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カルタータ  作者: 希矢
第八章 『手繰り寄せて』
386/994

その386 『夜のバルコニーの男たち』

 レパードが物音に気付いて目を開けると、薄闇の向こう側にいるはずのレッサの気配がしなかった。

「レッサ、起きたのか?」

 念のため声を掛けるが、返事はない。やはりここにはいないのだろう。どこかへ、出掛けたのだ。

(レッサのことだ、よっぽど大丈夫だとは思うが)

 レパードが見る限り、クルトやレッサたちの方がレパード自身よりずっとセーレの襲撃に関して、落ち着いて受け止められているように見えた。それは、二人がレンドやミスタと一緒にいたこともあるだろうし、シェルが一命を取り留めたこともあるだろう。

 それに、彼らが元々しっかりした人物であることも承知している。だから、今ベッドから抜け出したとしても、ちょっと風を浴びてくる程度のことに違いない。ほおっておいても大丈夫だろう。

(……そうはいかないな)

 それでも、二人はまだ幼い。特に、レッサは仲良くしていたヴァーナーの安否が分からなくなっている状況だ。それで、何ともないなんてことはあり得ない。他でもない、本人が言っていた。自分はいつもヴァーナーの隣にいるだけだと。あんな話を口にするのだ。強がっているだけだろう。

 レパードは、ベッドから起きると、階段を登った。何故だろう。レッサならバルコニーに出ている気がしたのだ。

 階段を登った先で、見慣れた金髪が窓ガラス越しに映った。レパードの予感が当たったことを意識する。すぐにバルコニーに続く扉を開け放つ。

「レッサ、寝なくていいのか?」

 レパードが声を掛けると、初めてレパードが来たことに気が付いたように、レッサが振り返った。風になびいた金髪が、金糸のように頬を流れていく。

「船長。すみません、起こしてしまいましたか?」

 察するに先ほどの物音が、レッサの移動した音だろう。そうなると、レッサがバルコニーに出てから時間は大して経っていないことになる。一人で考える時間が欲しかったのだとしたら、逆に悪いことをしたかもしれない。そんなことをちらっと考えた。

「いいや、気にしなくていい。……眠れないのか?」

 レッサは人差し指で頬を引っ掻いた。

「……はい。いろいろなことがあったものですから、目が冴えてしまって」

 素直な答えに、レパードは「それもそうだよな」と同意する。

「俺も今回のことは、さすがに堪えた」

「船長も?」

 レッサからみて、レパードはどのように映っているのだろう。意外そうな響きに、レパードはただ頷く。

「そりゃそうだろ。帰ってきたら、セーレがもぬけの殻で燃えているんだ。お前たちも驚いただろ?」

 少し茶化した言い方をしたせいだろう。レッサの張りつめた緊張の糸が少し、緩んだ気がした。

「……そうですね。本当に驚きました」

 レッサはバルコニーから外の景色を見やった。暗闇で何も見えないはずの外に、何を見ようとしているのかは、レパードにはよく分からなかった。

「驚きすぎて……、頭が真っ白になりました」

 その声が少し上擦っていたから、レッサが強がっているだけなのだと、逆に分かってしまった。

「……ヴァーナーのことが、心配か?」

 手すりを握りしめたレッサの手に、力が入っている。

「……はい」

 押し殺した声を聞いて、声を掛けてよかったと思った。レッサはきっと、この動揺を表に出そうとしない。特に、年下のクルトやイユの前では猶更だろう。レッサの気持ちを吐露できる場を用意するのが、大人たちの義務だ。

「クルトたちの前ではああ言いましたけど、ヴァーナーは一人だと慎重なのにリーサのことだけは前に出ようとしますから」

 ある意味、自分の心を守ろうとする行為なのだろうと、レパードはヴァ―ナ―の行動をそう解釈している。レッサも、同じなのかもしれない。レッサはいつもヴァーナーを隣で見てきたからこそ、ヴァーナーの行動原理がよくわかっている。

「……そうだな」

「心配してもどうにもならないってことはわかっているんです。セーレはもぬけの殻だった。それは骨も残らぬほどに燃えてしまったか、ヴァーナーたちがどこかに連れ去られたかの二択です。僕は、炎の広がり具合から後者だと睨んでいます。イユが持ってきたカメラのメッセージを見て、余計にそう確信しました」

 きちんと分析できているあたりは、さすがのレッサだった。動揺のあまり景色も満足に見られないレパードとは違う。レッサは、どんな状況でも理性で判断できる人間だ。

「それなら、あとは探すしかないな」

「そうですね。道は見えてきたんです。あとはしがみついてでも、探すしかないですね」

 すみません。そうぽつりと、レッサが呟いて、レパードに向き直る。なるほど、星の光に僅かに照らされたその素顔は、飛行機関の前で埃にまみれされるには勿体ないほどに、整っている。女の、ましてや子供の嗜好はよくわからないが、こういう線の細い美形を好むものなのだろう。

「余計な心配を掛けてしまいました。やることははっきりしているんですから、僕は大丈夫です」

「やることがはっきりしていても、心が追い付かないことはあるだろ」

 レパードの言葉に、レッサは大人しく頷いた。

「はい」

「俺が言えた義理じゃないが、お前は一人じゃないんだから、俺らを頼れ」

 言いながら、柄じゃないなと自嘲する。肝心な時にいなかったのだから、説得力がないにも程がある。

 だが、レッサはあくまで素直に頷き返した。その素直さが、レパードには眩しいほどだ。

「はい」

 眩しいからこそ、歪んでほしくないのである。

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