しそうな碧眼。まぁ、口にすると恥ずかしいですわ」
急に顔を赤らめて、自身の頬に両手をやる。照れていると伝えるような仕草が、鼻についた。それで、ジェシカの様子を冷たい目で見守る自分自身に気が付く。自分に飛び火が来ない分には、「可愛らしい子供だな」で済むかもしれないが、こればかりはクルトに同感だ。勝手に恋敵と思われて張り合わられると、同族嫌悪とかはなしに、はた迷惑である。
そんなイユの表情に気付いたのか、ジェシカは小首を傾げた。初めてイユが、レッサに興味がないことに気付いたような顔だ。
「意識されたことはなくて?」
「全くないわね……、ないです」
頑固として言い張るイユに、ジェシカは「勿体ないですわね」と呟いた。
「あれほどの殿方といて何とも思わないなんて……。それなら、あなたはどんな方がお好みですの?」
振られたイユは、はたと固まる。そんなことは、今まで意識したことがなかったのだ。
「考えたこともなかった……、です。私は毎日を生きるのに必死で、自分のことだけで精一杯だったから……」
ジェシカには事実を伝えたつもりなのだが、ジェシカの日常とかけ離れているのか、きょとんとされている。
しかし、イユの言葉の意味がよくわからないまでも、理解しようとはしたらしい。代わりに提案してみせたのだ。
「それなら、今考えてみては?」
「は?」
唐突な展開に、固まるしかない。
「今、あなたはわたくしのお茶会に呼ばれていますわ。ここは、平和な場所でしょう?ここでなら、考える余裕はありますわよね?」
「そんなの……」
余裕なんて、あるはずがない。イユは余計なことを口走らないよう、これでも神経を集中させている。相手は子供であっても『魔術師』なのだ。気など抜けるはずはない。
「ついでですから、その下手な敬語もやめてしまいなさい。今は給仕も聞こえない位置にいますから、関係ないでしょう?」
さすがに苦手としていることはバレバレだったらしい。思わぬ提案に、
「え、いいのかしら?」
と訊ねていた。
「構いませんわ。あなたはこのお茶会を対等でないと言いましたけれど、それなら今から対等にしてあげます。敬語を取っ払うのは『魔術師』としては親しい証明に他なりません」
言い方は悪いが、そのまま先ほどの話はなかったことにすると思っていただけに、意外な心持ちがした。クルトは、頭が花畑で苦手だと評価したが、ジェシカはそれだけではないかもしれない。
「分かったわ。ややこしい敬語はなしにするわね。正直、慣れていないから助かるわ」
「……殆ど話していなかった気もしますけれど、まぁ良いでしょう。それで、実際どうなのですの?」
言い寄ってくるあたり、そこは妥協できない部分らしい。
「少なくとも、レッサは違うわ。私、あんなふうになよなよしているの、タイプじゃないわ」
ジェシカは目を丸々とさせた。そういう仕草は、本当に可愛らしい。
「まぁ、そこが良いですのに。それならあなたはどんな方が好みですこと?」
「そんなことを言われても、思いつかないのだけれど……」
そのとき、マーサの言葉を思い出した。はじめてマーサに会ってどんな服が良いか聞かれたときだ。何でもよいというイユに対して、それなら嫌いなものを言えと言われたのだ。
「……自分の意見がはっきりいえない、煮え切らない奴は嫌よ」
ぽんと浮かぶと、自然と次の言葉が口にでた。
「それと、肝心なときにいなくなる奴」
「具体的なのか象徴的なのか、よくわからないたとえですけれど……」
戸惑った顔を浮かべられると、やはりいうべきじゃなかったかなとも思う。
「ですが、大体わかりましたわ。既に別の御仁がいらっしゃるのですね」
「はぁ?!」
思わず立ち上がってしまって、メイドたちがぎょっとした顔で近寄ってきた。
「なんでもありませんわ。控えなさい」
ジェシカの言葉に、メイドが大人しく下がる。イユの耳には指を鳴らす音が断続的に聞こえた。何をやっているんだという、レッサの不安の声の代弁だろう。こんなに鳴らしていると、指をこすりすぎて赤くなっているかもしれない。
「ふふ。それでしたら、わたくし、応援いたしますわ」
「は?」
何故か、ジェシカはしたり顔だ。解せない。非常に、納得がいかない。
「良いのですわ。わたくし、安心しましたから」
全く良くはない。だが、これで恋敵と思われずに済むと思えば、非常に複雑だ。
「ふふ、これが女子トークというものですのね!楽しいですわ」
一人で盛り上がっているジェシカを見て、面白いはずがなかった。




